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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第七章
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ときめきの中で(1)

塾での盗撮事件発覚の翌日、大木が起こしたその事件の事情聴取のせいで塾は急ながら当然休みとなり、私服の警官たちによる隠密的な現場検証も行われた。幸い近所の人もスーツ姿の警官たちをセールスマンか何かだと思ったようで別段気にするようなこともなかった。午前中に周人、康男、由衣の立ち会いの下に現場検証は終わり、午後からは大学の授業を終えた新城を加えた4人が警察署にて事情聴取が行われる事になった。とりあえず新城との合流時間までに昼食を取る事にし、警察署近くのファミリーレストランへ入った3人はランチを注文して一息を入れた。警官たちは上から指示をもらっているのか、終始言葉遣いや動作も穏やかであり、周り近所に悟られないようにかなり気をつかってくれていた。未遂で終わったとはいえ危険な目に遭った由衣に対しても優しく接してくれたため、午後からの事情聴取も軽い気分で受けられそうである。


「今回の件は本当に申し訳なかった!」


康男はやや大げさながらテーブルに手を付くと、由衣に向かってそう謝った。昼前のせいかはわからないのだが、店内は比較的人も少ない。そのせいもあってのこの大きな仕草なのだろうが、それは康男の心を表現する最高のものだった。前回の由衣強姦未遂事件の際も本来であれば塾の体制自体を見直すべき段階にありながら何の策も取らなかった事を反省し、今回に至っては塾の運営自体に関わる最悪の事態に発展しかねなかったのだ。しかも2度とも由衣の身に危険が及んでいる。康男は危機管理体制を訴えられても仕方がないと思いつつ、それら全てを救ってくれた周人に対しても深く詫びたのだ。2度とも偶然とはいえ周人の助けによって難を逃れた由衣だったが、前回と違い、今回はほとんどショックを受けてはいなかった。


「もう、いいですって。今日だけで何回謝るんですか?」


由衣は笑いながらそう答えたが、実際ならば怒りをぶつけてもいいくらいなのだ。それに昔の彼女なら訴えると言いかねないほどの事件である。


「でも、公園での事も、今回も、君は単に運が良かっただけなんだぜ?」


前回とは違い、由衣が今回の事件に関してあまり危機感を持っていないことを感じ取ったのか、周人はそう釘を刺すように言葉をかけた。1歩間違えば大変な事になっていたかもしれない事実を知っていて努めて明るく振る舞っているのか、それとも単に無事だったから明るいのかはわからない。だが周人はどっちにしても注意すべき所はしておこうと考えたのだ。


「前回は、塾長から聞いているだろう通り『恵里の事』があったから、気になったから注意して君を見つける事ができた。でも今回は本当に偶然『たまたま』着いた時に君たちがもみ合っているのを見たからわかっただけで、2階にこもってしまっていたらわからなかったんだからな・・・」


その言葉に由衣は俯いて上目遣いになりながら周人を見やった。確かに前回よりはショックは少ない、いや、ほとんど無いといっても過言ではない。襲われた事を楽観視しすぎている事を指摘された由衣は少し反省の色を見せた。


「ごめんなさい・・・でも正直、今回はそんなにショックを受けなかったから・・・確かにあの時は凄く怖かったけど・・・でも、一番怖かったのは木戸先生がアイツに吹っ飛ばされたトコかなぁ~」


反省しているとはとても思えない言葉を言う由衣に、周人は露骨に困ったような顔をして見せた。


「あのなぁ~・・・・まぁ、実際ヤバかったんだけどな」


ため息混じりにそう言うと、一息入れて水を飲む。康男は興味深げな顔をして2人のやりとりを見ているのみで何も口を挟んでこなかった。


「もう絶対死んだと思った・・・」

「・・・お前なぁ~」


あっさりそう言う由衣に周人はガックリと肩を落とした。


「冗談、冗談だって!でも、ビビったのは確かだよ。もうダメだって思ったもん」

「直接体にくるダメージはどうにか軽減させたんだけど、やっぱ衝撃までは殺せないからなぁ」


と、そこへ料理が運ばれてくる。由衣のフルーツドリアに周人のハンバーグステーキ、そして康男のトンカツ定食がテーブルに並べられた。それらから流れるいい匂いがさらに空腹感をあおり、3人はさっきまでしていた話の事など忘れてその料理に没頭した。そしてその料理も半分に減った頃、由衣がさっきの話を蒸し返すように始めるのだった。


「ところでさ、アイツの使った技、アレ何?」


水を飲んで一息入れていた周人は一旦手を食べている手を休めて正面に座る由衣を見やった。


「『重圧拳』って言ってな、踏み出した右足に力を溜めてそれを地面に叩きつける事で一気に開放、そして突き出した手にその力の反動を利用した手の平を己の気を込めて一気に放出するって技ってところかな・・・詳しくはわからないから説明するの難しいなぁ」


周人のぼやく通りそう説明されてもさっぱり意味がわからない由衣は顔中に『はてなマーク』を浮かび上がらせた。それを見た周人は苦笑し、康男もまた笑いを噛みしめていた。


「まぁ、ようするにだな、気を込めた手を押し当てて、それを相手にぶっ放すって感じだな。目に見えない衝撃を叩き込む、みたいな?」


由衣は難しい顔をしながらも今度はうなずいた。なんとなく程度の理解だったが、とりあえず言いたいことは伝わったのだ。周人はこういった技の説明が難しい事をしみじみ感じて助けを求めるように康男を見たが康男はみそ汁を飲んでおり、周人の視線に気付かない。


「じゃぁ先生が使ったのは?『何とかこう』って?」


「あぁ、ありゃ『雷閃光』。7つある奥義のうちの1つ。重圧拳と同じ要領だけど、まぁ、平たく言えばあばらの骨を砕いたわけだ」

「どうやって?」


またまた難しい質問をする由衣にげんなりしながらも、周人はどう説明していいかわからずに困った顔をしてみせた。今度はその表情を見ていた康男が助け船を出す。


「奥義っていうのは他人には伏せておくから必殺技として成り立つんだ。だからそんなこと質問してもそう簡単に答えられないさ」


これ幸いとばかりに周人もうなずいた。渋い顔をしながらもさっきの説明がほとんどわからなかった由衣にとってそれは納得せざるを得ない答えだった。残ったハンバーグを頬張りながらも周人はサラダをついばむ由衣を見やる。さっきからチラチラとした視線を由衣から感じながらも手を休めない周人だったが、また何やら難しい質問を投げてくるのではないかと内心ヒヤヒヤしていた。


「先生?」


ほら来たと思いながらも最後のライスを口に入れた周人は無表情でその呼びかけに応じる。


「7つの奥義って?」


ある程度その質問に関して予想が出来ていた周人はやはりそこに来たかと心でつぶやきながらもフォークを置いた。


「名前だけしか教えられないよ?」

「それでいい」


それだけ聞いてどうするのかとも思いつつ、それで気が済むのならと周人は7つの奥義の名前を口にしていった。全ての料理を平らげた康男はそれを黙って聞いているのみである。


「雷閃光、亀岩砕きがんさい三極身さんきょくしん虎竜砕こりゅうさい点結波てんけつは無破むは、そして、天龍昇てんりゅうしょうの7つだ」


まるで何かの呪文のように淡々とそう言う周人を見ながら理解不能といった顔をする由衣に康男が苦笑を漏らした。そんな康男を睨みつつも、由衣は全て食べ終わりサラダを取っていたフォークを置いた。


「ぜ~んぜんピンと来ない・・・・じゃぁあ、キングをやっつけたのってどれ?」

「・・・どれも駄目だった。残念ながらね」


水の入っていたコップから氷だけを頬張り、口の中でころころ転がしながらもそう答えた。


「じゃぁ普通の技なわけ?」

「うんにゃ・・・・違うよ、奥義の上にあるものかな?」


考えながらそう言う周人は氷を噛み砕いて飲み込んだ。今の言葉にますますわけがわからなくなった由衣はちょっと憮然とした顔をしてみせる。そんな由衣を見かねた周人は簡単にわかりやすく説明するためにはどうしたらいいかを思案し、言葉を選びながら口を開いた。


「奥義ってのは全ての技の中でも難易度、威力が高いものだ。で、その奥義の上にあるっつーことは、その技を使える者はいないほど難しく、そして威力も使った本人に反動が返ってくるほど強力な技って事だ」


周人はそう説明し、通りかかったウェイトレスの女性に水を入れてくれるよう頼んだ。3人のコップは空であり、女性はすぐに水を入れてくれた。


「じゃぁ、先生はそれが使えるほど強いって事?」

「まぁ・・・あれは無理矢理使ったって感じだった。無我夢中だったしな・・・・左腕は骨が折れていたし、オレにはもう、その技しか残ってなかったから・・・」


思い出すようにやや目を伏せてそう言う周人はどこか憂いに満ちた表情をしていた。


「どんな技?」

「お前、それを知ってどうするわけ?」


ややげんなりした口調でそう言うと、周人は肘をついて手にアゴを乗せた。康男は2人のやりとりを黙って聞いているのみで全く何も言わずに薄く笑い、由衣は興味津々といった顔をしている。


「いいじゃん!」


由衣にしてみれば、どんなささいな事でも周人に関する事柄は全て知っておきたいのだ。理由も何もないその返事に疲れた顔をしながらも、周人はさらに説明を続けた。


神威拳しんいけん。やや低い態勢からジャンプして、その反動を利用して相手のアゴに拳をぶつける技」

「え?ただそれだけ?」


奥義の上だということはそれだけ凄いと思っていた由衣にとってその技はあまりに単純すぎた。誰にでも使えそうな技であり、そんなに威力があるとは思えない。その由衣の率直な意見に、周人もまたそうだなとため息混じりにつぶやいた。


「でも、全身の力をその拳に込めて、地面を打ち抜くほどの脚力で舞い上がる。身体の線を1つにして一気に真上に拳を解き放つその技は天をも貫く威力の龍に例えられているんだ。出せば100%相手を倒せる技、それが神威拳」

「それが難しいの?」

「そうだ。相手にブロックさせないほどのスピード、さらには相手を殺すほどの威力をもっていないと駄目。それはただのジャンピングアッパーだからね」


由衣はわかったようなわからないような顔をして考え込むようにしている。康男も空になった器を全て下げられたテーブルを見るようにして何かを考えるようなポーズを取った。


「現にキングはその技でアゴから脳を損傷、首の後ろにある頸椎も損傷で発狂状態。今でも精神病院で生活している。んで使ったオレの身体もボロボロで技を放った右拳は砕けたほどだ」


その言葉に由衣も康男も顔を上げた。周人は自分の右拳を見やりながら思いを馳せ、ギュッと力強く拳を握りしめた。


「まぁ、ようするに危険だから使うなって事だ」


明るい口調でそう言った周人はおもむろに立ち上がるとトイレに向かった。残された由衣と康男は顔を見合わせ、苦笑しあった。


「あまりその話には触れないようにな・・・・」


康男は優しい口調でそう由衣に言葉を投げた。由衣もまずかったと思ったのか素直にうなずく。ただ周人の事を知りたいだけだったのだが、『キング』の事は『恵里』が絡んでくるために由衣にとっても難しい話題なのだ。


「けど、まぁ、知りたい気持ちもわかるからなぁ・・・・好きな人の事は何でも知りたいだろうからね」


その康男の言葉に唇を尖らせてやや膨れっ面をしてみせたが、トイレから戻ってきた周人にはすぐ笑顔を見せた。その後、周人と由衣は他愛のない話題に華を咲かせ、そんな2人の様子を微笑ましく見守る康男はごく自然な空気をかもしだす2人を悪くないと思いながら、由衣こそが『恵里』から周人を解放できる一番の可能性を秘めているのではないかと考えていた。やがてあれこれ由衣に詰め寄られてたじたじになる周人に助け船を出した康男は午後の事情聴取の事を軽く話してから店を出るようにうながした。店を出た3人は14時からの事情聴取のため、そのまままっすぐに警察署に向かうのだった。


学校を終えた新城が合流し、皆順番に事情聴取を受けていった。結局最後の由衣が終わった時点で午後4時半であり、このまま今日は康男の家で夕食をごちそうになる事になった。暗黙の了解になっているのか、大木の事などには一切触れない話題で終始和やかな感じで家路に着く。夕食の支度を手伝いに由衣が家の中に入り、康男も子守のために後に続いた。残された周人と新城は誰もいない塾の前まで行き、いつもは駐輪場として使っている空き地の柵に腰掛けてタバコを取り出した。昇り行く煙を揺らしながら肌寒さを感じる2人だったが、久しぶりのゆっくりした空間を楽しんだ。


「青山さんとはどうなんだ?」


唐突なその質問に周人はゆっくりと新城を見た。新城はタバコを手にしながらもとぼけた顔をしてみせる周人を睨むようにしていた。


「明日、映画を見に行く約束をしてる」


その視線を受けて小さく微笑んでからそう答えた周人はタバコをくわえると緩やかに煙を揺らせた。今の言葉に新城は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに表情を緩めて嬉しそうな顔をしてみせた。どうやらそれなりに動きをみせている事と、頑張っている恵の事を考えての表情だ。そんな新城から視線を外した周人は暗い雲が出てきた空に目をやった。


「ちなみに来週は吾妻さんとお出かけだ」


新城はその言葉にさらに驚きを前面に押し出した表情をして見せた。くわえていたタバコすら落としそうなほどのその様子に、周人はあきれた顔をしてみせた。


「んな驚く事かよ?」

「そりゃお前・・・・普通は驚くだろ?」

「で、そういうお前は?」


不意にそう振られた新城はさらにあわてふためくようにしながらくわえていたタバコを落としてしまった。それを足でもみ消すと渋々もう1本箱から取り出す。そこに周人が使い捨てライターの火を近づけた。その百円ライターに火を点けてもらいながらも、新城は落ちつきなく視線を宙に漂わせている。


「正直、青山さんは諦めた・・・・話してもお前の事ばっかだし・・・はっきり言ってつけいる隙がない」

「んで、奥田さんにか?」


イヤな笑みを浮かべてそう言う周人は携帯の灰皿に灰を落とすと横目で新城を見やった。苦々しい表情を浮かべた新城は大きなため息をつくとうつむき加減でうなだれるようにしてみせた。


「塾長から『あの2人はあやしいぐらいに親しいよ』って教えられてなぁ・・・・まぁ、あの子の事はよく知らないけど、青山さんと負けず劣らず美人だし、いいんでない?」


その言葉に幾分落ち着きを取り戻した新城は頭を掻きながら照れたような仕草をとった。その様子から2人の関係がまんざらではないことを悟った周人は嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「彼女、とってもいい人なんだ。気が付いたら惹かれてた。向こうも気に入ってくれてるのかしょっちゅう遊びに誘ってくれててな」

「で、告白とかは?」

「そろそろって考えてる」

「そうか」


照れ隠しからかしかめっ面でそう言う新城だったが、そこから出される雰囲気は穏やかであった。周人は笑みを絶やす事無くその話を聞き、西校から撤退したことを少し後悔していた。だが由衣たち3人の事を考えるにはやはり距離は必要である。新城とかすみの様子を見てみたいのだが、そうもできない今の状況に対し、自分自身に苦笑した。


「お前こそ、はやく誰かに絞れよ?」

「あぁ、そうだな・・・・」


周人はそうつぶやくように言うとタバコをもみ消した。


「正直・・・誰にしようかとかは考えてない。お前さんみたいに自然に好きになりたいからさ・・・だから深く考えないようにしてる」


意外な本音を聞いた新城はうなずくだけで何も言わなかった。自分が何かを言える事ではないと悟ったせいである。


「お互い、頑張るしかないな」


その言葉に周人は静かにうなずいた。しばらく暗くなっていく空を眺めていた2人だったが、さすがに寒くなってきたため、康男の家に向かうのだった。


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