「 蓮華の花守 - 予兆 」(九)
――― 翌朝 ―――
睡蓮は女官仲間に夜間の話をしてみるが、皆 口々に " 自分では無い " と述べ、職務を続けた。
「 きっと、警備の者よ ――― あなた達 怖がりなのね? 」と、睡蓮の話を聞いた花蓮女王が湯船の中でクスッと笑みを浮かべたかと思いきや「 それよりも、遂に明日ね……嫌だわ…大嵐でも来ないかしら? 」と、朝から早々に表情を曇らせた ――― 。
「 でも、陛下……いつかはお世継ぎを御産みになりません事には ――― 」
紅魚が 敢えて、少々 突っ込んだ言葉を掛けると女王は顰めた顔を俯かせたまま 其の後、女官達に口を開く事は無かった。
「 良い? 睡蓮 ――― ライル様が良さそうな方なら、今回の縁談を必ず成功させる為にあなたも頑張るのよ? 」
湯殿の後片付けをしながら、紅魚 が 睡蓮に念を押す様に強い口調で告げる。
彼女や珠鱗 ――― ある程度 歳を重ねている臣下達は、リエン国に必要なのは次期国王と考えており、女王付きの女官と言えども、此ればかりは女王の意思を優先する事ばかりは出来ないと思っている ――― 。
「 はい…! ――― そう言えば、ロータス国って、どんな所なのですか? 」
「 リエンと違って熱いとは聞くかな? 地面とか渇いてるらしいよ? 」と、答えた緋鮒の言葉に睡蓮は " 渇いている地面 " とは、どの様な状態なのだろうかと関心を寄せた ――― 。
( ロータス国の記憶も私には無いみたいね…――― )
三日目の今日は、宮中全体が慌ただしい雰囲気に包まれており、花蓮女王の機嫌も 余り良いとは言えず、睡蓮も休憩の時間まで何かを考える様な暇も無く ――― 無心で自分の出来る事に務めた。
「 今日は人少ないね~? 」と、東天光が緑色のお茶を飲みながら食堂の円卓に座る顔ぶれを眼鏡越しに眺める。
自分以外には、睡蓮、白夜、日葵の三名しか座っていない ――― 。
「 日葵、帰らなかったんだね? 」白夜が日葵に問うと、日葵は笑顔で「 王子様も気になるし、睡蓮や先生も心配だからね! 」と橙色の異国の飲み物を口にした ――― 既に二杯目である。
「 父さんは? ――― 帰ったの? 」
「 うん!春ちゃんと朝から診療所に帰ったよ ――― でも、後で帰って来るって言ってたから夜には戻ると思うよ? 」
睡蓮 は 白夜に昨夜の足音についての女官達と女王の話をすると、白夜は「 そう…――― 警備の者か。 」と、腑に落ちない様子で返事をした。
「 足音って? 」 ――― 訊ねて来た東天光に、睡蓮と白夜の二人が昨夜の出来事を話すと、東天光は怪訝とした表情で黙り込み、日葵は「 " 何とか様 " じゃ無いのかい!? 」と迷わずに晦冥を疑った。
「 いや、晦冥 様なら気付くか…――― あの人は、中途半端に気配を残すような事はしないような気がする。 」と白夜も眉を顰めると、直ぐに何時もの穏やかな表情に戻り「 そう言えば、桔梗は? ――― 元気にしてる…? 」と、日葵に訊ねた。
睡蓮の前で初めて白夜 が 桔梗の事を訊ねて来たので、色恋の話が大好物の日葵は此れ迄と何かが変わっている事に瞬時に気付いたが、今日の所は突っ込む事は止める事にした。
「 そうそう、睡蓮ちゃん ――― 後で、医院の人達が花蓮様の所に向かうと思うからよろしくね? ――― あ!あたしは行かないけどね。 」
其の東天光の言葉通り、睡蓮が女王の私室に戻ると小規模ながらも宮中の医者が列を作って佇んでいた ――― 。
「 あの…これは? 」圧倒された睡蓮が恐る恐る尋ねると、蝶美が「 女王さまの体調の確認だよ♪ 歯とか肌とか血液とか、ぜ~んぶ 診るんだよ ――― スゴイよね? 」と明るい笑顔で答える。
良く見たら、姫鷹の姿も在ったので睡蓮は彼女に微笑むと、姫鷹も片目を閉じて睡蓮に微笑んだ。
長時間、医者と過ごした花蓮女王の苛立ちと疲れが最高潮に達した頃 ――― 夕刻の湯浴みの時間になる。
明日は人前に出るので、花蓮女王は此れ迄以上に自身の脚に磨きをかけねばと考えており、此れ迄と同じ様に 脚の手入れを蝶美に任せていた ――― 。
「 女王さま、この後 爪に装飾もしましょうね! 」
蝶美の言葉に此れ迄と同じ様に花蓮女王は無言で頷くと、睡蓮のほうを見て微笑んだ。
( ? ――― 女王様がこちらを見てる……? )
睡蓮が微笑み返すと、女王は今度は目をつり上がらせて睨むような瞳で見つめ返して来た ――― 。
其の燃え上がる様な女王の瞳が何を意味するのか睡蓮には解らなかったが、睡蓮は女王の瞳 ――― 視察の時に感じた様な此れ迄とは違う雰囲気の彼女に微かな恐れを感じていた。
湯浴みを終え ――― 女王の着替えの手伝いが終わると、女官達は此れ迄と同じ様に蝶美に女王を任せて、二人の背後で 明日からの日程の確認を行い始めた。
此れ迄と同じ様に、花蓮女王は自身の鏡台の鏡に映る睡蓮の姿を見ている ――― 。
「 見て!睡蓮 ――― 綺麗でしょう!? 」
蝶美による手足の爪の装飾が終わると、花蓮女王は いの一番 ――― 真っ先に睡蓮の名を呼び、自身の手 ――― 特に両脚を嬉しそうな笑顔で見せた。
「 はい…!とても…――― とても、綺麗です! 」
微笑みながらの睡蓮の返答に満足した花蓮女王は、再び キッとした表情に変わり、紅魚のほうを見つめると「 紅魚、あなたは 今日は まだ 帰らないで! ――― どうせ、夫も子供も居ないのだから暇でしょう? 」と、嘲笑う表情で紅魚を見つめた。
花蓮女王の其の言葉に棘があった事は、紅魚 ――― そして、他の女官達も直ぐに気付いたが " 女王 " 相手に 何処迄 意見して良いのか判らず、全員が固唾を呑む様に各々の出方を窺う ――― 。
睡蓮は " 言葉に棘がある " と断定するまでには至っていないが、女王が紅魚に冷た気に言葉を掛けた事には気が付いており ――― 湯殿での瞳と重なり、女王の様子が此れ迄とは何かが違う様な気がしていた。
「 ええ、仰る通り暇ですので何なりと ――― 」
" 女王は今朝の自分の言葉を根に持っている " と考えた紅魚は、図らずも此の瞬間から花蓮女王の母親役を買って出る事となる。
顔色ひとつ変えない紅魚 を 花蓮女王は不満そうに見つめると、「 蝶美、いつもありがとう…! 皆はもう休んで? 明日はよろしくね。 」と、此れ迄とは違い、女官達に初めて労いの声を掛けた。
女王の言葉を素直に受け取った蝶美 と 此れ迄を知らない睡蓮以外の女官達 ――― 紅魚、 珠鱗、 緋鮒 の三名は、女王の雰囲気が以前とは違う事を感じ取ってはいたが、不敬罪になる可能性を恐れ ――― 女王の部屋を離れても女王の変化について話題にする者は誰ひとりいなかった。
――― と、言うより 、各々は明日からの見合いの準備で雑談をする余裕など無かったのだ。




