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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第七章
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ときめきの中で(4)

日曜日だというのに早起きをした由衣は前日に選んでおいた動きやすい服を着こなし、髪型を整えながら今日の予定を頭に描いていた。今日は待ちに待った周人とのデートであり、かなり気合いも入っている。ピンクのシャツに薄い赤のジャケット、そしてGパンといったスタイルに着替えた由衣は再度髪型をチェックして周人が迎えに来るのを待った。今日が終わればもうほとんど会うことはなくなってしまうだろう。そのため、今日は思う存分遊ぼうと心に決めていたのだった。荷物は小さめのリュック1つで十分であり、小遣いを貰ったばかりでお金も全然問題ない。やがて約束の時間が迫り、由衣は玄関先で待つことにして靴を履いて元気良く外に飛び出した。その瞬間、見慣れた車がゆっくりと家の前に停車するのが目に入ってくる。約束の時間までまだ10分はあろうこの時間に既にやってきた周人に驚きながらも、由衣は満面の笑顔で助手席側に回り込んだ。


「おっはよー!早いよ、先生!」


乗り込んで開口一番、まずそう言う由衣に軽く挨拶を交わした周人はギアを入れて車を進めた。


「道が空いていたからな、たまたまだよ」


素っ気なくそう言う周人だったが、単に道が空いているだけではこうも早くは着かないだろう。由衣はにんまりしながら運転する周人の横顔を見つめた。それに気付きながらもあえて無視をした周人は先日の恵の一件もあって、これからはあまり気を持たせないようにしようと決心していたのだった。だが、そんなことは知らない由衣はこういう態度を取る周人はいつもの事だと気にすることなく幹線道路をひた走る景色に目をやった。見事な秋晴れは気温も上げ、絶好の行楽日和となって今日を演出している。


「そういや、志望校決まったよ、桜ヶ丘高校!結構ランク高めなんだよ?」


由衣は嬉しそうにそう言う。そう言われた周人はさすがに由衣の方を向き、口元を緩めた。


「確かにランクは高いけど・・・・行けるのかぁ?」


わざと意地悪くそう言ったにも関わらず、由衣は得意げな顔をしてフフンと笑った。


「担任も、大山先生も大丈夫だろうって言ったもんねぇ~・・・・美佐も一緒らしいし、絶対受かってやるんだ!」

「ほぉ~、太鼓判押されるとは・・・相当頑張ったんだな」


感心したようにそう言う周人は本当に嬉しそうであった。実際塾ではあの事件があるまでは自分の授業など全く聞いていない様子だった。県下でも有数の進学校でもある桜ヶ丘高校はレベルも高く、優等生たる美佐では余裕だろうが、由衣では正直難しいと思っていた。だが脅威の追い上げを見せた彼女の頑張りが身を結んだのだ。


「まぁね、でももちろん油断はしません!」


やや大げさな動作できっぱりそう言う由衣に、自分の台詞を取られた周人は笑うしかなかった。


「でもその前に今日は息抜き、明日からまた頑張るためにね!」


由衣はそう言うと笑顔で周人を見た。本当なら今日はあまり乗り気でなかったのだが、こういう話をされれば息抜きもさせてやろうという気持ちになった周人は高速道路に向かうと料金所でお金を払う。そしてわりと空いている道路を快適に飛ばしていった。


「高速モード」


そう誰にでもなく言う周人に答えたのはカーナビとして地図を表しているディスプレイだった。そこに『Complete』と表示されて、すぐに消える。と、少しだけ車に走行中ではない別の振動が起こり、由衣はキョロキョロと回りを見やった。


「何?」

「高速モードにしたんだ・・・前の一部分と後ろのウイングを少しだけ変形させて風の抵抗を少なくして、より早く、燃費を稼ぐようにさせたわけさ」


なるべくわかりやすく説明したせいか、由衣は納得して驚いたような顔を見せた。どこがどう変形したかは中からではわからない。それがやや不満だったが、そんな凄い車に乗っている事に少し鼻が高かった。やがて順調に車は進み、11時半過ぎにはファンタジーキングダムに到着した。やはり人出は最高潮であり、3つある臨時駐車場のうち、入り口から一番遠い第3駐車場でないと車が止められないほどであった。だが駐車場からは随時シャトルバスが運行しており、タイミング良くそれに乗り込んだ2人はまず1日ずっと遊べるフリーパスを買うことにした。ここでも行列ができていたが、人の流れは良さそうでそう待たなくてもよさそうな雰囲気である。由衣は背負っていたリュックから財布を取り出そうとしたが、周人がそれを制する。


「パスは結構高いからな・・出しといてやるよ」

「でもこないだも全部出してくれたのに・・・・」

「中でソフトクリームでもおごってもらうさ」


そう言いながら笑う周人は前を見た。もうすぐ順番である。由衣は仕方なく財布をバッグにしまうとちょっと体をくっつけるようにしてお礼を言った。それを聞いた周人は前を向いたまま、あいよ、とだけ返事したが、由衣にはその素っ気ない言葉の中に優しさを感じていた。


ここファンタジーキングダムでは時間指定で3つまでアトラクションが予約できるシステムになっている。とりあえずその3つ全てを確保する事にした2人だったが、この混み具合からして今からでは夜の分しか残ってないかもしれないと思えた。日帰りの2人には時間がないため、由衣は周人を引っ張ってあちこち連れ回し、なんとか2時から4時までの間で3つを確保することに成功した。満面の笑みでそのチケットを眺める由衣に対し、周人の顔はかなり曇っている。というのも、その3つのアトラクション全てが周人が苦手とするものばかりであったためだ。元々コースター系が苦手な周人はそれを避けるよう何度も言ったのだが、由衣はおかまいなしに日本最大のジェットコースター、グランドストリームの予約を真っ先に取りに行ったのだ。猛烈に講義する周人などお構いなしにそのまま勢いに乗って急流滑りの人気アトラクションのウォータースプラッシュ、さらには宙ぶらりんのジェットコースター、ツイスタースパイラルの3つを予約してしまった。運良く人気アトラクションを全て確保できた由衣はほくほく顔の笑顔が絶えない。


「お前・・・オレはコースター系はダメだっつったろ?」


悲壮な顔をする周人の耳に真上を走るグランドストリームの轟音をかき消すような女性の悲鳴が聞こえてくる。その音に思わず体をすくませてしまう周人。


「だぁいじょうぶだって!こんなの一瞬で終わるって・・・とにかく時間まではお子さま向けのようなのに乗ろ!」


わけのわからない説得を受けた周人はしかめっ面をしながらも地図を見やる由衣の横に立った。あちこちから聞こえてくる悲鳴にビクビクしながらキョロキョロする周人をいたずらな笑みを浮かべて由衣が見上げた。


「あーんなに強いのに・・・・こんなのが怖いって、なんか可愛い~」

「苦手なだけだよ!ったく・・・・」


腕組みしてすねたようにそう言う周人を笑う由衣はその手を引っ張ってまず最初のアトラクションへと導く。2人が向かったのは室内をゴンドラで回りながらエイリアンを撃つといった光線銃系アトラクション、エイリアンネイションだった。最後に出口で総合得点が表示されるため、同乗者同士で対決ができるようになっている点がカップルや家族連れの人気を呼んでいた。待ち時間も20分と意外と短いため、2人はさっそくそこに列ぶことにした。


「じゃぁ、勝った方がジュースをおごってもらえる、いい?」

「オレが勝ったらさっきのコースター系、1つはあきらめろ!」

「もぉ・・・見苦しいなぁ~・・・・・」


あきれる由衣は腕組みして軽蔑のまなざしを向けた。女々しいと思われようとも苦手なものに3つも乗せられては死んでしまう。どっちかというとこういう系統は得意な周人は負ける気がしないため、自信をもってその賭けを申し入れたのだ。


「しゃーないなぁ!いいよ!」

「うっし!」


俄然気合いが入る周人。だが、この後、彼は失意のどん底へと叩き落とされるのだった。


『プレイヤー1・28500点 プレイヤー2・7550点』

そう表示される画面に嬉々とする由衣、そしてうなだれたまま言葉もない周人。結果は由衣の圧勝に終わった。まさかこうなるとは思っても見なかった周人は出口を出てからも疲れたような表情をしていた。


「あれって、桁1つ間違ってんじゃねぇかぁ?」

「何言ってんだか・・・しっかし、口ほどにもないなぁ~」


由衣は得意げにそう言うと、腰に当てた手の肘で周人を突っついた。がっくり肩を落とす周人に笑顔を見せる由衣はさっそく次のアトラクションへと引っ張っていく。次に向かったのは3Dメガネをかけて楽しむアトラクション、マウスハウスだ。これは8人乗りのゴンドラに乗り込み、目の前の巨大スクリーンに映し出される動きに合わせてゴンドラが揺れ動いてあたかも進んでいるかのように見せかけるタイプの乗り物だ。3Dメガネによって映像が立体的に飛び出して見えるため、かなりの迫力が話題を呼んでいた。この程度の乗り物であれば大丈夫だと言う周人ににんまり笑う由衣は4人ずつ横に並ぶように前後2列になったその前の一番奥に周人を座らせた。やや緊張する周人の耳に場内アナウンスが響き渡り、その指示に従ってシートベルトを着用して3Dメガネをかける。スクリーン上には洋館とわかる外観をした大きな屋敷の入り口があり、曇った空には不気味な雷が鳴り響いていた。3Dメガネのおかげで落雷も目の前で起こっているような錯覚に周人は感心した顔をし、由衣は少し体をすくめてみせた。そんな由衣に余裕を見せた周人だったが、洋館の入り口が開いてそこへ進入してからは由衣は笑顔を見せ、さっきまで余裕だった周人は引きつった顔を絶やすことがなかった。どうやら小さくなっているらしい乗り手に、洋館の中の様々な物が落ちてきて襲いかかるようになっていた。花瓶や電球、タンスや壁までもが立体的に倒れてくるせいか、周人は手でそれらを支えるように体を動かしていた。やがてゴンドラはネズミ取りに引っかかり、身動きが取れなくなってしまった。そんなネズミ取りを持ち上げるのはこの洋館の主人か。ガタガタ揺れながら斜めになって持ち上がるゴンドラに情けない悲鳴を上げる周人に対し、由衣は怖いながらも笑顔を見せている。そしてネズミ取りはゴミ箱へと投げ捨てられ、ゴンドラが宙を舞うような感覚に襲われた瞬間、顔に向かって何か風のようなものが噴射され、あわてふためく周人はさっきよりも大きな悲鳴を上げた。なんとか空中でネズミ取りを脱出したゴンドラは追いすがるペットの猫から逃げ切り、そしてこのアトラクションは終了となった。暗い場内が明るくなると、ドキドキしながらも楽しそうな由衣は3Dメガネを取ってベルトを外しながら横に座る周人を見やった。もはや体をゴンドラに沿わせて斜めにしている周人はギュッと前にあるハンドルを握ったまま放心状態にあるのだった。そんな周人に大笑いする由衣は今のこれでこの様の周人が今日のメインである3つのコースターに乗った時にはどうなるかを想像し、こみ上げる笑いを押し殺すのだった。


こうして1時過ぎまで3つのおとなしい系のアトラクションを楽しんだ2人は昼食を取るべく飲食店があるドームへと向かった。このドームの内部の壁回りにはいろいろな飲食店があり、そこで食べ物や飲み物を買ってドーム中央にあるテーブルでそれらを食べるといったシステムである。スキー場などでよく見受けられるシステムをしたここの席を何とかキープした2人は周人が食べ物を買いに行き、由衣が留守番をすることになった。2人ともラーメン定食を食べることにし、周人はその店に列ぶと疲れた表情を見せた。ここまですでに振り回されっぱなしであり、気を持たせないようにするといった事など考えている余裕はない。前回もそうだったが、結局由衣のペースにはめられている事に気付いて自分に苦笑した。


「恵里や青山さんとは正反対だ」


笑いを含めた独り言を漏らすと、不意に今、自分が言った言葉に首を傾げた。恵とのデートでは康男から『恵里の話』を聞いた恵自身がそれを意識してしまい、結局最悪のデートとなってしまった。だが、同じ話を聞いたはずの由衣はそれを聞く前となんら変わりがない。周人は『恵里』にはなかったあのペースに巻き込まれているまんざらでもない自分を笑った。


美味しそうにラーメンを食べる由衣を見ながら、すでに食べ終えた周人はポケットからタバコを取り出した。


「いい?」

一応吸ってもいいかを確認した周人に由衣はうなずいた。それを見てから火を点け、煙を揺らす。


「あと2ヶ月ほどで終わりだね、バイト」


スープを飲み終えた由衣がつぶやくようにそう言う。周人は由衣に視線をやるとそうだな、と返した。


「25日で終わりだ」

「クリスマス・・・・だね?」

「・・・そうだな」


由衣は一瞬寂しそうな顔をしてみせたが、すぐに普通の表情に戻って水を飲んだ。周人はその由衣の表情に気付かずに同じように水の入っているコップから氷を口の中に入れる。それをゴリゴリと噛み砕いて飲み込むと、指に挟んでいるタバコをくわえた。


「頑張れよ」


そう言うと、小さな笑顔を見せる。由衣は大きくうなずくとガッツポーズを取って見せた。


「もちろん!」


そうこうしているうちに程良い時間となり、由衣は今になっても嫌がる周人を引っ張って無理矢理グランドストリームへと向かう。横に螺旋状を描く部分や、高さ80メートルからなる急降下など、世界的スリルを味わえるこのジェットコースターは由衣にとってはワクワクする興奮の対象であり、周人にとって耐え難い恐怖の対象であった。だが、さっきの射撃アトラクションで無惨に惨敗した周人にそれを拒否する権限はなく、渋々予約券を見せて凄まじい行列を無視して乗り込み口へ続く階段を上がっていく。この世のものとは思えない物凄い悲鳴が轟く中、周人は自分の足がすくむのをはっきりと自覚していた。次にコースターが戻ってくればいよいよ乗車である。覚悟を決めたとはいえ、すぐ前に展開されているビルともいえる高さのレールを見せられてはやはり覚悟も鈍っていった。そんな周人を見て笑いを漏らした由衣はそっと周人の手を握ってあげた。一瞬ビックリしたように体をすくめた周人だったが、どこか泣きそうな笑みを浮かべて心細いのか無意識にその手を握り返してくる。スクリーンに合わせた動きをみせたさっきのゴンドラ内での周人を見ている由衣は今度は実際に動くこのコースターでどういう動きを見せるのかが楽しみであり、それを想像してニヤニヤと笑うばかりだ。だが、今の周人にそんな由衣をたしなめる余裕などあるはずもなかった。やがて戻ってきたコースターから人が降りていく。幸い一番前の席は避けられたものの、それでも前から2番目である。由衣はそれが不満だったが、周人は前に人の頭が確認できるだけで良しとし、どこに座っても同じとばかりにさっさとベルトと安全バーを肩から固定して手すりをギュッと握りしめた。


「大丈夫だよ、絶対楽しいからさ」


由衣は優しい笑顔でそう言うと安全バーで邪魔されながらも周人の方を向いてさっきとは違う意味ありげな笑みを浮かべた。その笑顔の違いに気付かない周人は泣きそうな笑顔を見せて小さくうなずくしかない。やがて発車を告げるベルが鳴り響き、アナウンスが流れてゆっくりと車体が動き出す。すでに喉はカラカラの周人は大きく唾を飲み込むと車体の振動にビクビクしながら山のように高くそびえるレールを見やった。ゴンゴンゴンゴンという音を響かせながら斜めにレールを上がっていく。もはや緊張は極度に達している周人は由衣のように景色を楽しむことなど出来ずにただひたすら前を向いていた。このまま空に向かっていくのではないかと思うほど前方には赤いレールと青空しかない。やがて平行になった車体は緩やかなカーブを曲がりながら、その先にある恐怖の直滑降へと向かっていった。一斉に悲鳴が上がり、車体が重力に引かれて一気に落下していく。目を開きながらも恐怖に彩られた表情の由衣、恐怖に負けてギュッと目を閉じて全身に力を込める周人共にすさまじい落下のGが襲ってきた。その後、由衣は怖いながらもそれを楽しみ、周人は早く終わってくれることを願いながら全身を硬直させて前後左右から襲い来るGの恐怖に怯えるのだった。笑い声を上げる由衣の横で絶叫する周人。落下に合わせて手を挙げる余裕を見せる由衣に安全バーを壊れるほどガッチリ掴む周人。対照的な2人を乗せたコースターは一番の見せ場である真横に螺旋を描くスパイラルトルネードへと突入していくのだった。


出口を出た周人はふらつきながらタイミング良く空いたベンチに腰掛けた。顔色は青く、表情は引きつったままである。肩で息をするのがやっとといった周人の横では豪快に笑う由衣の姿があり、2人の表情はこれでもかというほど正反対であった。


「アハハハハハハ!もー最高!最高に面白かった!」

「・・・最悪だ・・・・吐くかと思った・・・・・」


ガックリうなだれる周人を見てさらにお腹を抱えるようにして笑う由衣は周人の肩をバシバシ叩く。もはや反撃する力もなく、ぐったりしたままの周人は憔悴しきった目で由衣を見るしかできなかった。


「せ、先生・・・プールの時よりすっごい悲鳴だし・・・終わった後も、もぉ体固まりまくり~って感じで・・・・アッハハハハハ~!!」

「・・・んなひどかったか?」

「ククク・・・・・もーサイアクだよぉ~」


涙を流しながら笑う由衣につられてか、周人も小さいながらも笑顔を見せた。次のウォータースプラッシュまでまだまだ時間があるため、由衣は地図を広げて空いていそうで、しかも周人がのんびり出来るアトラクションを探した。奥の方にコーヒーカップがあるのを見つけた由衣はフラフラの周人を気遣いながらそこへ向かうことにした。それがコースター系ではない事を知った周人は疲れた表情ながらもそれに賛同し、由衣に引っ張られる感じでそこへと歩いていく。その途中、周人はあることに気付いた。通り過ぎる男たちがチラチラ自分たちの方を見て行くのだ。何なんだと思いながらそれをよく観察してみると、男たちの視線はみな由衣へと注がれていたのだ。見た目かなりの美人である由衣はカップルである男たちの視線すら奪っている。そんなことには全く気付いていない由衣は周人の手を引きながらまっすぐコーヒーカップを目指して地図を見ながら歩いていく。そんな由衣に、周人は苦笑をしながらも何も言わずただ横に並んで目的の場所を目指すのだった。


コーヒーカップは比較的空いており、待ち時間は10分ほどとなっていた。時間に余裕があるためにそこに列んだ2人は、コーヒーカップを囲む手入れされた芝の手前にある白い囲いにもたれるようにした。


「地獄巡りの束の間の休息って感じだ・・・・」


その言葉に笑う由衣。


「こないだみたいな『敵』と戦うよりも怖いの?」

「これは怖さの意味が違うよ・・・・確かにあれはあれで怖いけどさ。種類が違うっつーか・・・・ん~、説明しにくいなぁ・・・」

「でもぉ、なんとなくわかるよ」


由衣はそう言うと笑顔を見せた。一瞬そのまぶしい笑顔にドキッとした周人だったが、すぐに気を取り直してコーヒーカップを見やった。


「じゃぁさ、ああやって戦った相手で怖いって思った事、ある?」


その言葉に由衣を見やった周人は目を閉じて薄い笑みを浮かべた。


「まぁな。大木なんかは怖くなかったけど・・・・・無茶やってた頃はそりゃぁ怖い相手もいたさ」

「『キング』とかいうのも?」

「ん?ん~、そりゃまぁあいつが一番怖かったし、でも、その他にも何人かは逃げたくなるほど怖いのがいたさ」


そう言うと少し進んでまた柵にもたれかかった。視線は遠くを見ている周人に、由衣は不思議そうな顔をしてみせる。


「逃げればよかったのに・・・・」


つぶやくようなその言葉に、由衣を見やった周人は一瞬ため息混じりの笑いを漏らすと、そうだなとだけ答えた。


「でも、逃げられなかったんだよね」


由衣はジッと周人を見つめたままそう言った。その意外な返事に驚きながら、周人は再度そうだなとだけ答えてこの話題からどう逸らすかを考えていた。このまま『恵里』がらみの話題になれば先日の恵の時のようになりかねない。せっかくそういう雰囲気もなくここまで来ているのだ、ここでそれを崩すことは避けたい。このままではまた意味もなく人を傷つけてしまうかもしれないと思い、違う話題を模索した。


「でも、あと2つのコースターからは逃がさないし、逃げられないよぉ!」


自分から違う話題に振ってきた由衣に目を丸くする周人は、安心したような、拍子抜けしたような複雑な気持ちになってしまった。どっちにせよ苦笑いするしかない周人はそれを考えると気が重くなり、さっきまでの話題すら頭の中からかき消えてしまった。その問答をやっているうちに順番はやってきた。2人はピンクの星がマーキングされたカップに乗り込むと、腰にベルトを締めた。向かい合わせに座るかと思いきや、すぐ横に座った由衣に少し驚いたが、何も言うことなくそのままにしておいた。やがてベルが鳴り、ゆっくりとカップが並んだ台自体が回り始める。ハンドルを緩やかに回してカップ自体を回転させた2人は楽しそうな笑顔を見せて無邪気にそれを楽しんだ。端から見れば立派な恋人同士でありながら、実際はその心の距離は遠い。やがて終盤に差し掛かった頃、おもむろに周人はハンドルをぐるぐる回し始めた。激しく回転するコーヒーカップに笑いが響く。恐怖を感じるどころかきゃあきゃあと笑い声を交えた悲鳴を上げる由衣に、周人も自然と笑顔になった。やがて終わりを告げるベルが鳴り、ゆっくりとカップが静止していくのだが、ハンドルを回しすぎたせいか2人の乗るカップだけはクルクルと勢い良く回転していた。惰性の力でようやく止まったカップを下りるべくベルトを外し、立ち上がろうとした由衣は激しい回転のせいで目が回ったせいか、まだ座っている周人の膝の上によろめきながら倒れ込んでしまった。咄嗟にそれを支えた周人はやりすぎたかと思いながら大丈夫かと声をかけて身を起こしてあげた。急接近する2人の顔。少し潤んだ目で自分を見つめる由衣に一瞬鼓動が高鳴る。だが、やはりこのまま妙な雰囲気になるのではないかと危惧した矢先、由衣はすっくと立ち上がり、すぐにカップを下りた。


「ゴメン、目が回っちゃった・・・・先生?ボケーっとしてないで、早く下りないと次の人が迷惑だよ」

「あ?ああ、そうだな、ゴメンゴメン」


呆けたようにしていたせいか、そう急かされた周人は頭を掻くとカップを下りて出口を出た。どうやら前回の恵とのデートを意識しすぎているせいか今日はどうも調子が悪い。結局由衣は『恵里の話』を聞いても自分のペースを崩していないというか、気にしていないようなのだ。周人は今から気持ちを切り替え、普段通りの自分で接しようと決めた。実際変に考えすぎていたのは自分だったのだ。周人は小さなため息をついてから小さな笑顔を浮かべて地図を見る由衣に並ぶのだった。


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