募る想い(1)
玄関のドアの前に腕組みして立つ茂樹は周人だけではなく、その場に現れたライトニングイーグルたる純の姿を見て少なからず驚いているようであった。それは純も同じであり、怪訝な顔をしてその場に立ちつくしている。周人は大きなため息をつくとツカツカと玄関に向かい、邪魔にならないよう横にどいた茂樹を見ることなく鍵を開けた。そのまま無言で2人に中に入るよううながすと、茂樹と純を先に入れてから玄関へと入り、鍵をかけた。客用に用意してあったスリッパを履かせた2人をそのまま奥へと通すとリビングにあるテーブルの前に座るように言い、自分はそのすぐ脇にあるベッドに腰掛けた。昼間の疲れも残る状態であったが、予期せぬ2人の訪問にそれも気にならない。
「まずはどっちの話を聞けばいいのかな?」
膝に肘を付いてアゴを乗せてそう言う周人に、茂樹と純はお互いに顔を見合わせた。かつては敵であり、『キング』との最終決戦においては力強い助っ人となった茂樹はどっしりとあぐらをかき、腕組みして純を見やった。
「オレは詫びを言いに来ただけですぐに帰るさ」
「詫び?」
思い当たる節がない周人は怪訝な顔をしてそう切り返した。事情が全くわからない純もまた表情を曇らせている。
「そうだ・・・この夏、卒業後にチームに入る予定のヒヨっ子がお前さんの知り合いになんぞやらかしたって今更聞いたってわけよ」
それがあの公園での由衣の事件を指している事を悟った周人は納得した表情でうなずいた。どうやら芳樹から茂樹の耳に入ったのがつい最近だったらしく、茂樹は怒りをあらわに芳樹を怒鳴りつけたのだと言う。
「お前の知り合いじゃなければいいってわけでもないんだが・・・・これはオレんとこの不祥事だ。しかも事が事だけにお前の怒りを買いかねん。普段のお前にならまだ勝てそうだが、『そうなった』お前にはどうあがいても勝てそうもないからな」
その言葉から周人の知り合いの女性を誰かが襲ったのだと察した純もまたうなずきながら苦笑した。そういう事件がらみでキレた周人の強さは実際戦った2人ならば身に染みてわかっていることだからだ。
「まだチームには入ってなかったんだろ?オレもそれは知らなかったし、だからってあんたとこのチームを潰そうなんて思っちゃいないよ」
その言葉に茂樹は苦々しい顔をして頭を掻いた。
「そいつらも反省してるらしいが・・・チームに入る話は白紙にしといた」
「おいおい、そりゃ逆だろ?チームに入れてよぉく教育しといてくれよ」
周人のその言葉は予想外だったのか、茂樹は目を丸くさせるばかりである。それ以外にもチームを抜けた男のやらかした拉致事件もあり、茂樹は再度深々と頭を下げた。日本で最強と言われるチームの元総長、とはいってもいまだに実権を握っているといってもいいこの男が周人に頭を下げる。こういった義理堅いところがチームメイトの信頼を呼び、彼を最強とさせている要因でもあった。
「あれはたまたまだろ?まぁ相手のチームが悪いわけだし、ぶっ潰しておいたから気も済んだし、もういいよ」
周人のその言葉に茂樹はゆっくりと顔を上げた。周人の真の強さ、怖さは身をもって体験済みの茂樹は『キング』との戦いも自分の目で見て知っている。それ故、こういった事件に関して周人が怒り狂うのではないかと危惧していたのだ。『魔獣』が『キング』を倒した理由を知っている数少ない理解者である茂樹にとって、自らが名付けたその『魔獣』に牙を剥かれることが何より怖い。現についこの間もたった1人で1つのチームそのものが潰されているのだ。その強さはかつて言われた通りいまだに無限大なのだ。
「お前が声をかければここにいるおっかない『鷲』も現れるわけだし、5人揃えばハンパじゃない事もよく知ってる。だからまず謝っておこうと思っただけだ。それじゃオレは帰る」
茂樹は言いたいことだけを言い、すっくと立ち上がるとズカズカと大股で廊下を進み、これまた大きな靴を履いた。
「また店に来い、お前なら終身無料サービスだ」
「・・・・せめて半分だけでも払うよ」
苦笑混じりにそう答える周人に豪快な笑みを返した茂樹は片手を挙げるとそのまま去っていった。
鍵をかけてため息をついた周人は部屋へと戻り、残った純にコーヒーを作って差し出した。突然の茂樹の訪問で先に来ていた純の話が後回しになってしまったのだが、それに関して純は全く気にしている様子はなかった。とりあえずそれを詫びた周人だったが、純は笑顔で気にするなと答えた。それにこの土地ですら茂樹たちと交流があることに驚き、またいろいろな事件に関わっている事にも驚いているのだ。
「で、はるばるここまでどうしたんだ?」
周人のその言葉に、どこかそわそわした様子の純は大きく深呼吸してから話を始めた。
「実はその、折り入って頼みがあってな・・・・」
そう前置きする純に怪訝な顔をしてみせる周人。地元には哲生を始め多くの心を許せる仲間がいるにも関わらず、なぜわざわざ遠くの自分を訪ねてきたかがわからない。純には高校の時から付き合っている西原さとみという可愛らしい彼女までいるのだ。この間やって来た哲生たちの話からしてうまくいっていると聞いている。だが、やはりそこに問題があった。
「実は・・・・さとみがどうしてもお前に会いたいって言うんだよ」
「はぁ~?」
さとみは周人もよく知っている。出会ったのは高校三年生になってからだったが、違う学校だった純たちと土曜日の午後によく会っていた際に連れてきていたのだ。清楚な女性であるさとみは大人しく、笑顔がよく似合っていた。そのさとみが何故今、自分に会いたいかが全くわからない。
「というのもな・・・・・」
そう前置きしてから困った顔をしたままゆっくりと話を始めた。それはつい3日前の事である。些細な事でケンカをしてしまった純とさとみだったが、その際に純に付きまとう同じ会社の女性が話をややこしくしてしまったのだ。というのも、執拗にメールや電話を行うその女性がストーカーのようになり、どうやって調べたのかはわからないのだが、さとみに対しても純は自分と結婚する約束をした、自分はすでに純の子供を妊娠しているといったメールをうってきたのだという。ケンカの後だったせいもあって、さとみはさらに激しく怒り、ついには別れるとまで言い出したのだ。そんな女の言うことは嘘であり、自分は潔白である、さとみに一筋だと言ったのだが彼女は全く信用しない。その上、先日のミカと哲生の話を聞いた上に、ミカの『男はみんな浮気性だよ』という言葉にさらに不信感をあらわにしたのだ。
「あのバカたれが余計な事を・・・・まぁ、話はわかったけどさ、でも何でオレなわけよ・・・」
「この世の中にあってただ1人純愛を貫いているお前の話を聞きたいっつーんだよ」
「はい?純愛?・・・・これはだた女々しいだけだろうに」
「でも、さとみは話がしたいの一点張りだ。聞く耳持たずってやつでな」
「確かに、わけがわかんねーなぁ」
周人はうなだれながらそう言うと、疲れたようにベッドにもたれかかった。何故こういった痴話喧嘩の話の流れがそうなるのかわからない周人だったが、純の懸命な頼みと説得によって急遽明日、さとみと会うことになった。ミカと哲生の次は純とさとみとは、周人はこの先が思いやられると心でため息をついた。
「ここ最近、学校をさぼる事が多くなったなぁ・・・」
大きなため息と共にそうぼやく周人に、純は深々と頭を下げる以外になかった。
夜の内に一旦桜町を離れた純は明日あらためてさとみを連れて来る事となった。訳有りで向こうに帰りづらい周人を思いやったのと、ストーカー女性の目を逸らす為である。結局周人がベッドに横になったのは午前1時過ぎとなってしまった。昼間遊園地に遊びに行って疲れているにもかかわらず、眠気は襲ってこない。暗くした部屋の白い天井を見上げながら、周人は昔の事を思い出していた。穏やかな午後の日差しの中、ファミレスでミカやさとみ、圭子や純たちと一緒に過ごしたこと。みんなが『恵里』を亡くした自分をいろいろ慰め、励ましてくれた事。さらにそれ以前、『ヤンキー狩り』をしていた自分と哲生の前に立ちはだかった目つきの鋭い純。人ではないと思わせるほどのスピードで攻撃をしてきた純に空中での4連脚を浴びせて何とか勝利したことなどが頭をよぎる。そして美人で聡明、さらに清楚だったさとみ。『恵里』によく似た雰囲気を持っていた事などを思い出す。こっちに来てからは『恵里』に似た雰囲気を持つ女性には出会っていない。どちらかと言えば大人しい美佐がそれに当てはまるぐらいで、恵も、そしてかなり活発的な由衣もまた『恵里』には似ていなかった。以前『恵里』と錯覚した由衣に至っては自分が振り回されるほど強烈な個性を発揮しているほどだ。実際今日も1日振り回されたが、先週の恵との事を意識しすぎていた周人がそれを忘れるほどだったのだ。それは彼女が『恵里の幻影』から自分を解放してくれるという占いが当たっていると思えるほどである。恵とデートした時にはない楽しさがあったのもまた事実である。周人はファンタジーキングダムでの1日を思い浮かべながら、いつしか眠りについているのだった。
翌日、お昼過ぎに2人はやってきた。お互い全く目を合わせようとしない2人が3時間の道程を同じ車内でどう過ごしたのかを想像して苦笑してしまった周人は、久しぶりに会うさとみを見て少々驚いた。背中まであった長い髪はばっさりと短くなり、まるで日本人形のように艶やかだった黒髪は今風に茶色く染められている。それでも化粧気のないさとみは美しく、周囲を歩く男性たちの視線を受けているほどだ。たたずまいもまた物静かである。由衣も恵も美人だが、彼女に至っては女優のような美しさを持っているといった方がいいか。日本人らしい美しさを持ちながらも今風な可愛さも持ち合わせているのだ。ゆっくりと頭を下げるさとみに周人も軽く頭を下げた。さとみの要望で周人と2人だけで話がしたいとの事だったので、とりあえず周人の家に純を残し、近所にある小さな喫茶店へと向かった。いつでも客足は少ない喫茶店だが、店内はコーヒー豆の良い香り漂うアンティークな作りになっており、店の奥には歴史を感じさせる大きな古い円盤形オルゴールが置いてある。そして店の一番奥、そのオルゴールのあるすぐ横の席に向かい合わせで座った2人はそれぞれコーヒーとココアを注文した。眉毛の薄い強面のマスターだったが愛想は良く、入れてくれるコーヒーもまた絶品である。
「だいたいの話は昨日聞いてるんだけど・・・・何でオレと話が?」
さとみは実に落ち着いた優雅ともいえる仕草でおしぼりで手を拭き、一旦間を置いてから話を始めた。
「実は・・・本当はもうとっくに許しているんです。ケンカの原因は小さな事だったし・・・でもそれを言い出せないところまで来てしまっていて・・・」
さとみは声を小さめにそう切り出した。純から聞いていてストーカーの存在があるのは知っていた。しかし、ほんの些細な事でケンカした際にストーカーの女性と浮気をしているような事を口走ってしまったためにここまでこじれてしまったのだ。許そうにも許すタイミングすら失い、ズルズルと今日まで至っているとのことだった。
「近くの哲生さんとかに相談するフリをして仲直りのきっかけを作ってもらってもいいんだけど・・・・もし彼の耳にそれが入ったらって思うと怖くて」
俯きながらそう言うさとみは泣きそうな表情を浮かべていた。結局、純に嫌われることが、別れ話に発展してしまう事が怖いのだ。つまりそれほど純の事が好きだということになる。周人は優しい笑みを浮かべてそのさとみの本心を悟った。
「なるほど、だから遠くにいる、しかも実家に帰ることがないオレなら話が漏れることがない、っつーこったな?」
その言葉にすまなさそうにうなずき、顔を上げる。
「それに、ミカちゃんに相談した時に、木戸さんだったらきっと大丈夫だろうって、信用できるだろうって」
その言葉に周人は苦笑して見せた。
「みんなオレを信用しすぎなんだよ・・・」
「でも、信用できてしまうんですよ」
さとみはさっきまでとはうって変わって笑顔でそう言った。周人は訳がわからず片眉を上げたが、さとみは笑顔を絶やす事はなかった。
「木戸さんと出会った時、暗い人、怖い人だなぁって思ったんです、失礼ながら」
さとみははにかみながらそう言うと、その当時を思い出すように視線を宙に這わせた。周人もまた横目で視線を外し、当時を思い出すようにしてみせる。
「土曜日の午後ってよくみなさんとマックに行ったり、ファミレス行ったりしましたよね?でもあまり笑うことがない木戸さんって正直ちょっと怖かった」
さとみは薄い笑みを交えながらそう振り返り、そう言われた周人も自虐的な笑みを浮かべて出されたコーヒーにミルクと砂糖を入れた。
「でも仲良くなったミカちゃんから、恵里さんのこと聞いて、納得したんです」
同じように砂糖を入れながらそう言うさとみはチラッとだけ周人を見たが、周人はジッとコーヒーを見つめたまま視線を動かさない。だからといって場の雰囲気が悪いわけでもなく、さとみはそのまま言葉を続けた。
「あの5人が5人とも、噂で聞くほどとんでもなく強くなんて見えなかったし、実際そういうとこ見たことなかったし。でも、私でもそういう立場になったら笑えないなぁって思ったから」
「ただ単に、女々しいのさ・・・オレは」
周人はそう言うとコーヒーを口にした。そんな周人に意味ありげな笑顔を見せると、さとみはココアの入ったコップを両手で包み込むようにしてみせた。
「でもある日、純君たち男5人だけでマックにいた時、後から来た女の子は私だけだったんだけど、その時に見ちゃったんです、木戸さんが笑ってるところ・・・・すごく小さな笑顔だったけど、その笑顔を見た瞬間、男の仲間4人には心を開いているんだなぁって思っちゃった」
さとみはそう言うと、それを思い出しているのか嬉しそうな笑みを浮かべてココアをすする。周人は照れからか、一旦コップを置いて店の入り口の方へと視線を外した。
「本当に心で繋がった仲間なんだなぁって、羨ましくなっちゃった。そして、一途なんだなぁって思った」
その言葉に周人はさとみの方を見やった。
「だから、今日はこうして相談に来たんです。そういう木戸さんだから信用できるって。誰よりもまっすぐだから」
まっすぐ周人を見やるさとみから目を外した周人は小さなため息をつくと、再度何も言わずにコーヒーを口にする。さとみもココアを飲み、小さくおいしいと漏らした。周人はそのまま何も言わずにコーヒーを飲み干すと、ココアを両手で包んだままのさとみを見やった。
「オレを買いかぶりすぎだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
周人はそう言うとさっき同様視線を外す。そんな周人に笑顔を見せたさとみはココアを飲みながら何度もおいしいとつぶやくのだった。
自分の家のインターホンを1人暮らしの自分が押すのも変な感じがする。内側からドアを開ける純は待ちくたびれた様子ながら、いまだに目を合わせないさとみに小さなため息を漏らした。そのまま3人は無言で廊下を歩き、全員が奥の部屋まで来た後に周人が咳払いをして話を始めた。さとみは喫茶店を出る際にうまく言ってあげると言ってくれた周人に全てを託し、今は黙って話を聞くことにした。
「とりあえず今、話してきた。んで、結局彼女はお前に謝るタイミングを無くしていたんだ」
うまく言うとはストレートにさっきの話をすることだったのかといぶかしがる彼女だったが、周人は目で異議を唱えようとするさとみを制した。
「ストーカーの事も知っているし、たまたまケンカついでに言ってしまった言葉を撤回して許すきっかけもないままズルズルこうなってしまった、本当は素直に謝りたいって話だ」
さとみは唇を尖らせて上目遣いに周人を睨むようにしていたが、実際その通りなので何も言うことはなかった。
「で、純のヤツもどう謝っていいかわからなくなってるんだ。君の固執した態度に困っているってな感じでね。謝っても許してくれるかどうかがわからないで悩んでいる」
今度はそう言われた純が周人を横目で睨んだ。2人に睨まれながらも周人は笑みを見せて2人を見やる。
「許したいなら言葉にしてちゃんと素直に言えばいい。結局オレにはお互いに好きだって事しか伝わってこなかったぞ」
とぼけた顔でそう言うと、周人は黙って突っ立っている2人の肩に手を置いた。この時になってようやく目を合わせた当人同士が困ったような表情を見せ合った。
「女は誤解をして男は言い訳をしない。言い訳をする男を誤解した女は許さない。テツとミカもそうだが、お前らもお前らだ・・・ちゃんと素直に言葉にすれば、何もこんな所まで来ずに済んだってのに」
腕組みしてそう言う周人は片眉を上げて2人を交互に見やると笑顔を浮かべた。そして2人の肩をポンと叩いて自分はキッチンに消え、残された2人はどうしたものかとうつむきながらもチラチラとお互いを見やった。
「・・・ゴメンね、純君」
さとみが顔を上げ、まっすぐに純を見つめてそう言った。ただそれだけの言葉で今までのわだかまりが全て消えていくような気がした。
「こっちこそ、ゴメン」
その視線をまっすぐに受け止めた純もまた素直に謝った。2人は照れくさそうに笑い合いながらどちらともなくそっと手を繋ぐ。たったこれだけのことが何故今までできなかったのかが不思議なぐらいである。見つめ合う2人の距離が縮まるその時、大きな咳払いが1つキッチンから響いてきた。あわてて離れる2人はキッチンにいる周人の方を見て顔を赤らめた。
「そういうのは、帰ってからにしてもらえるかな?」
現在の時間は午後2時半である。周人は夜の塾のアルバイトがあるために2人と夕食を一緒に取ることはできない。それに明日は仕事がある純も夕方には帰ることにして、しばらくお互いに近況を話し合った。周人のことに関してはつい先日やってきたミカたちの話を聞いており、そこから何も変わりがない。だが周人が恐れていたようにやはり例のプリクラの話はかなり広まっていて、2人にもせがまれて渋々それを差し出したのだった。
「なんだ、聞いていたのと全然違うけど・・・・これはこれで結構じゃん?」
「そうだね。でも確かにこの子、15歳には見えないねぇ・・・すごく可愛いし、モデルさんみたい」
そう言い合う2人の会話に首を傾げる周人に、純は説明を始めた。
「ミカたちの話だと裸同然で結構濃厚なキスしてるヤツだっていう話だったんだけど・・・」
それを聞いて引きつった顔を浮かべた後、ワナワナと体を震わせる周人はそれを言いふらすミカと哲生のゲス顔をたやすく想像できる自分がイヤになった。
「あのアホカップル!今度会ったらぜぇったいぶっとばしてやる!」
そう息巻く周人をなだめながらもプリクラに見入るさとみはどこか嬉しそうな顔をしていた。それは純も同じであり、周人は天井を向いたまま2人の視線から逃れるような態勢を取った。
「でも、なんか嬉しいよ。たとえ彼女じゃなくても、ただの生徒でもさ」
その言葉にうなずくさとみはこの女子生徒のことについてダメ元で話を振ってみた。
「全然気にならない存在なの?」
「まぁね、時々遊びに行ったりはしたけど、ただそれだけだし」
素っ気ない返事だが、さとみは全くそれを気にすることはなかった。
「でも遊びに行けるってことは、それなりにいい感じじゃないかなぁ?」
「確かにな・・・イヤとか嫌いなら行かないよな?」
ついさっきまでケンカして目線すら合わせなかった2人の息はすでにピッタリである。周人は困った顔をしながらもそれに関しての説明を行った。由衣が襲われていたのを助けた事、それ以来、ケアを兼ねて遊びに行っている事などを話した。だが実際にはケアなどではなく、強引に連れ出されているに過ぎない。
「とにかく、強引なヤツだし・・・・」
「じゃぁ止めとけばいいじゃん」
「まぁそうなんだけど、断りづらいっつーか・・・」
「他にはそういう人はいないの?」
「いたけど・・・・・その、告白されて断った」
交互に攻撃を受けてタジタジの周人だったが、その後も2人の攻撃は止むことはない。結局昨日も遊びに行った事を自供させられた周人はげんなりしながらも素直に答えていった。結局ほとんど今までの由衣との事や恵とのことを白状させられ、疲れてしまった周人は不貞腐れたような表情で2人を睨むようにした。さすがに首を突っ込みすぎたと反省した2人だったが、こで来ればもはや開き直るしかなかった。
「でも、きっと無意識のうちで気になっているか、もしくは・・・・・」
「何?」
「一緒にいること自体が楽しいんだと思いますよ」
さとみのその言葉を否定する事は周人にはできなかった。確かに昨日も疲れたが、それ以上に楽しかったのだ。『恵里』のことはおろか余計なことすら考える余裕を与えてくれない由衣と過ごした時間は正直言って楽しかった。
「そこから恋は目覚めるんですよね、大抵は」
さとみは優しくそう言うと、にこやかに微笑んだ。周人はその笑顔を受けて俯き加減になりながらも何の反応も返さない。
「でもなんか無理矢理好きにさせようって感じであれですし、もうこの話はおしまいです!」
さとみはそう宣言し、2人に笑みを振りまいた。純もそれに賛同してうなずき、周人も顔を上げた。確かにこれ以上余計な詮索をして恋愛感情を錯覚させても、それは『恵里の事』から抜け出せた事にはならないのだ。だがさとみの言葉は深く周人の心に突き刺さっていた。『恵里』の時もお互い意識をしていない時から一緒に過ごした時間は楽しかった。そしてそれは由衣と出かけた時も同じである。しかしそれがすぐさまイコール好きかと言えばそうではないのだ。顔を上げた周人はその話題から自分を解き放とうとし、この2人が来た当初の目的を考えた。そこで純に質問をしようとしていた事を思い出し、唐突だったがそれを切り出した。
「そういやさ、お前、ストーカー女はどうするわけ?」
その質問にさとみもそうだとばかりに純を見やった。だが言われた純は平然とした顔をしたまま話を始める。
「実はもうカタが着いてる。テツの親父さんのツテで、ある人にオレに関する気持ちを消して貰った。上手く呼び出してね、見事に成功した」
「催眠術的な?」
その周人の言葉に眉をひそめるさとみに対し、純は説明を始めた。周人にしてみれば幼馴染である哲生の父である哲也もよく知っている。気功の達人であり、整体師でもあるせいか、人脈に優れ、名のある催眠術師と知り合いであることも知っている。
「知っている人は知っている催眠術師で、それを利用した精神的な病気を治療したり、心の傷を癒す仕事をしている。その人はあの女からオレに関する感情の記憶だけを破壊したんだ。オレを見てももう何も思わないし、恋愛感情がおきないようにしたわけ」
「そんなことができるの?」
信じられないといった表情でさとみが身を乗り出した。催眠術で相手を嫌いだと思いこませるのではなく、感情そのものを破壊するという事に驚いたのだ。
「テツの親父さんは気の力で傷や心を癒す内療気功の達人でな、世界でもこれができるのは1人か2人しかいないって話だ。それもあって、人脈が深い」
周人はさとみにそう説明する。哲也とは面識がないさとみはただ頷くしかなかった。
「ちなみにテツが使うのは外攻気功。自らの気の力を外に開放して自分の力を増したり相手を吹っ飛ばしたりする方。つまり親父さんは守り、テツは攻めの方に関しての気功を操るんだ」
2人の説明を受けても今1つピンとこなかったさとみだが、なんとなくなら理解ができた。普段はだらしがなく、純の前でも平気で自分を口説く哲生をどことなく苦手としていたさとみだったが、哲生がミカに対してきつく言いながらも優しい態度を取ることは知っていた。そんな哲生が『気』を操る人間には見えないのだ。『気』を操る前に周囲に気を配って欲しいぐらいである。しかも全然強そうには見えない。
「とにかく、もう安心だ。おかげさんで仲直りもできたしな」
純が笑いながらそう言うと、さとみもはにかみながらも笑顔を見せた。周人も優しい笑みを見せ、それを見たさとみはあの日見た周人の初めての笑顔をそこに重ねてみるのだった。
午後5時過ぎに2人は来た時とは正反対に仲良く帰っていった。別れを惜しむかのようにガッチリ握手を交わした周人と純を見るさとみは、この2人が本当の友情で結ばれていることに少し羨ましさを感じてしまったほどだ。仲良く車に乗り込む姿を見て笑顔を見せる周人は窓から顔を出して見えなくなるまで手を振っていたさとみを見て幸せになれるよう祈るのだった。時計を見ればバイトまでの時間がまだあるために買い置きしてあったカップ麺を食べてささやかながらの腹ごしらえをした周人は片づけをさっさと済ませてからバイトの支度を整えて6時半に塾へと向かった。昨日に今日にと疲れる事が多かったがそれを表に出さずきちんと授業をこなした周人は授業が終わり、人がいなくなって静まりかえった教室で1人昼間にさとみが残した言葉を噛みしめるのだった。
「一緒にいて楽しい・・・か」
由衣のいたずらな笑顔が脳裏をよぎった。いつもならそれは『恵里』に変わるのだが、今回は何故かそれもない。重ねようがないほど似ても似つかない2人の性格がそうさせているのかもしれなかったが、周人の心の中で起きている微妙な変化に、周人自身が気付いていないせいでもあった。




