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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第六章
35/127

閉ざされた時間(4)

金曜日の授業は模擬テストということで、中学三年生は皆気分が滅入っていた。ここ最近は塾でも学校でも模擬試験のバーゲンセールだ。時期的に仕方がないとはいえ、やはり試験は気分をブルーにさせる。バスを降りた由衣もまた大きなため息をつくと、とぼとぼと階段に向かった。と、やはり誰かにジッと見られている気がしてあわてて後ろを振り返る。だがそこには別段自分を見ている風な人物はいない。いるのは職員室から出てきて鍵をかけている新城と大木ぐらいなものである。こっちを見ているのは大木だが、それは生徒たちを見回しているといった感じで特別自分だけを見ているといったものではなかった。だが、ここ最近感じる視線の回数は日に日に多くなってきており、自分が電話に出た場合は小さくハァハァと荒い息づかいが聞こえてきて不快になってくるほどであった。そんな由衣の姿に気付いた美佐は心配そうに声をかけたのだが、由衣は何でもないとごまかし、余計な心配をかけないように努めた。



無事模擬試験の授業を終えた由衣はバスに乗る前にトイレに向かった。だが、教室のトイレは今別の人が使用中であり、仕方無しに隣の教室に向かったのだがここも使用中。最後の手段と階段を駆け下り、1階にある職員室に向かった。その中にいたのは大木だけで、新城はいない。さっきバスが出てきたのを見た由衣はやや焦り気味にトイレに入った。バスを待たせてはいけないと思う気持ちがそうさせたのだ。寒くなってきているせいか、最近はやたらとトイレが近い。学校でも休み時間おきにトイレへ行くようになっていた由衣はさっさとそれを済ませ、下着とズボンを上げたところで突然ピアスが転がり落ちた。便器の中に入らなかった事は幸いだったが、狭いトイレ内を探す姿はどこかみっともなかった。早くしないとバスに迷惑がかかると焦るのだが、そこで偶然にも信じられない物を見つけてしまった。便座の裏側のその真上、上からは死角になって見えない位置に小さな黒い筒のような物が取り付けられている。よく見ればいびつな筒状のそれは小型のカメラのようであった。


「うっそ!マジ盗撮?」


もはや落としたピアスどころではなくなった由衣はこれを康男に報告しようとあわててトイレを飛び出した。だが、目の前に立ちはだかる人物にぶつかりそうになり驚いてしまった由衣だが、それが大木であることを確認してホッと胸を撫で下ろすと、あわてた口調で事情を説明した。


「まさか・・・・ここにそんなものが?」


意外に落ち着き払った様子の大木は由衣の示すトイレ場所を覗き込もうとした。だがその瞬間、由衣は腹部に強烈な痛みを感じてその場にうずくまった。冷ややかな目で彼女を見下ろした大木はいらなくなったプリントを縛っていたひもを引き剥がすと、打撃を受けて息も絶え絶えで横たわる由衣の手を無理矢理後ろ手に縛り付けた。そのまま平然と職員室を出ていった大木はもはや由衣だけを待つバスの運転席の康男に近づくと今縛り上げた由衣のことを報告した。


「吾妻さん、お腹が痛いそうなんで、あとで送って下さいとのことです。今もトイレの中なんですが」

「そうか・・・わかった、じゃぁ頼むわ」


困った口調でそう言う大木の言葉に康男は納得してそう言うと、大木がバスを下りて離れたのを確認してバスを出発させた。今度はそれを見送っていた新城に近づくと、ここでも嘘をでっちあげる。


「吾妻さん、お腹痛くてトイレなんですよ・・・すみませんが様子を見てきますので代わりに上の戸締まりを確認してもらえますか?」

「なんだ、しょうがないな、あの子も・・・わかった、見てくるよ」


新城は大木の言葉に何の疑いも無しにそう言うと、取り出していたたばこをポケットに戻して階段へと向かった。大木はそれを見ながら素早く職員室に戻ると元周人の机の上にあったガムテープを取り出してまだ苦しんでいる由衣の口をふさぐように貼り付けた。


「お前は最高の獲物だ・・・時期は早くなったがどうせヤるつもりだったし。後は恵にかすみ・・・こっちは盗撮で脅せばいちころだし、お前は今回のを記念に撮影してやるさ」


何かに取り憑かれたようにそう言うと、大木は見掛けの頼りなさとは裏腹に由衣を軽々担ぎ上げてそそくさと裏口に出る。そして非常階段としてある裏の階段を上がるとあらかじめ用意していた扉の鍵を開けて由衣をそこに放り込んだ。固い床に叩きつけられるようにして転がる由衣の苦悶の表情を見た大木は薄く笑いながら素早く鍵を閉めて音も無く階段を駆け下り、あわてて職員室に戻ると今度はトイレの電気をつけっぱなしで閉めると新城が戻ってくるのを待った。その後、新城はすぐに帰ってくると、やれやれとばかりに席に座る。大木はそれを横目で見ながらどうやって新城を追い出すかを思案していたところ、偶然にも新城はタバコを買いに近くのコンビニまで出かけることになった。康男が戻るまで塾にいるということからそうすると言った新城がそこまで行くには片道5分、つまりは往復10分しか無いのだが、言い訳はいくらでもできる。自分もすぐ帰るかもしれないと言い、新城に鍵を持たせてそれを見送った。出ていった新城を確認した大木は玄関のドアを閉めてすぐに裏口の階段を上って扉を開いた。そこではちょうど起きあがったばかりの由衣がおり、大木は再び由衣を押し倒すと馬乗りになった。


「いけないんだなぁ、オレの趣味を見つけちゃ・・・・つい昨日仕掛けたばかりで、後で誰が映っているか楽しみにしてたのに・・・君は恵やかすみと一緒に実際に楽しもうと思ってたんだ。ま、予定が早くなったけど、まぁいいか・・・」


口をガムテープでふさがれてフガフガとしか言いようのない由衣は、体をばたつかせて抵抗したが無駄だった。大木は暴れる由衣を不気味に見下ろして微笑むと、自分の壮大な計画を語り始めた。


「盗撮はいい・・・最高だ・・・・でも君や恵みたいな美人はテレビのアイドル以外では見たことがない・・・・だからオレだけのアイドルにしてやろうと思ったのさ・・・オレだけのね」


由衣は松浦の時と違い、完全に絶望的状況であることにうなだれた。康男は送迎のため40分は戻ってこないうえに、大木がすぐにここにやってきたところを見ると新城もおそらくうまく丸め込められているだろう。声も出せず、身動きが出来ない状態で、何故自分だけがこういう目に遭うのかを呪い、涙を流した。


「可愛い涙・・・舐めて拭いてあげるよ」


言いながら顔を近づける大木にギュッと目をつぶる由衣は無意識的に心の中で周人の名を叫ぶと、咄嗟に唯一自由な足をばたつかせた。その拍子に右足が自由になり、思いっきり大木の腹部を蹴飛ばすと不自由な腕をもろともせずサッと立ち上がって出口に向かった。両手が使えない不安定な状態でありながらうまく扉を開いて階段まで来たが、すぐに後から羽交い締めをされてしまった。


「甘いよ・・・オレ、こう見えても強いんだ・・・・」


大木はそうつぶやきを漏らし、由衣を引きずって廊下の奥に引きずろうとした。もはやどうすることも出来ずに周人の名を何度も心で叫んだ由衣は必死に抵抗を試みた。だがその時、眼下にライトの明かりが広がると、エンジン音を響かせてそこにバイクでやってきた1人の男が現れるのを目に留めた。男はバイクをゆっくりと下りると2階でもみ合っている2人を見上げた。


「お前はよっぽどオレに助けられたいんだなぁ」


ヘルメットを取った周人はあきれた顔をしながらそう言った。由衣は恐怖の涙を歓喜に変え、そこにいる周人を涙に濡れた目で見つめた。だが大木は由衣を廊下の方へ突き飛ばすとゆっくりと階段を下りていく。痛みを堪えて立ち上がった由衣は再び階段の所まで走ると、すでに下に降りて向かい合う大木と周人を見やった。


「木戸先生・・・・ここは引いて欲しいんだけど?」

「アホ抜かせ・・・んな事出来るか」

「オレ、強いよ?知らないよ?」

「そうかい・・・」


だらりと下げられた両手は両者共変わらない。だが、先に動いたのは大木だった。周人すら凌駕する動きで一気に間合いを詰めると下から拳を突き出す。それを見切って避けた周人のアゴ先を数ミリの間隔を開けて拳が通過した。その刹那、腹部にこれもまた凄まじいスピードで膝蹴りを繰り出した大木は不適な笑みを浮かべたままだった。なんとか左腕で膝蹴りをブロックした周人だったが、その蹴りの勢いを受けて2メートルほど飛ばされて片膝をつく。その様子を見ていた由衣は信じられないといった表情でその攻防を見ていた。実際、何故周人が飛ばされたのかすらわからない。それよりも、瞬きする程の一瞬で数メートルの距離を縮めた大木の動きすら全く見えなかったのだ。暗いせいもあるが、それ以上に動きが速いのだ。


「フフ・・・フヒヒ、あのライトニングイーグルすら超えるスピードだよ?でもブロックするとは思ってもなかったけど」


大木はゆっくり立ち上がる周人を見てそう余裕の表情を浮かべた。


「いやぁ・・・・ライトニングイーグルはもっと速かったぜ・・・」

「ブロックするだけで精一杯のくせに・・・フフフ・・・」

「すまねぇな、てっきりザコだと思って、ナメてた」

「じゃぁ今からが本気なんだ?」

「まぁ、本気の1歩手前ってヤツだな」


どちらも余裕の口調でそう言いながら睨み合う2人を見ながら、由衣の心には言いしれない不安が立ちこめていた。



意外と早くタバコを買って帰ってきた新城は、バイクのライトとエンジン音、そして何やら話し声を聞いて何事かと裏口に姿を見せた。そこには大木と、ここにはいるはずのない周人の姿があるではないか。しかもそれが向かい合っているのを見て訳がわからなくなった新城だったが、2人から立ちこめる気迫に声も出ない状態になってしまった。


「新城!上に吾妻さんがいるからすぐに保護してくれ!」


やってきた新城に気付いた周人がそう叫んだ瞬間、2メートルは離れていた大木が周人と重なるようにしている。そこからまるで見えない突きと正拳をほぼ同時に両手で繰り出す。が、周人はそれを全てブロックしていた。だが、さらに止まらない大木のラッシュは続き、防戦一方となってしまった周人の脇腹に大木の蹴りが炸裂する。再び少し飛ばされた周人を追いすがり、なおも攻撃の手を休めない大木は狂喜にも似た笑みを浮かべている。実際打撃によって吹き飛ばされたのではなく、威力を殺すためにインパクトの瞬間に自分から動きに合わせて飛びのいているのだが、端から見れば吹き飛ばされているようにしか見えない。凄まじいラッシュの隙をつき、右足を大きく踏み出した大木はその足を地面に叩きつけた瞬間に、広げた右の手の平を体で押すようにしながら周人の腹部に押しつけた。上体を一瞬ひねるようにして突き出されたその手の動きに合わせて自ら後方に飛んで威力を殺そうとした周人だったが、考えられないほどの打撃の衝撃を腹部に受けて本当に吹き飛ばされ、砂埃をあげながらゴロゴロと地面を転がった。大木は転がりながら数メートル先に倒れる周人を目にして満面の笑みを浮かべると2階で震えながら立ちつくす由衣を見上げて凄惨なる笑みを見せた。由衣は周人すらも倒す大木の強さと、これから自分の身に起こる恐怖を想像してガクガクと身体を震えさせた。もはや何が起こっているかわからない新城だったが、周人が倒れるのを見て体がすくんでしまい、言われた通りに由衣を救出できない状態となっていた。


「そうだ!新城先生にはカメラマンになってもらうとしよう!オレたちの愛を交わすところをね」


高らかにそう宣言する大木は背後で動く気配を感じてゆっくりと振り返った。そこには腹部を押さえながら立ち上がる周人の姿があった。服についた砂利や砂が舞い落ちる。暗い上に顔を下げているため、表情は読みとれないが口元から赤い血を流しているのは確認できた。服を埃まみれにしながら立ち上がる周人に肩をすくめてみせた大木はやれやれといった仕草をとった。


「大人しく寝てればいいのに・・・次は殺す気でやるよ?」

「あ~、もう喰らわないから安心しろ・・・・どうやら、今ので寝てたものが、寝かせてたものが起きてきたようだわ」


周人はフラフラしながらも完全に立ち上がると、睨むように大木を見た。由衣は一瞬喜びの表情を浮かべたが、その周人のふらつきを見てそう喜んでもいられないと不安な表情へと変化させた。周人の顔はその口からは血を流しているものの、笑みが浮かんでいた。新城も由衣も、そして大木すらも背筋が冷たくなるその笑みは消えることはなく1歩前に踏み出す。


「何が寝てたって?」

「『獣』ってやつだよ」

「フフ、あの『魔獣』気取りか?その頬の傷を見たときにわかってたさ。あんたが『なりきり魔獣』だってことはね。残念ながら『魔獣』の傷は右だよ」

「知ってるよ」

「じゃぁ『キング』は知ってるな?」

「ああ、よぉく知ってる」

「オレも『キング』と同じ、突然変異の人間。スピードとパワーを重力の影響を受けないで発揮することができるんだ・・本来、キングの四天王に入るべきは俺だったんだ」

「そうかい・・・四天王じゃなくてサーカスにでも入ればウケるだろうさ」


その言葉に大木の表情が変わる。見る間に恐ろしい表情になったかと思うと、さっきよりも速い、全く目には見えないほどのスピードで周人に迫った。さっきよりも早い突き、蹴りが繰り出されるが、さっきと違い周人はそれらをすべて避けるかブロックしていく。だが大木は平然とした表情でさっき同様コンビネーションに混ぜるように大きく右足を踏み込むと、右の手の平を突き出した。だが周人はその手の平を大木すら上回るスピードで大きく蹴り上げると、そのまま体を回転させて踏み込んでいた大木の右足を蹴りつけた。軸足を蹴られてバランスを崩した大木だったが、左腕を振り回して周人を近づけさせないようにした後、大きく後方に飛び退いた。だが、信じられない事に目の前には周人がいて蹴りを放ってくる。自分のスピードについてこられたショックを感じる暇もなく、防戦一方になった大木の腹部に周人の蹴りがめり込んだ。一瞬息をつまらせてたまらず後方に飛んだ大木は地面を転がる石を蹴り上げてさらに間合いを詰める周人に投げつけ、近寄らせないようにした。


「くっ!お前・・・・」

「言ったろ?ライトニングイーグルはもっと速かったって」

「お前・・・なんなんだ?」

「まさか『重圧拳じゅうあつけん』とはビビったけどな・・・・昔に1度喰らってなければやばかった」


その言葉にピクッと体を震わせる。踏み込みから全身のバネを利用して手の平を押しつつ、そこから発生する重圧を具現化したものを発するあの技の名を知る者は数少なく、いわばこの技は幻の技とされているのだ。遺伝子に変異を起こした超人、その中でも重力に関する能力を持った者しか使えない技だ。


「お前、なんでそれを?」

「言ったろ?1度喰らってるって・・・・」


その言葉に、大木は身体をわなわなと震わせ始めた。この『重圧拳』を使う者で有名なのは『キング』と呼ばれた裏社会の帝王しかいない。さっきの周人の言葉を思い出し、よもやの思いが大木の頭を駆けめぐった。


「そんな・・・お前・・・・・・まさか・・・お前が、あの・・・」


だがその言葉を全て言う前に一気に間合いが詰まる。突きに蹴りにと浴びながらも周人の動きを見切り、その攻撃もしのいでいく。だが、周人の動きは衰えるどころかますます速くなっていくのだ。次第にブロックできずに顔面を、腹部を蹴り上げられ、大木はもんどりうって地面を転がった。だがすっくと立ち上がると、再び余裕の笑みを浮かべた。


「まさか全能力を解放せざるをえないとは!」


そう言うと大きく深呼吸し、さっきよりも早いスピードで手刀を横薙ぎに振る。見切って避けたはずの周人の頬が切れ、薄く血が舞った。だが、薄皮1枚を切り裂いた程度なため、すぐに血は止まる。大木は蹴りとパンチ、突きを多彩に織り交ぜ、あらゆる角度から同時に攻撃してくる。周人は再び防戦一方となってブロックするのが精一杯の形になってしまった。そして胸を蹴りつけられ、後方に飛ばされた周人の胸に目がけてとどめともいえる重圧拳が繰り出される。だが、周人は両足を踏ん張った状態で同じように右足を大きく踏み込むと、全く同時に両腕を前へと突きだし、拳から人差し指と中指を少し突出させた状態で大木の肋骨辺りに触れた瞬間、そのまま腕を突き出す打撃を与えたと同時に一気に腕ごと内側に半回転させ、瞬時に指を拳の形状に収めたのだ。と同時に、態勢を低くし、相手の突き出した手の平をかわしていた。突き出された腕と拳が回転し、大木の肋骨を螺旋状の威力を持った力が直撃する。大木の重圧拳は周人の肩口をなめて空振りし、逆に周人の両腕は大木の肋骨に当たっている。


木戸無明流きどむみょうりゅう奥義、雷閃光らいせんこう


おそらく技の名前だと思われるその言葉をつぶやいた瞬間、大木は白目を剥いてドッと地面に倒れ込んだ。それを見やった周人は大きなため息をつくと2階にいる由衣を見上げて笑みを浮かべた。倒れ込む大木を見てハッとなったすぐさま新城が2階へと駆け上がってガムテープと紐を外すと由衣は新城を無視して階段を駆け下りて周人に飛びついた。


「先生ぇ~・・・怖かったよぉ~・・・」


胸に顔を埋めて泣きじゃくる由衣の頭をそっと撫でる周人は優しい顔をして微笑んだ。ゆっくり階段を下りてきた新城はその様子に微笑みを浮かべながらも、倒れてピクリとも動かない大木の方を見て身を震わせた。


「お前は襲われるのを趣味にしてるのか?」


笑いながらそう優しく言う周人に、由衣は涙で濡れた顔を上げた。


「そんなの知らないよぉ・・・」

「まぁ・・・今回も無事でよかった」


由衣の頭を撫でながらそう言う周人の言葉に、やはりあの腕の怪我は以前にもこうやって由衣を助けた時に負ったものだと悟った新城はそれがきっかけで由衣が周人を意識しだしたとも理解できた。だが、大木や周人が異常とも言えるほど強いことには疑問が残る。


「木戸・・・・お前どうしてここへ?大木の事、知っていたのか?」


周人から離れようとはしない由衣を見ながらそう言う新城は、自分が裏手に来た時の事を思い出しながらそう言った。その言葉に由衣も顔を上げて周人の顔を見やる。


「こないだ電話で吾妻さんからストーカーらしい存在の話を聞いていたんだ。それを塾長に相談しようとして来たら、なんか知らないけどこうなってた」


肩をすくめる周人はそう言うと由衣の頭の上にポンと手を乗せた。由衣はその手の温もりに安心し、何かある度にこうされていることを思い出した。


「ようするにタイミングがよかったわけだな?」

「どうやら、オレは吾妻さんを危機から救うためにいるらしい」


苦笑しながらそう言うと、自分を見上げる由衣を見やった。由衣は涙で頬を濡らしながらも今の言葉に笑みを見せた。


「で、体は大丈夫なのか?」

「ん?ああ、まぁ重圧拳は効いたけど・・・・骨はイってないし、内蔵も大丈夫だろう」


腹部を押さえるようにしながらそう言う周人はダメージを受けている事すら忘れていたかのような口調でそう答えた。頬の傷から流れる血も大した事は無さそうだ。


「で、コイツは?」


倒れている大木を見ながらそう吐き捨てるように言ったのは由衣であった。完全に気を失っている大木は白目を剥いて倒れ込んだままだ。


「あばらを砕いておいたから・・・しばらくはこのままだろう」

「しかし・・・お前ら何なんだ?」


目に見えないほどのスピードで信じられない攻防を繰り広げた2人の戦いはテレビなどで見る格闘技などとは全く違うものであり、ほとんどマンガの中でしかあり得ない程のものであった。もはや驚くしかない新城にとって大木のみならず、周人のこともよくわからなくなっていた。


「何なんだろうな?」


ごまかすように笑いながらそう答える周人に憮然とした態度を取る新城だったが、そういうことは後にすることにした。ともかく大木はそのまま周人に見張らせ、由衣から詳しい事情を聞く。まず盗撮の事を聞いた新城は塾にある3つのトイレからそれぞれ小型カメラを押収し、大木の鞄の中からもカメラや卑猥な写真をいくつか確認した。念のため教室にも何かを仕掛けていないか巡回に向かった新城の替わりに由衣を縛っていた紐で大木を後ろ手に縛り上げる周人は自分のそばを決して離れようとはしない由衣に苦笑した。


「教室に入ってろ、後でコーヒーか何かを入れてあげるから」


足の方もしっかり縛った周人が立ち上がりながらそう言うが、由衣はふるふると首を横に振った。


「ここが、先生のそばが一番安全だもん・・・でも、まさか今日も来てくれるとは思わなかった・・・もう駄目だって思ったもん」


落ち着きを取り戻し、もう泣きやんではいるもののショックは大きい由衣だったが極めて明るくそう言った。心の中で叫んだその名前の、本人が来てくれたことは素直にうれしい。


「まぁ、偶然にせよ、君の呼ぶ声が聞こえたからってな感じでいいだろ?」


めずらしくクサい台詞を言いながらわざとらしい得意げな笑みを浮かべる周人に、由衣は素っ気ない相づちをうった。それが周人の優しさである事を知っている由衣はいまだに恐怖を感じている自分を出さないようにそういう態度を取ったのだ。周人は乾いた笑いを浮かべてから由衣を見つめた。とにかく無事であったことに今更ながら胸を撫で下ろしたのだった。


「古武術ってすごいんだね?」

「へぇ・・・よく知ってるな」

「こないだ大山先生に教えてもらったの。木戸先生ってどうして強いの?って聞いたから」


『恵里の事』を含めた過去を聞いたことは伏せながらそう言う由衣に、周人はそうかとだけ答えると縛られたままの大木を見やった。


「けど、こいつも変異種だったわけか・・・・」

「へんい?何?」

「遺伝子的に変異を起こした特別な人間さ・・・・」


そう説明を受けてもいまいちピンとこない由衣は小首を傾げたが、明るい光がやってくることに気付いてそちらを振り仰いだ。


「塾長だ」


そのライトが徐々に近づき、塾のバスが帰ってきたのを見ながら周人はやや疲れた表情を見せながらまぶしそうに目を細めるのだった。


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