「 蓮華の花守 - 女難の相 」(十四)
「 二十五歳の男の人は、女に何をされたら喜ぶの…!? 」
次の予定の為に、再び私室から女官達全員を引き連れて出て来た花蓮女王が真剣な瞳で白夜に訊ねる ――― 。
「 陛下…それは僕達が真面目にお答えしますと、ここでは言えない内容になり、何らかの罪に成り兼ねないかと思います。 」
白夜達と交代する為に訪れていた藍晶が気品に満ちた笑顔で気を利かせると「 陛下は何もなさる必要はございません!来客の接待でしたら専門の者達に任せれば良いのです。 」と紅魚も 自分を含めた五名の女官達が行列に並ぶ様に通路に詰まっているので、先に進む様に女王を促した。
「 お願い!教えて…! ――― 絶対に罰したりしないから! 」と、全ての言葉を流した花蓮女王が " お願い " と口にしたので、一同は女王からの命令であると判断し ――― 視線を白夜に向ける。
「 ……人によって喜びの内容は違うものです。御本人に同じ御質問をされてみてはいかがでしょうか? そのほうが確実ですし、会話の始まりにもなるかと思います。 」
――― " 我ながら上手く 真実を誤魔化したもんだな…… " と、自分自身に感心しながら白夜は花蓮女王に微笑んだ。
「 ………。 」
自身が思っていた様な具体的な答えでは無かったので、女王は納得したフリで前へ進み始めると「 ありがとう……本人に聞いてみる。 」と、小さな声で白夜に背を向けた状態でお礼の言葉を掛けた。
紅魚も 白夜の返答に納得した表情で彼に微笑むと、女王の後を追い ――― 珠鱗は 他の女官達に伝達と指示を始める ――― 。
「 お部屋に鍵を掛けました。私と 紅魚さんは陛下に付き添いますが、皆さんは休憩なさってから緋鮒と…――― そうね、睡蓮さんは私達と交代をお願いします! 」
「 は~い 」「 はい…! 」
「 女王様の鍵を私が持っているので、蝶美には 私の鍵を ――― 湯殿や寝台は後回しで良いから装束の準備をお願いね。 」
「 は~い! 」
「 ――― と、言う訳で鍵を持ってるのは私と 蝶美です。よろしくお願いしますわね? 」と、見張りの藍晶 と 翡翠に軽く頭を下げると珠鱗も女王達の後を追った ――― 。
「 女王陛下は王子様の事を気に入ったみたいだな? ――― どんな男なんだろ? 」
翡翠が手にしてる大鎌を軽く振り回しながら呟いたので、寝起きで機嫌が悪い藍晶が 女王の目前では無くなった途端に 其の場に居た全員を代表するかの様に「 危ない!!やめろ! 」と半ば本気で彼に怒りを向けた。
「 ああ! 悪いな、明るい時間に仕事するの久し振りだから ――― 」と、悪びれた様子は無く、翡翠は近くの鏡に映る 陽に照らされる自分の美しい立ち姿を見つめ始める。
気ままな翡翠の様子に、藍晶の機嫌がどんどん悪くなって行く様子に気付いた白夜と 蒼狼は「 行きましょうか? 」と、見張りの二人の姿を見なかった事にして睡蓮と二名の女官を連れて食堂に向かった ――― 。
―――――― 未の下刻 ( 十四時過ぎ )
食堂に入るなり、白夜は凍り付いた様に固まり ――― 睡蓮も衝撃を受けた表情で立ち尽くす。
「 久し振りね……。」 ――― 二人に先に言葉を掛けたのは桔梗だった。
「 お久しぶりです…! 」
睡蓮が軽く頭を下げると、桔梗は微笑んだ表情で「 花蓮様の女官になられたそうね? 」と声を掛け、睡蓮が身に着けている自分の髪飾りに気が付いた ――― 。
「 あ…!すみません…お借りしたままになっていて ――― 待ってて下さい!外しますから…… 」
「 でも、髪が…―――! 良いわよ、今度で 」
「 もしかして!あなたが この髪飾りの持ち主ですか!? 」
会いたかった桔梗が現れた事に気が付いて高揚状態になった蝶美が話に飛び込んで来ると、桔梗は「 そうだけど……? 」と、見覚えの無い蝶美の姿を不思議そうな顔で見つめながら答えた。
「 アタシ、蝶美って言います! 睡蓮の友達です!! ――― うれしい~!!あなたに会ってみたかったの!! 」
「 そ…そうなの? 」
「 ――― 白ちゃん、息してる? 」日葵が白夜に訊ねたが返答が無いので、代わりに蒼狼が「 まぁ、止まっては無いでしょう? 」と適当な様子で答えると、桔梗が座る円卓に近付き「 初めまして、僕は蒼狼と申します。 ――― 桔梗さんですよね? 」と、彼女に微笑んだ表情で声を掛けた。
「 ええ、そうです。 ――― どうして、名前を? 」
「 白夜さんには何時もお世話になっているので、お噂は かねがね伺っております。」
「 わかった!!白夜さんの恋人だ!! 」桔梗が何者か漸く気がついた緋鮒は大きめの声を上げると「 アタシは緋鮒って言います~! 睡蓮ちゃんと蝶美と同じ女官で~す! 」と陽気な笑顔を見せながら桔梗に握手を求めた。
知らない顔触れが自分の事を知ってる様子に桔梗は戸惑ったが、自分が " 白夜の恋人 " と認識されてる事は意外であった為 ――― 思わず、白夜と 睡蓮を 交互に見つめた。
白夜は放心状態に見えるが、睡蓮は ――――――
「 この髪飾り ――― お返ししようと思って大切に仕舞っていたのですけど、女官に選ばれた時に怖かったので御守りのような物が欲しくて…… お借りさせて頂いておりました。…ごめんなさい、勝手に…… 」
「 そう……。お役に立てたなら良かったわ、気にせず使ってちょうだい。 」
桔梗に頭を下げた睡蓮は、自分の言葉に白夜の姿を脳裏に浮かべ ――― 桔梗は睡蓮に髪飾りを持たせた経緯を思い出して、気まずそうな瞳で微笑んだ。
「 桔ちゃんには睡蓮と同じ部屋な事は伝えて無いから 後は頑張りな! 」
小声で白夜に告げると、日葵は彼の背中を片手で軽く叩いて ご機嫌な様子で食事を再開し始める ――― 。
「 さあ!睡蓮ちゃん、アタシ達は交代しに行こうか!? 珠鱗様 と 紅魚様にもご飯を食べてもらわなきゃ! 」
「 はい! 」
睡蓮が食べ終わったのを確認すると、緋鮒は立ち上がり「 それじゃあ、皆さん ご縁があったら またお会いしましょう~! ――― 蝶美達はまた後でね~ 」と笑顔で食堂の出入り口に歩いて行った。
「 あの…!髪飾りは必ずお返ししますから…! 」
桔梗に軽く頭を下げると、手を振った日葵 や 蝶美に手を振り返して睡蓮も食堂を後にした ――― 。
「 ねぇ、秋陽先生はいないの? 」密かに秋陽がお気に入りだった蝶美が素朴な疑問を口にすると「 先生が戻って来たんで診療所に常連さんが相次いだらしくてさ、 帰るに帰れなくなっちまったんだよ! 」と、日葵は笑って答え「 だから、桔ちゃんが こっちに来たんだよね? ――― 王子様も見たいもんね! 」と揶揄う様に桔梗に微笑みかけた。
桔梗は照れ臭そうに「 王子様が見たいは余計よ…――― 」と、蓮の花で作られたお茶を飲む。
「 アタシ達も まだ見てないんですよぉー!? 睡蓮と緋鮒は いまから会えるんだろうなぁ~!いいなぁ~ 」
「 で、どうなんだい? 花蓮様は王子様の事 気に入ったの? 」
日葵と蝶美が女王の見合いの話で盛り上がる中、蒼狼は 白夜 と桔梗 の様子を 若干 余興感覚で眺めながら箸を進めていた ――― 。
「 暫く 邸に居るの? 」
「 ええ、そのつもり。 」
「 じゃあ、日葵と二人だけ? ――― 王子殿下が滞在してる間は夜間も武官が回ってるとは思うけど…… 」
「 春光さんが日葵の為に鍵を二重…三重だったかしら? ――― とにかく、増やして帰ったから大丈夫よ? ――― 秋陽様と仲の良い ご近所の方々も気にかけて下さるし。 」
「 そういや、どこで聞きつけたのか 光昭が さっきまで食堂にいたよ? 空いた時間には見回りに来てくれるってさ! 」と、何時も通り明るい調子で日葵は告げたが「 早速、信用ならない奴が現れてるじゃないか!! 」と、睡蓮に続いて桔梗の心配をする羽目になった白夜は頭を痛め始めた。
「 陛下が戻られるまで ここで待機しているだけで良いから ――― 戻られるのは夕刻になると思うから、それまでには私か珠鱗が戻るわ。 」
「 それでは、よろしくお願いしますわね! 」
珠鱗と紅魚が 持ち場を緋鮒と睡蓮に任せて食事に向かうと、緋鮒は即座に退屈な任務に飽き始めた ――― 。
「 何して時間潰す? 」
「 時間を潰す…――― どのような方法があるのでしょうか? 」
「 そうねぇ~… ちょっと、部屋の周りを偵察して見よっか!? 」
扉が開いたままの状態にされている部屋の出入り口から緋鮒と 睡蓮が顔だけ出して、周辺の通路の様子を確認すると、通路を隔てた向こう側には 室外 ――― どんよりした曇り空と石畳が広がっていた。
「 ありゃりゃ… お天気が あまりよろしく無いよねぇ……? 」
「 雨になったら 今日と明日の女王様達の予定はどうなるのでしょう? 」
睡蓮が心配そうに緋鮒に訊ねると、緋鮒も「 変わるだろうねぇ… 」と心配そうに曇り空を見つめた ――― 。




