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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第四章
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心の裏側(3)

部屋の窓際に置かれたテーブルにの上に置いてあるパソコンに向かう周人は何気なく窓の外を見た。朝からの曇り空から予想はしていたが、今になってようやく降ってきた雨に少々気分は滅入ってしまった。時刻は午後5時を回っている。小さくため息をつきながらダブルワンのプログラム打ち込み作業を中断して椅子に座ったまま背伸びをしてみせる。と、後ろに置いてあるベッドの上で人が動く気配を感じて両手を上げたまま椅子ごとそちらを振り仰いだ。ベッドの上に寝かされていた亜佐美がつらい表情を浮かべて頭を押さえながら身を起こすのを見た周人は椅子から立ち上がるとそちらに近づいた。


「ようやくお目覚めかい?お姫様」


まだ頭がぼんやりするのか、自分を見下ろす周人をゆっくりと見上げた。そして何度か部屋の中を見渡すようにキョロキョロした後、ハッとした顔をしてベッドから立ち上がった。


「あ、あいつらは?」

「その前にここがどこだとかって気にならないのかねぇ・・・」


独り言のようにそうこぼして台所に向かうと冷蔵庫から取り出したジュースを食器乾燥機の上に置いてあったコップに注ぎ、相変わらずキョロキョロしている亜佐美に手渡した。


「ここはオレの家。あいつらはとりあえずどっかに行ったみたい。気を失っていたあんたをここへ運んで、オレは自分の仕事をしていた。あんたには触れてもいないし、はっきり言って興味もない」


淡々とそう告げると、雨足が激しくなってきた窓の外を見て嫌な顔をしながら両手でカーテンを閉めた。出されたジュースを女子校生とは思えないような態度で一気に飲み干し、空になったコップを無造作に周人に差し出すとベッドの上に腰掛けた。


「そう。何にせよ助かったわ・・・」

「何やらかしたか知らねぇけど、人のことをあれこれ調べる前に自分の身辺整理でもしろよなぁ」


受け取ったコップを台所の流しに浸けながらあきれたようにそう言うと、パソコンデスクに戻ってパソコンの電源を落とした。そんな様子を見ながら無表情な亜佐美はベッドから立ち上がって周人の横に寄ってきた。


「馬鹿な男を利用するのは女の特権、特にそれが自分の彼氏ならねぇ。私の自由じゃん。大体、Hしなくてもいい関係もあるのにさ、あいつはそればっかでさ・・・ホント、バッカみたい」

「なんか、助けて損した気分だぜ」


吐き捨てるようにそう言い放つ周人の口調からは嫌悪感がありありであった。だがそんな事すら無視して亜佐美は周人を品定めするようにその周囲を回ってみる。


「お礼が欲しいなら一回だけヤらせてあげてもいいけど?」


平然とそう言ってのけた亜佐美を物凄い勢いでベッドに押し倒した周人はぎらつく目で亜佐美を睨み付けた。そして右手をそっと首にやり、撫でるようにしながら軽く締め付けるような仕草を取った。これにはさすがに驚いた表情を見せた亜佐美だったが怯えた目をしながらも周人を睨んでいた。


「お前を抱くほどオレは落ちぶれちゃいない。とっとと帰れ!」


低く凄んだ口調と同じく、全身から殺気が発せられている。このまま犯されるか、殺されるかしてもおかしくない雰囲気にあってなお、亜佐美は睨むように周人を見つめ続け、首に回された手を払いのけて勢いよく立ち上がった。


「誰も助けてくれなんて頼んでないんだよ!」

「心配しなくてもあいつらはまた必ずお前を襲うさ。家族に迷惑をかけないよう、せいぜい頑張れよ」


そう言われてもまだ軽い笑みを浮かべた亜佐美は飛び出すようにして周人の家から出ていった。周人はそのままズカズカと玄関に向かうと大きな音をたてて鍵をかけた。そして苛立つ自分を押さえるようにベッドの上に腰掛ける。亜佐美が着けていたコロンの香りか、甘い匂いがそこから漂ってきた。今は亜佐美のことを忘れたい周人はベッドから立ち上がるとパソコンデスクの椅子に座り直し、背もたれに体を預けて視線を宙に漂わせた。そして亜佐美はあの事件に遭遇しなかった由衣の将来の姿かもしれないとぼんやり考えていた。結局、亜佐美はこのまま何も考えずに男を利用し続け、近い将来必ず痛い目に遭うだろう。それでもまた同じ事を繰り返していくだろうと思う周人は大きなため息を一つついた。そして由衣があの事件以来反省し、心を入れ替えてくれた事を心から感謝するのだった。


結局降り出した雨もアーケードのおかげで関係なくセンター街やアミューズメント施設をブラブラし、夕食に中華料理を食べて帰路に着くことになった新城と恵は雨で視界の悪くなったフロントガラスの向こうにある景色を見ていた。デートに誘った時同様、またも雨の中を走る車の中はカーステレオから流れるロックの音楽とは裏腹に、2人の間に会話らしい会話はなかった。車は渋滞しているわけでもないのだが、駐車場から出る際の交差点で混雑しており、今は全く動けない状態となっていたのだ。終始映画などの話題で結局周人と恵のデートについて聞くことができなかった新城だったが、一緒にプリクラを撮ったことや映画を見れたことで一応の満足感もあり、周人と同じ事をしたという自分への慰めにもなっていた。だがやはり恵のことが好きな気持ちが大きい新城にとって、恵が周人とデートをしたという事実が重くのしかかっていた。彼女が片想いをしているのはやはり周人ではないかという疑念もずっと心の奥底で渦巻いていた。何度否定しても、常にその事が頭の中を駆けめぐっていく。とりあえず前に進むようになった車を走らせながら今日一日を振り返る会話を行った。恵もまた楽しそうに会話をし、実際いい雰囲気の中で恵の家の前までたどり着くことが出来た。だが新城にとって、この雰囲気をずっと続けていきたい、恵とずっと一緒に楽しんでいきたいという気持ちが徐々に大きくなっていた。事実、周人とのことがそれを加速させているのは間違いない。車を降りようとする恵の手を咄嗟に掴んだのはその表れであった。自分でも驚く程のその大胆な行動はもはや抑えきれない新城の本心がさせた行動だった。


「青山さん・・・・オレ、オレは君が好きだ。ずっと前から好きだったんだ!」


勢いにまかせたとはいえ、かなりストレートな告白をした自分に戸惑いながら、思ったよりも緊張もなく冷静な心境にある事を不思議に思った。そして、思いもかけない突然の告白に、恵は目を丸くする以外になかった。何の前触れもなく、まさに突然の告白に恵の鼓動は激しく高鳴っていく。だが、彼女の答えはすでに決まっている。自分を見つめる恵の返事を待つせいか、今になって突然始まった張り裂けそうな程の胸の鼓動と緊迫した空気に押しつぶされそうになりながらも、新城はジッと恵を見つめて答えを待った。


「ごめんなさい、私、新城クンの気持ちには応えられない・・・・・ごめんなさい」


少し目を逸らしそうになりながらも新城を見たままはっきりとそう答えた恵に、新城は急速に収まっていく鼓動を不思議な物のように感じていた。というよりは予想ができていた答えだったせいもある。冷静にその言葉を受け止めた新城は緩やかな微笑を浮かべて恵の手を放した。


「木戸がうらやましいよ・・・だが、まだ諦めたわけじゃないよ、必ず木戸より男を磨くから」


新城はそう言い、作ったものではない笑顔を見せた。恵は自分の周人への想いが筒抜けになっている事に真っ赤になって俯いてしまったが、新城はシートに座り直してワイパーがかき分ける雨を見やった。


「私が・・・木戸クンを好きなの、バレバレかな?」


消え入りそうな声でそうたずねる恵に、新城は少し微笑を残したまま恵を見やった。


「ずっと君を見ていたオレだから、かな?実際当の本人である木戸のヤツは気付いていないしね」


その言葉に恵は顔を上げた。紅潮した頬は幾分和らいではいるものの、それでもまだ紅い。


「そうなんだ・・・・でも木戸クン、吾妻さんが好きカモ・・・」


恵はシートに身を沈めるようにすると大きなため息をついて悲しげな顔をした。さすがにその事に関しては少なからず同じ意見を持っている新城だったが、実際は違うと思っていた。ただ、夏になる頃から自分に対する由衣の言動の変化、そして周人に対する由衣の態度から少なからず何かがあったことは容易に想像できた。ここ最近は由衣の気持ちが自分に対して中途半端になってきていることもわかっている。ついこの間までは憂鬱になるほど自分にベッタリで実際うんざりしていた新城だが、ここ最近はそれもなく、確かにベッタリだが以前よりは他の女子生徒の接近を許したり、気が付けば周人のそばにいることも多い。


「あの2人の間に何かあったのは事実だろうけど、イコールそれが恋愛感情とは限らないさ」


新城はそう言うと前方を照らしていた車のヘッドライトを消してカーステレオのボリュームを落とす。車に当たる雨音がいやに耳についたが、逆にそれが2人の心を落ち着かせてもいた。恵の家の前の道路は車2台が余裕で通れる程の広さがあり、脇に新城の車が止めてあっても通行する車にとってさほど問題はない。少し話が長引きそうなのを感じた新城はそのままスモールも消し、ハザードの点滅も消した。エアコンとエンジンの音をかき消すようにやや激しくなった雨音が車体を叩く音が響いている。


「危ない目に遭っていた吾妻さんを、木戸クンが助けたんだって・・・腕の怪我はその時のものだって塾長が言ってた。実際彼女が謝りに来たって木戸クンの家にいたし・・・」


あのひどい怪我を思い出し、新城は思いを巡らせた。そして周人があっと驚く髪型をしてきた時、恵は周人の家に行ったと言っていたことから、その時に由衣と鉢合わせしたのだろうと容易に推測ができた。


「でも、木戸が吾妻さんを好きだとは考えにくい。むしろ・・・逆だな」


ハンドルに突っ伏すようにしながらそう言い放つ新城を不思議そうな顔をして見つめる恵はそれこそないと思っていた。昨日までは新城と同じ考えで確信を持っていたが、今日、自分と新城とが一緒にいる所に遭遇した時の由衣の態度からして、周人のことが気にはなっているものの、やはり新城が好きだと思えたからだ。


「そうかなぁ・・・・・う~ん・・・どうなんだろぉ」


そう言ったきり黙り込んでしまった恵を横目に、新城はたった今フラれた自分が恵の恋愛相談にのっていることに苦笑を漏らした。だが不思議と嫌な気はしない。むしろ告白してフラれても以前と変わらぬ関係が保てていることにホッとし、まだ光明を見いだせるチャンスが残っているとも考えられた。


「ま、頑張れ。あいつは一筋縄ではいかないだろうけどね」


今自分がフッた相手にそう言われて、恵はあわてて新城に謝った。だが、新城は笑顔を返し、相談ならいくらでものってあげると言葉を返した。恵はそう言ってくれた新城の優しさに感謝しつつ、その応援を無駄にしないよう頑張ろうと自分自身を奮い立たせた。別れの挨拶を交わしてから車を降り、雨を避けるように駆け足で家の軒先まで行った恵はにこやかに手を振っている。そんな恵に手を振り返しながら、ゆっくりと車を進めた新城は妙に自分が落ち着いていることに笑みを漏らした。


「まだ、チャンスはあるさ」


そうつぶやくと、雨と暗闇の中を切り裂くように走り去っていくのだった。


少しとはいえ雨に濡れた体を温めるべくお風呂に入る前に亜佐美と顔を合わせたが、明らかに不機嫌な顔をしている妹に眉をひそめるしかなかった。昼間何があったか知らないが、とにかく触らぬ神に祟りなしということで気にしないようにさっさとお風呂に入った。今日一日でいろんなことがあり、少し疲れていた恵はアゴ先まで湯船に浸かりながらうずくまるように膝を抱えた。思いも寄らぬ新城の告白に驚いたが、フッたすぐ後に自分の恋愛相談にのってくれた新城の優しさに感謝しつつ、同時に申し訳ないという気持ちでも一杯だった。だが、別れ際の雰囲気からして、以前同様アルバイト仲間として、そして友達として自然に接することができると思われた。ややぬるめのお湯に心地よさを感じる恵は昼間に見た由衣の態度から、彼女が新城を好いているのか、はたまた周人を好いているのかがますますわからなくなってしまった。年下の、しかも中学生を恋敵に持って負けるような事があればショックは大きい。だが、周人がその年下の少女を選ばないといった確率がないとは言えないのだ。現にあの2人は何か同じ秘密を共有している。言いしれない不安が胸を埋め尽くしていくの感じながら湯船を出て、プラスチックで出来たオレンジ色の椅子に腰掛け、湯気で曇ってしまったタイルの壁に取り付けられた鏡を手で撫でるようにして拭く。ぼんやり現れた自分の上半身を映すその鏡を見ながら、周人の顔、由衣の顔、そして新城の顔をそこに思い描くようにしてみせた。


「木戸クン・・・」


意識せずにつぶやくその愛しい人の名前は虚しく風呂場にこだまするのみだ。この想いだけは譲れないと思いつつ、容姿に関しては自分より上と思っている由衣の自分をさげすむような目を頭に思い描き、恵は大きくかぶりを振った。


「負けない」


つぶやくように鏡の中の自分を睨む恵は、周人と過ごしたあの日の事を思い出しながら気を取り直してタオルにボディソープをつけて体を洗うのだった。


既にお風呂から上がった由衣はパジャマ姿のままベッドの上に寝ころんで2枚の写真をぼんやりと眺めていた。その2枚ともがあの夏休みの時に行ったプールで撮られた写真である。1枚は新城の背中に飛びかかるようにしている笑っている自分が写った写真、もう1枚は周人と並んで撮った写真であった。満面の笑みで新城に抱きつこうとしている自分とかなり驚いた表情をして振り向いている新城。そしていたずらな笑みを浮かべた自分が周人の腕に自分の腕を絡め、隣で困ったような笑顔をしている周人。しばらくその2枚の写真をジッと見ていた由衣は写真を手に取にしたまま転がるようにしてベッドの上を動き回った。何度も何度もその2枚を見比べる。自分を子供扱いし、時には邪険に扱った新城。そして新城が恵を好きなことを今日知ってしまった。方や自分を1人の女子生徒と認識しながらも、事件のせいかずっと気にかけてくれている周人。今でも死んだ彼女のことを想っているかも知れないその心を知ってしまった。果たして今、本当に自分は新城の事が好きなのだろうか、そういった疑問が何度も頭をよぎる。今日念願叶って一緒に撮ったプリクラは机の引き出しに大事にしまってある。どこにも貼ることなく真っ新の状態で自分の大切な物を保管している机の引き出しにしまわれているのだ。由衣はおもむろにベッドから下りるとその机の引き出しを開け、プリクラを取りだした。そしてあの映画館で見てしまった恵の携帯の裏に貼られた周人と恵のツーショットプリクラを思い出していた。心のどこかが痛むような感覚に襲われた由衣は、再びベッドに腰掛けると、ある決心を固めた。


「ゴメンね美佐・・・・・・・・もしかしたら、私、あんたを裏切っちゃうかもしれない・・・」


そうつぶやきのような独り言を漏らすと、2枚の写真をプリクラとを一緒に机の引き出しに戻すのだった。


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