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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第五章
26/127

絡まりあう心(1)

あの亜佐美拉致事件以来、初めて顔を合わせる周人と恵は金曜日の授業を行うために西校に来ていた。全く普段と変わりなく挨拶ができた恵だったが、朝から大学でも電車の中でもどういった顔をすればいいのかやや不安だったのだが、実際会った周人がいつもと変わらなかったせいかそんな事を気にしていた自分が馬鹿らしいほどなんら気にすることなく普通に話も出来た。もちろん、あの時の事は話題にしない。そして5分遅れでやってきた新城を織り交ぜてのいつもの会話を行った3人は全く普段通りの雰囲気の中、各々のバイトに励んだ。すでに小学生の授業を終えた恵が帰路に着こうと帰る準備を始めたのは19時15分頃だった。新城と周人はそれぞれ19時からの中学二年生と三年生の授業を行っている。新しいシフトは10月からのため、いまだに旧シフトで動いてはいるものの、周人を除く新人2人と恵や新城は変則的なシフトで授業をしなくてはならず、少しばかりややこしい状態になっていた。とはいえ、ここで周人と会えるのもあと1回しかない恵は大きなため息をつくと帰る前にと紅茶を入れに給湯室へと向かった。そしてお湯を沸かそうとポットに水を入れたその時、突然ドアが開いて康男が職員室の中に飛び込むように入ってきた。


「いやぁ、急に降り出すもんだから・・・・・濡れちゃったよ・・・参った参った!」


その言葉にあわてた風に給湯室から飛び出した恵は濡れた服に着いた滴を払う康男を見て悲鳴のような声を上げ、あわてて窓に駆け寄って勢いよくそれを開いた。かなり激しい雨を降らせる暗闇を見やりながらげんなりした表情を浮かべた恵は途方に暮れながら雨が進入しようとする窓を閉めるしかなかった。朝から快晴だった今日の天気は予報通りであり、もちろん傘など持ってきていない。ましてや雨が降ることなど計算に入っていない恵はこの雨の中をどうやってバス停まで行くかを思案した。康男はこれからここで仕事があり、恵を送っていくことはできないのだ。ましてや塾にあるのは子供向きの小さな傘しかないため、この激しい雨では確実に濡れてしまうだろう。それでもずぶ濡れになるよりはましと判断した恵はその子供用の傘を借りることにした。紅茶をあきらめて給湯室に戻った恵は蛇口を閉じてポットを沸かすようにセッティングし、康男がお茶を飲めるように配慮した後、バッグを手に康男のそばに近づいた。だが、自分の机の脇に立って車のキーを指でクルクル回している康男は笑みを浮かべて送るよと言ってくれたのだ。


「いえ、そんな、いいですよ、まだ仕事が残ってるんじゃないんですか?」


あわててそう断る恵を見てさらに笑うように口元を歪めた康男は、てきぱきと戸締まりとガスを確認するとためらう恵の背中を押して外へ出るようにうながした。さすがにこうなっては仕方なく、恵は康男のワンボックスカーでさくら谷駅まで送ってもらうことになった。雨を避けるように子供用の傘で車の所まで走った康男は玄関先ギリギリの所まで車を持ってくると恵に乗るよう指示する。


「すみません・・・」


車に乗るなりそう謝る恵に小さく笑みを見せた康男は車を駅に向けて出発させた。


「近い距離だし、問題ないよ。この雨の中で平気で返すような鬼だと思われたくないし、何より君には世話になってるからね」


康男は小さかった笑みを大きく笑顔に変えてそう言うと、大通りに出てすぐの所で赤信号に掴まって車を停止させた。雨足は依然として強く、車体を叩く音も大きいことからしばらく止みそうもない状態にあった。普段からあまりラジオを聞かない康男はカーステレオ自体の音を切っているので規則的なワイパーの音だけが響く車内で恵は憂鬱な気分でいるという表情を見せながら窓の外の暗い景色を見ていたが、不意に康男に声をかけられて表情を戻しながらそちらを振り向いた。


「もうすぐ木戸君は戻ってしまうけど・・・・いいのかい?」


思いも寄らない話題に少し戸惑った恵だが、康男が思っていたより意外と反応はなかった。それを見た康男は以前と違い、彼女の中で何か気持ちに変化が出てきたのではないかと推測した。


「うーん、まぁ、がんばりますよ」


照れたような笑顔でそう答える恵に少々驚きの表情を浮かべながらも、康男は彼女の中で良い方向に気持ちが動いているなと判断できた。実際1度デートして周人という人物をより深く知った上に、妹の事件を通じて思いがけずその過去を知ってしまった事が大きく関係している。だが、依然として彼の心が今1つわからない部分があるのもまた事実だ。車からは明るく光る駅のホームが見えてきている。雨で視界が悪いとはいえ、これだけの明かりははっきりと確認できた。高架の上にある駅から光の帯が右方向へと動くのが見える。本当は小さな四角い窓から漏れる光がいくつも連なっているのだが、ここからでは一塊りとなった光の筋にしか見えなかった。


「そうか、頑張れ!」


康男はそうとだけ言うと駅のすぐ横に車を止めた。ここからならばそう濡れることはなかったが、最寄りの駅から家までの距離を考えて小さめの傘を貸すと手を振る恵に片手を挙げて応え、そのままUターンして塾へと帰っていった。恵は康男の車が見えなくなるのを確認してからホームへと上がり、あと1回しか塾で周人に会えない寂しさを噛みしめた。だが、これで2人の関係が終わるわけではない。離れてしまっても、その気になればいつでも会えるのだ。それに恵自身、これからは積極的に動くと決めたのだ。恵はすぐにやって来た電車に乗り込むと携帯に表示されたカレンダーを見やる。そして来月の休みを確認すると、いつ周人をデートに誘うかを思案するのだった。その頭に、不意に由衣の顔が浮かぶ。不適に笑う由衣の顔を頭によぎらせた恵は言いしれない不安がこみ上げて来るのを感じながら本当の周人を、その心の裏側を知った自分が負けるはずがないと、その意志を強く持つのだった。


授業を終えた生徒たちが外へ出ると、既に雨はあがっていた。凄まじい雨が降っていたのは閉じていた窓越しにも聞こえていた雨音で知っている。豪雨によって水たまりができた砂利道でバスが出てくるのを待つ生徒たちはその水たまりを蹴ったりして遊んでいた。康男は全ての生徒が出てきてからしばらく経って、ようやくあわててバスを出しに職員室から飛び出すように出てきた。よほど仕事に没頭していたのだろう、外でざわめく子供たちの声を聞いてもうるさいなぁと思っただけに終わっていたのだ。そのあわてる康男の姿は生徒たちからもからかわれていた。頭を掻きながら照れた顔をしてバスに向かう康男は外に出ている周人と新城に手を合わせて謝る格好を取った。三年生の女子生徒に囲まれた新城は少し疲れた表情を見せていたが、いつも通りの会話を弾ませている。その中には由衣の姿もあり、つい先日失恋したというのに全く気にしていない様子が見て取れた。周人はめずらしく定位置である階段には座らずに一旦外へ出て立っていたのだが、康男の姿が見えたのをきっかけに職員室へと戻っていった。ようやくバスのエンジンがかかり、ゆっくりとバスが駐車場を出てくる。そのバスを避ける生徒たちを見ながら新城が危険がないかを確認していた横で由衣が誰かを捜すかのようにきょろきょろとし始めた。それを見た新城は探しているのが周人だと悟り、バスを見たままでややかがむような形で由衣の耳元に何かをささやいた。由衣はその言葉に新城を見やると、何も言わずに無表情のままバスへと向かった。そしてバスを止めてドアを開いた運転席に座る康男の横に立つと、乗り込もうとしている生徒の邪魔にならないように運転席側に寄り添うようにしながらそっと耳打ちをした。


「先生、今日は木戸先生に送ってもらいたいんだけど、いいかな?」


その言葉に明らかに驚いた顔をした康男はすぐにその顔をにんまりさせると、皆に聞こえないように言葉を返す。


「でも木戸君はバイクだよ?それに本人がいいって言ったのか?」

「バイクはいいんだけど・・・聞いてきて、いいよ、って言ったら、いいかな?」


その返事にしばらく何かを考えるようにしていた康男だが、いいだろう、と返事をした。不安そうだった由衣はその顔を笑顔に変えてバスを飛び出すとそのまま走って職員室へと向かった。それを窓越しに見た康男の口元に自然と笑みが浮かぶまでそう時間はかからなかった。


「どうやら、こりゃ思った以上に複雑な方程式ができあがりそうだな」


そうつぶやくように言うと、まだ外で遊んでいる生徒に早く乗るようせかすのだった。


自分の席で机の上の整理をしている周人は来週使用する教材を除いて引き出しの中の物を全て机の上に積み上げていた。次の授業を終えればここに座ることもなくなるのだ。引き出しの中には夜中にコンビニで買ったマンガや雑誌もあり、それはゴミに出せるよう分別して別々に積み上げていく。引き出しにももう物はほとんど入っていない。小綺麗に整理されているためもはや中身はガラガラで、積み上げられた教本たちはきちんと科目毎に整えられていた。逆に新城の机などは対照的に物が雑然と乗せられているほどである。やはりまだここで仕事をする新城とは違うことを見せられたような気がした周人はどこか寂しげな表情を浮かべて椅子に座った。両足を投げ出すようにして座りながら部屋の中を一通り見渡してため息をついた所へ由衣が飛び込んできたため、驚いて椅子から落ちてしまいそうになってしまった。弾丸のように勢いよく飛び込んできた由衣はそのまま靴を脱ぎ捨てると滑り込みそうな勢いで周人の前にやってきた。


「先生、今日送っていって!いいよね?ね?」


鼻先がくっつくほど迫る感じで顔を突き出しながらそう言葉という名の弾丸を発射する由衣に押され気味の周人は、嬉々として詰め寄る由衣に引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。


「ねぇ、どっちなの?はっきりしなさいってば!」

「わ、わかったけど・・・オレ、今日はバイクだぜ?もう1つメットもあるけど・・・いいのかよ?」


タジタジになっていても聞くところは聞く周人だったが、由衣は今の返事に大きくうなずき、来たとき同様物凄い勢いで部屋を飛び出していった。落ちないように椅子の背もたれを掴みながら呆然とそれを見送るしかない周人は唖然としたまま由衣が出ていった開けっ放しのドアを見つめる事しかできなかった。


職員室から飛び出した由衣はそっちを見ている康男に大きく両手で丸を描いた。それを見た康男は苦笑しながらも手を挙げてそれに応える。そして全員が乗り込んだのを確認した康男はバスを発車させた。乗り込まずに外で手を振っている由衣を見た美佐があわてて康男に詰め寄ってきた。すでにこうなった時の言い訳を考えていた康男は理由を問う美佐に用意していたその理由を言って聞かせた。


「今さっき連絡があってね、さっきまで家族の方が出かけていて、その帰るついでに拾ってくれるんだってさ」

「ふぅん、そうなんだ・・・」

「ついさっき彼女の携帯に連絡があったみたいだよ」


そう言われた美佐は納得し、そのまま素直に席へと戻っていった。とりあえずごまかしは成功した康男はホッと胸を撫で下ろすと運転に集中した。由衣がどういった考えで周人を指名したかはわからないが、彼女の中で周人の存在が大きくなっていること、そして新城に告白してフラれた事も関係していると考え、自分が思っている以上に複雑な人間関係が出来てきたことに苦笑を漏らした。


「青山さんか、吾妻さんか・・・果たして栄光を掴むのはどっちやら」


1人そうつぶやきながら、ショートカットがよく似合う少女の幻影が頭をかすめる。不意に表情を暗くした康男は、2人がどこまで周人の心の中にいる『恵里』という名の少女をかき消せるかが鍵だと思案した。だが『恵里』の存在を知っている由衣に少々分があると感じていた康男だが、その2人ともが『恵里』の存在を知っていることをまだ知らないでいた。


バスを見送った由衣は呆然と自分を見ている新城に歩み寄った。くわえているタバコも落としそうなぐらい呆けた顔で由衣を見やる新城は状況を全く把握できずにいた。まず、どうしてバスに乗らずにここにいるのか、そして告白してフラれた相手を前にどうしてこうも平気でいられるのかという事がである。先日告白を受けてからも自分は由衣に対して今まで通りに接しており、由衣自身も今までとは変わらずにいるのだった。今日も距離を置くこともせず、いつも通り積極的に話をしてきていた。そんな由衣がここに残った理由もわからずに近寄る彼女をやや怖い物を見るような目で見ている新城に苦笑を漏らしたのは由衣の方だった。


「心配しなくても、もう告白しないし、先生には、もう、好きって感情はないかも・・・」


最後の方は消え入りそうな声だった由衣は俯き加減にそう言った。やはり自分に対しては憧れという感情だったのか、新城はそう思いながらタバコに火をつけた。緩やかに立ち上る煙は白く、生き物のように揺らめいている。そんな煙を見上げている由衣の表情は歳相応の子供らしさを持ちながらも、大人びた美人さを際だたせていた。


「そうか・・・多分それは憧れ、ってやつだったんだろうな・・・」


タバコをくわえたままそう答える新城は顔を上げた由衣の表情を見て一瞬とはいえドキッとしてしまった。さっきよりも妙に大人びたその表情はとても15歳の中学生には見えないのだ。自分たちと同世代にすら見えるその表情はすでに大人の色香を漂わせている。


「好きは好きだったんだよ、ホントに。でも・・・・」

「本当に好きな人に気付いた・・・違うかい?」


その言葉に、由衣は難しい顔をしてみせた。新城はタバコを手に持つと、肺に溜まった煙を吹いて由衣を見つめた。


「そんなのわかんないよ・・・でも、先生に告白して、まぁ予想通りだったけどフラれて・・・でもショックはあまりなかった・・・」


身体を左右にゆっくり揺するように動かしながらそう言う由衣を見る新城の目は、まるで妹を見るような優しい目になっていた。


「木戸周人・・・」


不意に言われたその名前に、一瞬由衣の鼓動が高鳴った。それを体で表すようにピタッと動きを止めた由衣は驚いたように大きく目を開いて新城を見上げる。その様子に微笑みを浮かべる新城はまだ随分残っているたばこを消すと、真剣な眼差しで由衣を見つめた。


「恋愛って、気付いたら好きになってたって事があるんだ。それがどんなに嫌いな相手でも、ちょっとしたことがきっかけで、気が付けば自然と目で追っていたりするもんだ。その人のどこが好きか他人に聞かれて、どこかわからないのもまた恋愛だ。顔や性格、優しさ、いろんなもんを含めてどこが好きとか言えないほど好きになるって事もあるんだよ」


まるで今の自分の事を語るかのような新城の言葉に、やや顔をしかめながらもうなずく。大人と子供の境目に位置する15歳の由衣にはまだまだ難しい話だが、それでもある程度の理解はできた。


「君はオレが好きだった。そして今、別の人が好きかも知れないと思った。だからオレに告白して、自分が本当にオレを好きなのか、はたまたその別の男が好きなのかを知ろうとした。違うかい?」


その新城の問いかけにも由衣は何の反応もせずに苦しげな表情を浮かべるばかりだった。自分でも知りたいのはそこであり、本当の自分の気持ちを確かめたくて告白したのだ。だが、ほとんどショックを受けなかった失恋に、徐々にだが本当の気持ちを認識し始めている。しかし、実際は今気になっているその人が好きかどうかまではよくわからなかったのだ。今はまだ気になっている程度の認識でしかない。だが、もしも、その別の人を好きだと認識しても親友もその人を好いているため、やはり苦しくなってしまうだろう。由衣は自分に優しく諭してくれた新城に感謝しつつ、自分の気持ちを後押しされることに嫌悪した。


「でも、アイツを好きかどうかなんてわかんないよ」

「まぁ、そりゃそうだよ・・・ついこの間まですっげぇ嫌いだったんだから・・・」


新城は苦笑混じりにそう言うと由衣から視線を外した。


「・・・けど、オレはそんな君が羨ましいよ」


思いもかけない新城のその言葉に、自分の本当の気持ちを考えていた由衣は一気に現実の世界に引き戻されていた。何を思って新城がそう言ったのかを理解できない由衣を見つつ、新城は無表情に夜にしてはどことなく薄明るい空を見上げた。月のせいか、雲の形までがはっきりと見て取れる。


「なんで?」


問われた新城は一瞬チラッと由衣を見て、それから少しの間を空けてから自虐的な笑みを浮かべて大通りに視線を移した。


「その年で本当の恋愛を知ろうとしてる君が、羨ましいのさ・・・・」


新城はそう素っ気なく答えると顔を伏せ、再び微笑を浮かべた。だが不意に何かに気付いたのか、顔を上げると気まずそうにまじまじと由衣を見やった。今までならこれだけでドキドキしていた由衣だったが、今は何も感じない。あるのは新城が何故そんな表情をしたかという事だ。おそらく恵との事を言っているのだろうが、この間のデートを見た限りでは恵の気持ちは周人に向けられている事ははっきりとわかっている。それに新城自身、周人を好きな恵を好きだとはっきり言いきれるほどであろう気持ちを持ちながらどうして『本当の恋愛』という言葉を出したが全く理解できないのだ。さらに、由衣にはまだ周人を好きになっているという自意識はない。ただ気になる存在という状態でしかないのだ。だが、それこそが新城の言葉の意味であることに気づかない由衣は唇を尖らせてやや上目遣いに睨むようにして新城を見上げているのみである。


「そういや、今日は何でここに残ったの?」


由衣の視線をまっすぐに受け止めた後、一瞬何かを思い出したかのような表情をした新城から投げられた質問にただ呆気に取られてしまった由衣が堪えきれずに大笑いをするまでにそう時間はかからなかった。


先に職員室に入ってきた新城はニヤニヤしながら周人を見ると黙って自分の席についた。その顔を見る周人の表情は曇っており、その笑みの意味がわからないといった怪訝な顔をしていた。と、スリッパに履き替えてやって来た由衣が恵の席に腰掛け、こちらもまたニヤニヤしながら周人を見ている。さすがに2人のその様子から何かを感じた周人は白々しく咳払いするとすでにまとめてあった自分のバッグを手に立ち上がった。


「準備はできてるな?ほんじゃ、行くぞ」


うなずく由衣は立ち上がり、出ていく周人についていった。


「ほんじゃ、後頼むわ、お疲れさん」


靴を履きながら身を屈めてそう言う周人に片手を挙げて応える新城の顔からはより一層の笑顔が確認できる。そんな新城に向かって疲れた顔をしながらため息をく周人は順番を待つ由衣を見やってから外に出た。ドアを開いて外で待つ周人に続いて由衣も靴を履き終わるとやや短めのスカートをひらひらさせながらくるっと新城の方を向いた。


「じゃぁ、後は頼むわ!お疲れ~!」


生意気な口調で周人を真似た言い方ながらも笑顔を見せた由衣に、新城もにんまりと笑みを返した。周人はうなだれるようにガックリしてみせるとさっさと外へ出るようにせかすのが精一杯だった。手を振る由衣を最後にドアが閉じられ、1人残された新城は笑いを噛みしめると、やがて突っ伏したまま堪えきれずに少し声を出して笑うのだった。


バイクから2つのヘルメットを取り出すと、フルフェイスの方を由衣に手渡した。受け取ってそれをまじまじ見た由衣は髪の毛を気にしながらもすぐにそれを被った。エンジンを始動させた周人がバイクにまたがり、そのままの状態でバイクを支えながら由衣を引っ張ってその後に乗せる。由衣は器用にバイクにまたがるとスカートをしっかりお尻で踏みながら、さらに全身を密着させる感じに背中に体を預けて前もめくれないようにしてから周人のお腹まで手を回した。スカートの対策もバッチリに決まり、その顔をほころばせる由衣だがその顔は周人からは見えない。しっかり掴まっているのを確認した周人は見えないながらも顔を後ろの方へと向けた。


「しっかり掴まってろよ?」

「うん!」


職員室から見送りに出てきた新城に手を振る由衣を気遣いながら、周人はややゆっくり目で慎重にマシンを進めていった。はた目からはまるで恋人同士のような2人を見送る新城はどうしてもこみ上げてくる笑いを必死で噛み殺しながら、駅方面へ向けて砂利道を走り去ったバイクを見送ってから職員室へと戻っていった。体で風を切って走るバイクは少し肌寒さを感じさせたが、密着させている体と心は温かい。由衣の心臓の鼓動は知らず知らずのうちに高鳴り、それが周人に聞こえていないか心配になったものの体を離すわけにはいかずに緊張した顔をしていた。何故こうまで自分がドキドキするかがわからない。ただ言える事は、このドキドキが新城を好きで会えた時や話をした時に感じたものとは違うということだ。やがて信号で止まった周人は後ろを振り返って由衣の様子を見た。いつもと変わらぬ感じで体を倒しながら顔を上げて周人を覗き込むように見やった由衣の様子を見て口元に笑みを浮かべたが、由衣からはそれが見えにくくなっていた。すぐに信号が青に変わり、再びバイクを前に走らせた周人はそのまま順調に走り続け、バスより遙かに短い時間で由衣の自宅前までたどり着いた。ゆっくりとバイクを止めてヘルメットを取る周人の横で由衣もバイクを飛び降りてヘルメットを脱いだ。簡単に髪を整えてから周人にそれを返す。受け取った周人はヘルメットを脱ぐと今まで由衣がかぶっていたフルフェイスのヘルメットをかぶってから座席の中にそれをしまった。髪の香りか、シャンプーのようないい香りがいやに鼻をくすぐったが、別に気になるほどの事もなかった。何故か照れたような表情をしている由衣を後目にすぐにバイクにまたがり、自分を見ている由衣を見やった。


「ほんじゃぁな」


そうとだけ言うと、周人はヘルメットのガードを下ろし、バイクのクラッチを入れる。その横に立つ由衣はまじまじとそんな周人を見ていた。その視線に気付いた周人は怪訝な顔をしてみせたが、ヘルメット越しなため、由衣にはその微妙な表情は読みとれなかった。


「ありがとう先生、わがまま聞いてくれて」


にこやかにそう言う由衣の言葉は予想になかったのか、由衣にはわからない照れたような顔をした周人だったが由衣の頭に手を置くと片方眉を上げて見せた。


「いいさ、じゃぁな。しっかり受験勉強しろよ?」

「うん、じゃぁね。日曜日、楽しみにしてるから!期待してるよ!」


そう言うと不意に顔を近づけ、ヘルメットの上から隠れた周人の唇の端あたりにキスをした。あまりの突拍子のないその行為に思わず顔を避けるようにのけぞらせた周人は、いたずらな笑みを浮かべている由衣をきょとんと見つめることしかできなかった。だが由衣はピロッと舌を出すと玄関先まで小走りし、ドアを開けて体を半分中に入れた状態で手を振ってからそのまま中へと入っていった。ヘルメットで隠れた周人の口元には呆然としたものから徐々に笑みが浮かぶ。周人はその笑みを浮かべたままバイクを走らせ、自宅に向かって速度を上げていくのだった。


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