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水鏡に咲く白き花  作者: 水城ゆま
第一章 『 一蓮托生 』
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「 睡る花のような少女 」(四)



目覚めた直後よりも、少女の頭の中は ハッキリとしてはいたが

時間が経過しても、少女が自分自身について思い出すことは無く、

秋陽(しゅうよう)は、記憶障害について調べると言い残し、少女を日葵(ひまり)に任せて早々に部屋を後にしていた。

――― 彼は現在、大量の書物や書類と格闘中である。



日葵(ひまり)のほうは、時折 何処(どこ)かへ姿を消しては 少女の様子を見に部屋に戻って来た。

現在、人肌程度の熱さのお湯を部屋に持ちこみ、少女の身体を丁寧に()いている所だ。


「 もう少し 回復したら風呂に(はい)れるからね。今は これで我慢するんだよ? 」


「 あの…いろいろ ありがとう。 」


「 いいって!これがあたしの仕事だし!

  あんた 暴れたりしないから()きやすくて最高よ♪ 」


会ったばかりの人間に肌を見せている事に少し抵抗があったが、体を拭かれている事自体には 少女はあまり抵抗が無かった。

――― むしろ、さっぱりして気持ちが良い。



「 ここに来る患者はさ、先生とあたしが診てるんだけど

  たまに(ハク)ちゃんと、(ハク)ちゃんの友達とあたしの旦那も手伝いに来るんだ。

  でも、あんたの体を拭いたり 着替えさせたのは私だけだから安心しな! 」


「 うん、ありがとう。 」


「 あ…でも… 」


――― 白夜(ハクヤ)は少女の体を見ているはずだと思ったが、日葵(ひまり)は言うのをやめた。



「 … ” でも ”?  」


「 いいや!ほらっ、先生はさ!傷や(あざ)がある部分は見てるなぁと思って…

  ちゃんと大事な所は隠してたからさ、気にすんじゃないよ!」


「 う…うん。お医者様だもの わかっています…… 」



リエン国で未婚の若い女性が男性に身体(からだ)(さら)すと言う事は、その男性との結婚を意味していた。


例外は、遊郭(ゆうかく)にいる女性ぐらいで

一般的な女性は、婚姻の義を交わした相手の前でしか衣を脱ぐ事は許されないという考えが根付いている。


そんな事はお構いなしの男女も存在することは存在するが

別の相手と肌を見せるような関係にあった事を伴侶に知られた者は 大概、修羅場になる。



「 この場合、どうなるんだろうねぇ…? 」


「 … 何がでしょうか? 」


「 まあ、もしもの時は あんたに恋人や旦那がいない事を願うよ! 」


「 ? 」


――― そんな相手はいるのだろうかと、少女は遠くを見つめるような瞳で考えた。

 

自分自身の事もそうだが、家族、親戚、友人、恋人、()るいは伴侶など何も覚えておらず

(また)、現在の少女は 何かを深く考えるような考えじたい(・・・・・)が出来なくなっており、

ただ、時の流れの中に身を任せているかのような虚ろな状態に近かった。


 

日葵(ひまり)は少女の身体を拭きながら、彼女の痣を眺めた ――― 。

医療の知識は まだまだ秋陽(しゅうよう)の足許にも及ばないが

少女の痣は人間によって付けられた物である事には気づいていた。


「 まあ、乱暴された痕跡(こんせき)は何も無かったから良かったよ…!追剥(おいはぎ)かなんかに遭っちまったのかねぇ? 」


「 ? 」


「 はい!綺麗になったよ!鏡でも見るかい? 」


「 ありがとう…… 」


――― 渡された手鏡を覗いてみると、其処(そこ)には少女が見慣れた顔が()った。

鏡に映った顔は、間違い無く自分の顔である。



目覚めてから、(ようや)く 知り合いに会えたかのような気分になり、

まるで、家族と再会できたかのように 少女は心の底から安心し、瞳からは涙が溢れ出そうになっていた。


ふと、鏡に映った自分の首筋に目が行く ――― 。

少女は自分の肌に滲んだように付いている その黒ずんだ痣に異常さを感じずにはいられなかったが

その様子に気づいた日葵(ひまり)が すかさず 彼女に声をかける。


「 大丈夫!何日かすれば消えるからね!! 」


「 ……う…うん。 」



一体、自分の身に何が起こったのかと問い(ただ)す様な気持ちで

少女は鏡に映っている自分の顔を再び見つめなおした。 







 

―――――― 子の上刻(二十三時)


日葵(ひまり)が少女の身体を拭き終わってから間もなくして、少女のいる部屋に白夜(ハクヤ)が訪れる。




日葵(ひまり)から、少女が目覚め、自分が帰るのを ずっと待っていたと聞いて

()ぐに様子を見に来たのだが、砂浜で見つけた時のように 少女は瞳を閉じて眠っていた。

(ただ)、あの時と違って 少女の表情が安らかで血色も良くなっていたので白夜(ハクヤ)は安心して微笑んだ。


 

 


少女が熱に(うな)されていた五日の間に白夜(ハクヤ)には転機が訪れていた ――― 。



王宮で 前国王・(ハチス)王の遺言状が見つかり、()の中の一文に

何名かの若者達を宮廷(きゅうてい)に召集し、花蓮(カレン)姫に(つか)えさせるようにとあり、其処(そこ)白夜(ハクヤ)の名も書かれていたのだ。



まだ見習いみたいなものではあるが、白夜(ハクヤ)武官(ぶかん)になるよう(にん)じられ

二日後の花蓮(カレン)姫の即位式(そくいしき)の警護にも参加するよう命じられていた。



今日も本当は、もっと早く帰れる(はず)だったのだが

花蓮(カレン)姫の即位式の準備が長引き、すっかり夜が更けてしまっていた ――― 。



王宮に仕える事は非常に名誉な事であり、それも 光栄に思えてはいたが

(ハチス)王が 本当に自分を必要としてくれていたと言う事が何より嬉しくて

リエン国のためになら命まで懸けようと白夜(ハクヤ)は心に誓った。



そして・・・・・


目の前で眠る この少女にも、何か手助けができたらと ぼんやり考える。



少女を助ける事に必死だった白夜(ハクヤ)は、彼女の身体を見たことを

そこまで深刻に受け止めてはおらず、(むし)ろ、ある理由から

リエン国の古い考え方など、無効にする気でさえ居るのだが ()れはそれとして、

記憶を無くしたと云う少女の事を見過ごす事はできないと考えていた。



花蓮(カレン)姫も気の毒だけど、この()も記憶を無くすなんて災難だよな…… )

 

 

良く見ると、少女の手元に鏡があったので 落として割れるといけないと思い

白夜(ハクヤ)は 手鏡をそっと引き抜き、近くの台の上に置いた。

 

( なんで、鏡を持ったまま寝ているんだ ……? )

 

 

――― 考えながら、瞳が閉じかかる。



慣れない宮中と、連日の即位式の準備で さすがの白夜(ハクヤ)も疲れ切っていた。


( 明日の朝は、帰りに何か綺麗な花でも摘んで来るか…… )


白夜(ハクヤ)は部屋にある角燈(ランタン)の中の蝋燭(ろうそく)の明かりを消して、足早(あしばや)に浴室へと向かった。

 

 

 






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