「 蓮華の花守 - 花瓶の花 」(十六)
「 ――― 睡蓮は……? 」
湯船に浸かって落ち着きを取り戻すと、花蓮女王は 睡蓮の姿が無い事に漸く気が付いた。
湯殿と着替えの準備に必死で、睡蓮の存在を忘れていた紅魚 と 緋鮒もハッとした表情になると、女王の為に待機させてある事を説明し、直ぐに緋鮒が呼びに行こうと湯殿を出ようとした瞬間 ―――
「 良いわよ、別に呼びに行かなくても。 」
四名の女官達は 女王の言葉の真意が解らず、全員が昨日の夕刻の女王と紅魚の会話を思い浮かべ、恐怖心にも似た緊張を隠しながら花蓮女王の顔を見た。
「 どうせ、あの娘の今日の務めは もうすぐ終わる ――― わざわざ ここに戻って来なくても良いわ…。 」
花蓮女王が何時もの花の様な笑顔で言葉を続けたので、女官達は女王なりの親切心なのだろうと安心し、此れ迄と同じ様に蝶美が「 でも、教えないと! 睡蓮はマジメだから ず~っと待ってそう! 」と明るい笑顔と口調で会話を続けると、女王は彼女とは対照的な無表情な顔で「 蝶美、あなたは先に行って着替えの準備をしてくれる? 」と此れ迄と違って彼女に指示を出した。
指示を出さずとも、蝶美は毎日 先に出て 着替えの準備を行うので、全く必要の無い指示だったのだが「 は~い! 」と、気にせず元気良く返事をすると、蝶美は ヒラヒラと蝶が舞う様に御機嫌な足取りで湯殿から出て行った。
残された三名の女官達は、ここ数日の間に女王の様子が此れ迄と違う事を この湯浴みの時間の中で確信していた。
三名が見つめる中、女王の指示は続く ―――
「 緋鮒にも手伝って欲しい事があるから、こちらに戻って来て…? 」
「 では、睡蓮は私が…――― 私が待機させてしまったので 」紅魚 が 緋鮒と入れ替わろうとしたが、彼女も女王によって行くのを制止されてしまう。
「 陛下……睡蓮が何かしましたか? ――― もし、そうなら私のほうから 良く云っておきますので 」
昨日の女王の様子に似ていると考えた紅魚は、引き下がらずに女王の瞳を 射貫く様な瞳で見つめ返しながら冷静な口調で女王に言葉を掛けた。
「 別に……――― 白夜…! そう、白夜が呼びに行ったから大丈夫なの! 」
「 そうなのですか? 」
「 そうなんだ! じゃあ、呼びに行かなくても良いね! 」
花蓮は 白夜の行動を把握しているのでは無く、咄嗟に吐いた嘘だったのだが、彼女を信じている紅魚 と 緋鮒は安心して落ち着きを取り戻した。
然し、珠鱗は・・・――――――
「 陛下……睡蓮さんの御部屋の事なのですけど ――― 何故、白夜さんと一緒なのですか? 」
珠鱗の言葉に、驚きを隠せなかった紅魚 と 緋鮒は 思わず同時に「 えぇっ!? 」と声を上げたのだが、花蓮女王は此れ迄と同じ様に無言を貫くと「 上がりたい……緋鮒、手を貸して? 」と緋鮒に介助されながら湯殿を後にした ――― 。
「 お待ち下さい!!白夜さんも睡蓮さんも秩序を乱す様な事はなさらないとは思いますが、万が一と云う事が……! 陛下、どういう事なのですか!? リエン国の女王がリエンの風習を…――― !! 」
――― 女王の背中を追う中、何かが自分に向かって飛んで来るのを目にし、珠鱗が反射的に瞳を閉じた瞬間 ――― 雷鳴による地響きと 硝子の割れる音が 同時に部屋中に鳴り響いた。
「 ごめん、珠鱗 ――― 掃除をお願いできる…? 」
何時もの女王の か細い声が聞こえ、珠鱗が 恐る恐るそっと瞳を開くと、自分の足下に花瓶と思われる破片が無数に飛び散っており、敷いてある絨毯に大量の水が流れて染み込み ――― 彼女が持ち込んで活けた青睡蓮の花が無残に散らばっていた。




