「 蓮華の花守 - 一日目の夜 」(六)
――― 戌の上刻( 十九時 )―――
「 一緒の部屋になった?!! 」
食堂で姫鷹 と 東天光 が 蒼狼から経緯を聞き、それが当然の様に ――― 彼女らしく、姫鷹は睡蓮 と 白夜が同じ部屋になった所だけに食い付いた。
「 じゃあ、二人が離れて座ってる様に見えたのは あたしの視力のせいじゃ無かったんだ~! 」
東天光も、料理の湯気で曇った自身の眼鏡を手持ちの布で拭きながら安心して食事を続ける。
( あれ? ――― 俺、晦冥様 と 花蓮様の視察の話もしたよな……? )
蒼狼は 女性医師達との間に若干の溝を感じながらも会話を続けた。
「 分っかり易いわねぇ……! ――― 何なの?あの初々しさは?!一緒に暮らしてるんじゃ無かったの? 」
「 俺、先程から付きっきりなんで 残業してる気分ですよ。 ――― ちょっと面白いけど。 」
姫鷹 と 蒼狼 が眺めている 睡蓮 と 白夜の様子は、白夜には睡蓮の姿を見る程度の余裕は見られるが、睡蓮は決して彼のほうに顔を向けようとせず、明らかに動揺しまくっていた。
( そうだ! ――― 笊! 厨房で大きな笊かお鍋の蓋か何か借りられないかしら……!? )
睡蓮は、今の自分に最も必要な物は赤く染まった顔を覆い隠す物だと考えていた。
海で助けて貰った話も頭の中に蘇えり、兎に角、彼女は白夜と目を合わせたくない。
( どう見ても動揺してるな…――― また、面倒な事になるぞ…… )
やはり、知人が揃う日は碌な事が起きない ――― 白夜は確信しながらも、自身も動揺して睡蓮の髪にある桔梗の髪飾りを何度も眺めた。
「 仕方無いわねぇ~!白夜君だから無料であげるわよ。――― あたしのお手製だから安心して? 」
姫鷹が差し出した小瓶を見て、嫌な予感がしながら白夜と蒼狼が「 何ですか?これ…… 」と口を揃えると
「 媚薬! ――― 先生、昔から持ち歩いてるよね? 」と、東天光が和やかに告げた。
( ビヤク? ――― 常備薬……? )
睡蓮は泥めいた言葉に塗れる事無く、小瓶を見て不思議そうに首を傾けた。
「 姫鷹先生って、ある意味 期待を裏切りませんよね。 ――― 他の話は全部流しましたよ?あの方…… 」
「 ――― まあ、医院長に言って解決する問題でも無いし、幸せそうだから良いんじゃないかな……? 」
白夜 と 蒼狼は自分達の部屋がある棟まで歩く中、宮中の色んな壁や通路に飾ってある鏡が気になっていた。
灯りは有るが、夜の薄暗い中では鏡に映る自分の影に 一瞬、気を取られる事も少なくは無い。
「 鏡って、夜は 何か怖いですよねぇ? 」蒼狼が自身の美しい顔を鏡で見ながら呟く。
「 まぁね…… 」
「 で、俺は何時まで御二人に付き添えば良いんです? ――― 睡蓮さん、何だったら俺と部屋を交代しますか? 」
蒼狼の提案に睡蓮は俯いていた顔を上げて、藁にも縋るかの様な表情で彼に返答しようとしたのだが白夜が却下した。
「 お前が俺達の部屋に来るのはどうかな? ――― 寝台を運び出してさ 」
「 はぁ!? ――― それ、睡蓮さんは嫌でしょう? 只でさえ、白夜さんが一緒なのに! 」
「 いえ、二人になるよりは……! 」と、睡蓮まで白夜と一緒になって自分を引き留めるので、結局、蒼狼は 就寝する迄は付き添う事になった ――― 。
部屋に戻り、睡蓮が入浴中なので白夜と蒼狼は部屋の外の通路に腰掛けて会話を続けている。
「 白夜さん、七日間ずっとは勘弁して下さい……! 貴方が彼女に何もしなきゃ何も起きないんですから…… 」
「 何かする訳 無いだろ!? ――― 唯、二人きりで あそこ迄 照れられてしまうと……こっちまで照れる。 」
「 良い機会だから、本当の妹みたいに何でも話せる仲になれば良いじゃないですか? ――― あなた方のモジモジする姿を見せられる俺の身にもなって下さいよ……。 」
( 妹みたいに話せる仲か…――― )白夜は、桔梗 が 睡蓮に嫉妬して泣いていた顔を思い浮かべながら腕を組んで俯いた ――― 。
( ――― どうして、こんな事になってしまったの……!? )
着替え終わった睡蓮は、部屋の中を見渡して目眩を起こしそうな気分だった。
綺麗で広々としてはいるが、寝台は二つ在る ――― 。
( 女王様はお礼って仰られてたけど、何故これがお礼に…―――!? )
何名かの人間が自分と白夜を兄妹と思っている事も腑に落ちないでいた。
睡蓮は、何となく 桔梗の髪飾りを寝台と寝台の真ん中にある小さな台の上に置いて、白夜と蒼狼を呼びに扉のほうへと向かった ――― 。
「 じゃあ、浴室は使うね ――― 蒼狼も湯浴みを終えたら また来るそうだから… 」――― 白夜は誤魔化した様に笑うと、そそくさと浴室に消える。
睡蓮は二人を待つ間、枕を抱きしめて寝台の上に座ると、今日の出来事を思い返しながら宮中に響く海の音を静かに聞いていた ――― 。
不思議と白夜の邸よりも、今いる部屋のほうが安心できる様な気がして彼女は少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。
( あ… 勝手にこちらに座ってしまったけれど、良かったのかしら……? )
「 睡蓮? ――― 寝てるの? 」
湯浴みを済ませた白夜が寝間着姿で浴室から部屋に戻ると、睡蓮は枕を抱きしめたまま眠ってしまっていた。
( ――― 何か 久し振りだな、この光景……。 )
もう一台の寝台に座り、眠る睡蓮と 台の上に置いてある桔梗の髪飾りを交互に見つめると、白夜 は 桔梗の髪飾りを手に取った ――― 。
( ――― 桔梗… 元気にしてるだろうか……? )
―――――― と、其処に扉を叩く音が ――― 蒼狼である。
「 ごめん、蒼狼 ――― 睡蓮がもう寝ちゃって…… 」
「 はぁ? もぉ~!! 全然 どおって事 無いじゃないですか!? ――― それじゃあ、御二人でゆっくり休んで下さいよ?おやすみなさい! 」
「 お休み。 」
白夜は蒼狼の後ろ姿を見送ると、睡蓮に布団を掛け ――― 置いてあった香を焚くと、角燈の蝋燭を消して自身も眠りに就いた ――― 。




