「 蓮華の花守 - 二日目の朝と食堂 」(七)
「 ――― 起きた? 」
「 !!? 」
―――――― 二日目、辰の上刻( 七時 )
睡蓮が目覚めると、同じ部屋に武官着に着替え終って佇んでる白夜の姿が在った。
( そうだった!!同じ部屋になったんだわ…――― 私、いつの間に眠ってしまったんだろう!?)
これから着替えるにも関わらず、乱れた寝間着と髪を慌てて整えると「 おはようございます…! 」と、睡蓮は取り敢えず彼に挨拶をした。
「 じゃあ、外に居るから ――― 」白夜は微笑んだ表情で自身の剣を持つと、扉のほうへ向いながら「 後で、花蓮様か晦冥様に部屋を別々にしてもらえる様に頼んでみようか? 」と、言いながら部屋を出て行った。
( 別々に…――― そうよね。 )
睡蓮は台に置いていた桔梗の髪飾りを淋し気な表情で見つめた ――― 。
「 おはようございます、女王陛下。 」 ――― 睡蓮が自分に挨拶する姿をじっと見つめ、一呼吸置いてから花蓮女王は何時もの細い声で「 おはよう… 」と返答し「 私、昨夜はあなたの夢を見たのよ…! 夢の中のあなたはね…――― 」と睡蓮の手を取り、花の様に笑いながら 御機嫌な様子で自身が見た夢の話を繰り広げた。
「 あ…あの、女王様 私のお部屋の事なのですけど…――― 」
「 お部屋? ――― 何か足りない物でもあった? 」
「 白夜さんと違う部屋にして頂けないでしょうか? 」
「 どうして? ――― あなた達は一緒に住むぐらい仲良しなんでしょ? 」
「 ――― " 仲良し " では無いと思います……。 」
「 じゃあ、仲良くなれるように同じままで良いじゃない? ――― お見合いの準備であなた達の部屋を新しく用意してる暇は無いの…。 」
話し始めた頃と違い、話し終わりには無表情で感情の無い声に変わった花蓮女王は、睡蓮の手をパッと放して 湯殿へ向かった ――― 。
( ??? ――― 怒らせてしまった…? ) ――― 何故、女王が怒ったのか解らないまま睡蓮も 湯殿へ向かう。
「 それじゃあ、睡蓮ちゃん ――― ちょっと塵を捨てて来るから続けててね~ 」
「 はい! 」
此れ迄と同じ様に一日が進む中、一緒に女王の部屋を掃除していた緋鮒が塵を捨てに行ったので睡蓮は独りで掃除を続ける。
女王 ――― 以前は王妃の私室だったともなれば広過ぎて、独りきりなってしまうと宮中に響く波の音が不気味に聴こえなくも無い。
( 出入り口に、白夜さんと蒼狼さんがいらっしゃるから大丈夫よね……? )
睡蓮は、改めて女王の私室をじっくりと見渡す ――― 。
( どうして、この部屋までの通路道を知ってるような気がしたのかしら……? )
ふと、女王の華美な鏡台に映る 自分の姿に目が留まり、睡蓮はそのまま自分の姿を眺め続けた。
( 私は、一体 何処の誰なんだろう……? )
段々と睡蓮は自分で " 得体の知れない自分 " が 恐ろしくも思え、鏡に映る自分の姿から目を逸らした ――― 。
―――――― 午の下刻 ( 十ニ時過ぎ )
全員が何かに導かれたかの様に、食堂に睡蓮 と 白夜の知り合いが集結していた ――― 。
「 来た来た! 姫鷹先生に聞いたよ白ちゃん!睡蓮と同じ部屋なんだって!? 」
既に、目の前の円卓上に五品目ほど並べて食べ始めている日葵は満面の笑みで ――― 秋陽は父親らしく真顔で白夜に告げる。
「 白夜……まだ 桔梗の事もあるし、婚姻の義も交わしてはいないのじゃからな?くれぐれも…… 」
「 ――― 何もし・な・い・か・ら! 」白夜は円卓上を片手で叩き付ける様に手を置くと空いている席に座った。
「 ちょっと、聞いて下さいよ~! 俺、昨日は御二人に振り回されて散々だったんですよー!? 」蒼狼も ぼやきながら空いてる席に着く。
「 今日は他の女官の娘が居ないね? 」東天光 が 睡蓮に訊ねると「 はい…!私もお仕事に慣れて来ましたし、皆さん 準備にお忙しいので… 」と、部屋の話題で頬を染めた睡蓮も空いている席に座った ――― 。
「 ――― て、事は内緒話が出来る訳ね? 」姫鷹が身を乗り出すと、葵目も小声で口を開いた「 何か進展はありましたか? 」
蒼狼 が 山兎恵 と 南海沼の話を語り、春光が鍵の話を伝え始める ――― 。
「 結構な数を作り直すのね! 医院はそのまんまみたいだけど…… 」と、姫鷹が鍵の数を聞いて表情を驚かせる。
「 新たに作る鍵も多いんですよ。宮中に仕える 一人一人に配りたいみたいな事も言ってたかな? 」春光の言葉に東天光が「 え?貰ってどうすれば良いんだろ? 」と、早速 鍵の使い道を考え始める ――― 。
「 今日で下見は終わるから明日のお昼には僕は此処に居ない訳だけど、日葵はどうする?残りたい? 」春光が日葵に問うと彼女は悩み始める。
「 う~ん… 王子様を見てみたい気もするけどねぇ……でも、診療所を閉めたまんまだし ――― 」
「 七日間位なら気にせずとも良いぞ? お主が此方に残り、儂が一旦 帰っても良いのじゃし。 」と、秋陽、日葵、春光は今後の予定を相談し始めた。
「 山兎恵さんと南海沼さんは本当に宮中を出られたのかしら?――― 何も告げずに……? 」蒼狼の話に葵目も不審がる。
「 誰か、お二人の近くに居た人が見つかると良いんだけどねぇー? ――― でも、ごっそり消えてるんだっけ…… 」東天光は蒼褪めた自分を落ち着かせる様に首を横に振る。
「 そう言えば、葵目さん ――― 睡蓮さんにお聞きしたのですけど、医院に書簡紙を置いてらっしゃるんですよね? 」
蒼狼の問いに葵目は頷く「 ? ――― はい、そうですけど…… 」
「 自分で買いに行く時間が無いので、何枚か分けて頂いても良いですか? 」
「 良いですよ、じゃあ 今 取って参りますからお待ちください。 ――― どんな色が良いでしょう?女性へ渡されるのですか? 」
「 否、葵目さんが一番不要な紙で良いですよ。ただの伝言なので ――― 俺も一緒に行きます! 」
「 いいえいいえ!お食事が冷めますよ?それじゃあ、無難なのを何枚かお持ちしますね。 」と告げると葵目は紙を取りに医院に向かった。
「 何々?恋の話かい? 」と日葵 や 姫鷹 が 蒼狼に注目すると「 否、知り合いに 山兎恵さんと南海沼さんの件をご報告しようと思いまして 」と、彼は飄々とした様子で微笑んだ。
「 ――― 銀龍殿? 」白夜が問うと蒼狼は頷く。
彼等は旅鳥の捕獲を行った際に銀龍に行方不明者の件を伝え損なっており、暇過ぎる見張り仕事の中で雑談を重ねた結果、銀龍にも教えるという結論が出たのだった。
「 知らない名前ね…――― 信用できる人なの? 」姫鷹が訊ねると「 たぶん。 」と白夜 と 蒼狼は声を揃えた ――― 。
「 あの…姫鷹先生、王妃様がどんな方だったかご存知ですか? 」
全員が食堂から退出しようとする中、睡蓮は王妃の事を知っていそうな人物 ――― 姫鷹に質問をした。
「 王妃様? ――― 蓮 様の御后様? 」
「 はい…! 」
「 そうねぇ…、誰も文句言えない位 お綺麗な方だったとは聞いたけど…――― 私が宮廷に入った時は亡くなられていたから…… 」
「 秋陽先生のほうが知ってるんじゃないかな? 」と、言いながら東天光は秋陽を呼び止めに行った。
「 王妃様? ――― 覚えておるぞ? 名は麟鳳様と言ってお美しい方じゃったよ。 」
「 王妃様は王族でも貴族でも無くて、庶民の出なんだよね!? 正に夢物語ってやつよ! 」と、日葵 と 姫鷹 ――― 東天光と、戻って来ている葵目が自分の事の様に嬉しそうな表情で頷くと、「 王妃様がどうかしたのか? 」と秋陽は不思議そうな顔で睡蓮に訊ねた。
「 いえ、ただ ――― 女王様のお部屋は 元々は王妃様のお部屋だったそうなので、どんな方なのかなと気になっただけです…! 」
「 へぇ…!あの部屋 そうなんだ? 」と、姫鷹は興味を持ちながら( あの驚きの黒さは王妃様と花蓮様、どっちの趣味なのかしら……? )と、一瞬だけ考え込んだ。
「 蓮 様って、なかなか結婚しようとしなかったんだよね? 花蓮様もどうなる事やら…… 」と言った日葵の言葉が締めになり、此の日の一行は解散した。
持ち場に戻る中、睡蓮 は 白夜に自分達の部屋の話について花蓮の言葉を告げる ――― 。
「 そうか、花蓮様がそう仰ったのか…… 」
白夜は、少し困った様な表情で睡蓮と、彼女の髪にある桔梗の髪飾りを見つめた。
睡蓮が顔を真っ赤にしてるので、彼はどうしても彼女につられて気恥ずかしそうにしている。
二人の其の様子を見て、蒼狼は( 花蓮様も良い仕事をなされる…――― )と、しみじみ思いながら見張りの仕事に戻り ――― 早速、通路で銀龍宛ての手紙を書き綴り始めた。
「 ここで書くのかよ!? 」
白夜が呆れた様子で、しゃがみ込んでいる蒼狼を見下ろすと、蒼狼は「 だって、時間が勿体無いじゃないですか!? 」と、筆を進める ――― 。
「 お前、その筆と墨や硯はどこから…――― !? 」
「 蝶美さんに頼んで、女房(女官の部屋)から借りました! 」