「 睡る花のような少女 」(五)
外が薄明りに照らされ始めた頃、何時の間にか眠ってしまったらしいと少女は気づく。
助けて貰ったお礼を言おうと、日葵と一緒に白夜の帰りを待っていた筈なのだが彼女の姿も見当たらなかった。
( 自分のお家に帰られたのかしら…? 今は真夜中…? )
先程と違い、体が軽く感じたので 寝台から立ち上がってみると
少し、ふらついたが 歩けるまでに回復していた。
嬉しさから明るい気分で 部屋の扉を開いてみたが、
目の前にある通路は真っ暗で、塀のような壁にある透かし―――窓のような隙間から差し込む薄明りだけが頼りだった。
何処を如何歩いて行けば良いのか分からず、
抑々、秋陽の居場所も分からないので少女は 暫く 其の場に立ち尽くす。
( 鳥が鳴いてる…――― 朝なのね。 )
寝ているのなら起こしたく無いので、秋陽や日葵を探す事は一旦やめる事にして
取り敢えず、目の前の通路にあった窓ぐらいの大きさの隙間から外を覗き込む。
――― 隙間の向こうには、ちょうど 一人の男と 一頭の馬が立っていた。
声をかければ聞こえるであろう距離だったが
其の男は何かの準備をしている様子だったので邪魔をしたく無く、
知らない人物だったので 少女はその様子を 静かに見守る事にした。
( まだ薄暗いのに、早起きして何をしているのかしら? )
暫く眺めていると、男が少女のほうを振り返り 二人は目が合った ――― 。
「 あ… おはよう。」
少しだけ 驚いた様子で、白夜は少女に挨拶をした。
少女は気づいていないが、少女が見つけた男性は白夜だったのだ。
白夜のほうは、紅炎の様子が いつもと違うのを 不審に思って振り返ったのだが、
少女がいるとは思わなかったので怪訝な顔をしていた。
( ……全く気配を感じなかったのは、俺の修行不足なんだろうか? )
「 おはよう ――― 勝手に見ててごめんなさい。邪魔したらいけないと思って……
あなたは ここに住んでる方なのですか? 」
「 そう、白夜。 ここの診療所の秋陽の息子。」
白夜の返事は素っ気なかったが、噂の恩人と 漸く会えたと判り、少女の胸は高鳴った ――― 。
「 あなたが白夜!? あのっ、あの私は ――― ! 」
――― 名乗ろうとしたが、自分が名前を思い出せない事を 少女は思い出す。
これから、人と会う度に こんな事を繰り返さなければならないのだろうかと一抹の不安も感じた。
「 大丈夫、聞いてるよ。記憶が無いんだってね? 」
「 はい…。 」
紅炎の世話が一通り終わると、白夜は少女のほうへと歩き始めた。
遠目には気づかなかったが、自分のほうへ近づいて来た白夜の姿が
見上げるほどに背が高く、細く見えたが筋肉がついた自分より大きな身体だと気づいた少女は
白夜が近づくにつれて、その威圧感に緊張し始めていた。
「 あの… あなたが助けてくれたと聞きました。だから…ありがとうございます。 」
――― 少女は白夜に深々と頭を下げた。
「 うん、お礼は受け取るけど頭は下げなくてもいいよ? 顔をあげて?
助けたと言うか、たまたま 通りがかったんだ。
父が医者だから 家に連れて来るのがいいかと思っただけで
俺は何も………――― あまり何もしてはいないよ? 」
何もしていないと言いかけて、自分が彼女に何をしたのか白夜はハッキリと思い出した。
自分が少女に施した処置について切り出すべきか迷ったが
会って直ぐに 其れを伝えるのもどうかと思い、なかなか切り出せずにいた。
何より 見知らぬ少女と結婚する気が無いので、できれば その話題は避けたい。
( この娘、どこまで聞いているんだろう……?
とりあえず、謝ったほうが良いのか? う~ん…… どうすれば…… )
空に明るさが増して、お互いの顔がわかる程度になると
顔をあげた少女の照れたような表情と仕草が愛らしく見え始め、
白夜も満更では無い気持ちになるが、益々 傷つけない為には どう話せば良いのかと頭を抱え込んだ。
「 あの… 本当は昨日 お礼が言えたらって思っていたのですけど…… 」
「 ああ、ごめん。待っててくれたんだってね? 」
「 いいえ!謝らないでください…!私がいつの間にか 眠ってしまって… 」
――― 言いながら、少女は俯いた。
薄明りのせいなのか、記憶喪失のせいなのか・・・・
儚げでもある彼女の様子に白夜も 自分が彼女の肌を見て、触れて
口づけをした事を 無効にしようと考えている事に少し罪悪感を覚え始めていた。
( 悪い娘では無さそうだ…… 弱ったな……。 )
「 あの、遅くに帰られたみたいなのに早起きですね。もうお仕事に向かわれるのですか? 」
――― 少女は紅炎のほうを見ながら尋ねた。
「 いや、ちょっと 散歩がてら海に行こうかなと 」と、白夜は剣を隠すかのように鞘の部分に手をかけた。
本当は、いつものように鍛練しに出かける所なのだ。
「 海… ――― 私がいた所…ですか? 」
はにかんだような笑顔を見せていた少女が、暗い表情に変わったので白夜は自分が失言したのだと気づく。
「 ごめん、嫌なことを思い出させてしまったようだね……? 」
「 いいえ… 海にいた事も覚えていないから大丈夫です。
ただ、どうして 私は海にいたのかと気になっていて…… 」
そう言いながら、また 少女が俯いてしまったので
白夜は " 良くない " と思いつつも、思ったままを口にする事にした。
「 一緒に来る? 何か思い出すかも? 」
「 え? 」
「 待ってて、今 そっちに行くから! 」
「 あ…白夜さん!待…――― 」
返事をする前に、白夜が行ってしまったが、少女は自分が倒れていた場所に行きたいと強く思い始めていた。
彼が言う通り、何か思い出せるかもしれない ――― 。
「 はい ――― 外は寒いから これを着て。 」
「 !? 」
ぼんやりしている間に、白夜が 直ぐ近くに来ていたので少女は驚いた。
隙間越しでも威圧感があった白夜の体格の良さは、小柄の彼女にとっては間近で見ると
殊更に大きく感じ、勝てる見込みは無くても身構えずにはいられない。
手渡された羽織着を どう着たら良いのか判らずに立ち尽くしていると
それに気づいた白夜が 少女の手から衣を取り、それを広げて少女を包み込んだ。
「 …… ありがとうございます。 」
「 どういたしまして ――― 」と、華やかさのある白夜が 初めて軽く微笑んだせいか
少女は 何となく恥ずかしくなり、頬を赤く染めて俯いた。
彼女の その様子が愛らしく思え、白夜は自分に妹ができたような気分になり、少しだけ胸を弾ませる。
( 朝の鍛えは できそうにないけど… まぁ、いっか ――― 。 )
最初の頃より 少女の事を前向きに受け入れつつあったが、
助けた時の状況を どう切り出すべきかで 再び 頭を抱え込み始める ――― 。
慎重に言葉を選んで話さないと、軽蔑されかねない・・・・。
「 顔とか洗う? あっちに水があるから、ついてきて。 」
「 あ… ――― はい…! 」
照れもあってか、白夜は無意識に少女に背を向けて歩き出した。
白夜の後ろを歩きながら、少女は 白夜の背中をじっと見つめる。
( 私より 大きくて、ちょっと怖いけど…… 優しい方のようね。まるで……
!? ――― ま る で………―――? )
少女は 一瞬、白夜が誰かに似ているような気がしたのだが
頭の中が霧が かかっているかのように、其れが誰の事だったのかは思い出せない。
救いを求めるかのような表情で、もう一度 白夜の背中を見つめたが
考えても考えても 何も思い出す事は無かった――― 。