「 蓮華の花守 - 闇への誘い《やみへのいざない》 」(十九)
「 あ~!!そうか! 睡蓮ちゃんの名付け親か~!! 」
白夜と 睡蓮が知り合いと判り ――― 自身の既視感の正体が判ったナジュムは、雨と雷鳴が去った夜空と同じ様なスッキリとした表情で二人を見つめると、其の儘、会話の大部分を一人で喋り続けながら 最後には「 俺の事は、呼びにくかったら " ナジュミー " って呼んで良いから! 」と 自身の名前の通りに星を煌めかせた様な笑顔を見せ、ご満悦な様子でライル王子の部屋に戻って行った ――― 。
「 ――― 何処行ってた? 」
ナジュムが戻るなり、御機嫌な様子の彼に ライルが何かを諦めた様な表情で訊ねると「 仕事してたに決まってるじゃ無いですかぁ! 王子を探してる連中を呼び戻して、この後の予定も聞いて来ましたよ!? 」と揉み手しながら次の予定 ――― 女王との食事について説明を始めた。
「 ……また、あの女王と一緒か。 」溜息を吐くと、ライルは閃きの表情で「 仮病を使おう!? 風邪を引いた事にしてくれ! 」と言い放ち、寝台の上に飛び乗ると面倒事から解放された晴れ晴れとした表情でゴロゴロと寝転んだ。
「 いいや!まだ初日なんで、花蓮女王の顔もアスワド王の顔も立てとか無いと! ――― それに、準備するほうの身にもなって下さいよ! 料理長なんか泣きますよ!? 可愛い女の料理長だったらどうすんですか!? 今日の所は女王とお食事して下さい!! 」
「 そうだな…! 女官があのレベルなら料理長も期待できるかもしれん……! 」
ライル王子が、まんまと釣られて支度を始める姿をナジュムは自身の的確な言葉選びに 若干、酔いしれながら温かな表情で見守り続けた ――― 。
「 見てねぇで手伝えよ! 」
「 いや、私の仕事は見守る事ですんで!? ――― お~い、誰か 手が空いてるのいる~!? 」
ナジュムと別れた後の睡蓮と 白夜は 余り言葉を交わす事は無く、睡蓮は沈んだ表情のままで女王の部屋がある棟へと帰り進み ――― 到着すると、蒼狼の他に 夜間の見張りを務める黒曜と 桃簾の姿が在った。
「 あ! 睡蓮~!! ――― どっか行ってたんだ!? お帰り~!! 」
桃簾が彼よりも大きな金属製の鎚を持つ手を大きく左右に振るので、隣に居た黒曜は堪らず「 ちょっ…おい!落とすなよ!? 」と仰け反り、蒼狼も蒼褪めた表情で後退りした。
――― と、同時に女王の部屋から珠鱗が蒼白の顔を俯かせたまま歩き出て来ると、何時もの和やかで自信に満ち溢れていた彼女の様子とは違う事に其の場の全員が気が付いた。
「 あの…珠鱗さん、遅くなってしまって すみません!今から私も手伝わせて頂きますので…… 」
「 睡蓮さん……そうね、陛下はお着替えまで終えられていらっしゃるから出来る事は無いかもしれないけど……ご挨拶はしたほうが良いかもしれませんわ? 」
「 !? ――― 珠鱗さん、血が……! 」
珠鱗の右頬に薄く入った糸の様に細い赤い筋を見た睡蓮の言葉から白夜達は改めて珠鱗の姿を眺め、何時もの様に身体の前側 ――― お腹の辺りで両手を組んでいる珠鱗の指も傷を負っている事に気が付いた。
「 ……何かあったのですか? 」白夜の言葉に珠鱗は顔を俯かせて「 花瓶が……割れてしまって 」と細い声で呟きながら「 ごめんなさい、睡蓮さん……青睡蓮の花も無くなってしまいましたわ。 」と、顔を上げて悲し気な瞳で睡蓮のほうを見つめた。
「 それよりも、傷の手当てをなさったほうが……! 」
「 ええ、その為に 皆さんより先に退出するように云われて出てまいりました。 」
「 御一人で大丈夫ですか!? 」 ――― 此れ迄とは違う珠鱗の様子が気になった蒼狼が思わず声を掛けたが「 大丈夫ですわ。 」と、全員に背を向けたまま 薄暗い通路の奥の闇へと珠鱗は静かに消えて行った ――― 。
「 あの、白夜さん…蒼狼さん… 女王様の御部屋に行って来ますので…――― 」
「 うん、待ってるよ。 」
睡蓮が通路の奥の闇へ消え行くのを見守ると、白夜は 蒼狼のほうを見つめた。
「 何か? 」
「 いや、後で ちょっと話が…… 」
「 失礼します。 」
睡蓮が女王の部屋の扉を開けると、黒羽が装飾された艶やかな黒衣を纏う花蓮女王の姿が在った ――― 。
「 ………何処に行ってたの? 」
女王は、紅魚と 緋鮒の言葉を忘れてしまったかの様に睡蓮を責める眼差しで見つめた。
「 申し訳ございません…!女王陛下が戻られるかもしれないと思って、ずっと待ち続けておりました。」
睡蓮が自分を待ち続けていたと言いながら一礼する姿に、うっとりとした恍惚の表情を浮かべると、花蓮女王は何時もに増して華やかな笑顔を浮かべて「 ……良いわ、許してあげる! ――― ねぇ見て? 似合うかしら!? 」と、睡蓮に装束
――― 新しく施した爪の装飾 ――― そして、短めの裾から覗く自身の美しい脚と履物を見せた。
「 はい! とてもお似合いです! 」
「 うふふ…!そうでしょう? 私は何を着ても似合うもの!! 」
姿見で自身の姿では無く、背後で微笑む女官着姿の睡蓮を見つめて満面の笑みを浮かべると、花蓮女王は万能感に満たされて上機嫌の儘 何時もに増して緊張した様子の紅魚と 緋鮒を連れてライル王子との食事へ向かった ――― 。
女王が部屋を出たのを確認すると、蝶美は無意識に緊張を和らげる為の深い溜息を吐き ――― 直ぐに此れ迄と同じ様に睡蓮に微笑んだ。
「 睡蓮、寝台を整えるの手伝ってくれない? ――― みんな 他の事に精一杯で手がまわらなかったの! 」
女王による珠鱗に対しての奇行にも似た振る舞いに気付いていない訳では無かったが、蝶美は 大好きな女王を悪く言いたくも無ければ、大好きな珠鱗の居ない所で彼女の噂話もしたくは無く ――― 大好きで友達だと思っている睡蓮に無用な恐怖心を植え付けたくは無かったので、笑顔の下に芽生えた 微かな不安を押し殺して微笑み続けた。




