「 蓮華の花守 - 部屋割 」(五)
「 変な手の繋ぎ方……! 」 ――― 花蓮女王は湯船の中で吐き捨てる様に呟いた。
宮中の視察が終わり、此れ迄と同じ様に女官達が見守る中で湯に浸かっている ――― 。
「 ? ――― 何のお話でしょう? 」皆を代表するかの様に珠鱗が訊ねると「 睡蓮 と 白夜よ…! どうして、あんな風に手を繋ぐの? 」と、女王が睡蓮のほうを見つめた。
「 え…? ――― どうしてと言われましても…… 」睡蓮は返答に困って言葉に詰まる。
視察( 晦冥 )の疲れから、此れ迄と違い、此の日の彼女は早く女官の務めから解放されたいと願っていた。
「 どんな風に繋いでたの? 」と、緋鮒 が 睡蓮に訊ねると「 こう…… 」と花蓮が湯船の中から手を伸ばして緋鮒の手首を掴む。
「 はは……今ちょっとビックリしましたよ、女王様…… 」と、緋鮒 は 花蓮女王が此れ迄と少し違う様な印象を覚えた ――― 。
睡蓮が付けている髪飾りを目にした蝶美 が 桔梗の話を思い出し、「 カノジョいるからじゃないですか? 」と口にすると「 ――― いるの!? 」と、花蓮女王は驚いた表情と黒々とした澄んだ瞳で 睡蓮のほうを見つめた。
「 はい…! 」
「 じゃあ、なんであなたの手なんか握るの……!? 」と、花蓮は今度は白夜に対して不快感を表情に表す。
「 それは…――― 私が手を引いて貰わなければ歩けなかったから……だと思います。」
「 どうして? 」
「 え……それは ――― 」
" 晦冥が居たから " とは言えず、 睡蓮が再び言葉に詰まると「 風邪気味だからだよね? 」と蝶美が " 当たり前でしょ? " と顔に浮かべて口にし、「 そうそう、そうだったわ! 女王様、そろそろ おあがり下さい!――― 睡蓮は、今日はもう休んで良いから しっかり治して! 」と、紅魚が姉か母親の様に有無を言わせず少女達の会話を終了させた。
此れ迄と同じ様に蝶美が御機嫌で女王の髪を整えてる最中、睡蓮 は 何処の部屋を使えば良いのか珠鱗に訊ねてみる事にした。
「 あら!ごめんなさい!そう言えば、お報せして無かったですわね…!? ――― この後、ご案内いたしますわね。 」
「 はい…!お願いします。 」
「 ――― 珠鱗、 睡蓮の部屋替わったから。」
「 え? 」 ――― 唐突な女王の言葉に、珠鱗 も 睡蓮も目を見開いて驚く。
「 本当は、今日のお礼のつもりだったんだけど……私、間違えたかも? 」 ――― と、女王は背後に立っている睡蓮のほうに身体を向けて、瞳を潤ませ申し訳無さそうな顔をした。
「 あの、それで 私はどちらに…――― ? 」
兎に角、自分の居場所を白夜 と 蒼狼に伝えなければと睡蓮 が 花蓮女王に場所を訊ねると、女王は「 外に案内役が待ってると思うから、その人に聞いて? 」と、素っ気無い様子で 再び睡蓮に背を向けた。
「 あ!来た来た ――― 睡蓮! 」「 睡蓮! 」
日中の通常の女官の務めが終わり ――― 睡蓮 が 珠鱗と共に女王の部屋を出ると、夜間の見張りを務める翡翠 と 桃簾が彼女達を待ち構えていた。
――― 彼等の居る通路には、白夜 と 蒼狼、藍晶の姿もある。
「 ほら、愛しの妹が来たぞ? ――― 宮中に泊まる時も迎えに待つとは、君は結構 過保護なのだな。」と、翡翠 が 白夜にニヤニヤ笑うと( 妹…? )と、声には出さないが珠鱗が不思議そうな顔で睡蓮 と 白夜を見つめる ――― どう見ても二人の顔は似ていない。
「 でも、良いじゃない! ――― 僕も、意地悪よりも優しい兄上のほうが好きだよ? 」
桃簾が幼い少女の様に愛らしく笑って張り詰めた空気を柔和させたかの様に見えたが、手にしている 彼よりも大きな金属製の鎚を今にも落としそうで恐怖を誘う ――― 。
「 睡蓮 、君の使う部屋を案内するから僕に付いて来て? ――― 場所を把握してて欲しいから珠鱗も来てね。 」
「 藍晶さんが……? ――― 承知しましたわ。 」と、女官の睡蓮の部屋を晦冥の配下の藍晶が案内する事について珠鱗は疑問に思いながらも指示に従った。
「 睡蓮、俺達も一緒に行くから 」
「 なんで、睡蓮さんの部屋にこんな大人数で行くんですかね? 」
白夜 と 蒼狼 ――― 彼等もまた、 藍晶・・・と、言うよりも女王と晦冥の指示で睡蓮の部屋に向かう様に云われており、まるで、自分達の心の中を読まれているかの様で挑戦的でもある流れに気味の悪さを覚えていた。
「 またね!睡蓮 」「 また会おうねぇ~!睡蓮!! 」
( 翡翠さんは覚えているけど、あちらの方はどなた……? )
親し気に名を呼んで来る桃簾に困惑しながら、睡蓮 は 白夜達と共に藍晶の後ろを付いて行った ――― 。
「 ご挨拶がまだでしたわね? 私は 珠鱗と申します。――― 女王陛下の女官の皆様の女官長を務めております。 」
「 白夜です。睡蓮がお世話になっております。 」
( この人が睡蓮に見覚えがあると言った女官か…――― )と、白夜は彼女の姿を覚えようと 珠鱗をしっかりと目に焼き付けた。
「 僕は、 蒼狼と申します。 」
「 白夜さんがお兄様と云う事は、 蒼狼さんが睡蓮さんの恩人と云う事で宜しいのでしょうか? 」
「 ? ――― 恩人? 」と、白夜 と 蒼狼が声を揃えたので睡蓮は頬を紅に染めて、大慌てで「 珠鱗さん!それは今度 私がご説明します!! 」と会話に割って入った。
「 あら!うふふ……睡蓮さんは恥ずかしがり屋さんなのですわね?失礼致しましたわ。 」と、珠鱗は楽し気に微笑んだが、以前 蝶美が口にしていた言葉を忘れ 蒼狼 が 睡蓮の恩人だと完全に勘違いをしてしまっている。
一同が暫く談笑しながら進むと、藍晶が立ち止まった場所は王族の居住棟の隣 ――― 東の棟にある一室だった。
「 俺達の部屋がある棟だけど……? 」 蒼狼 が 藍晶を睨みつけると藍晶もまた、蒼狼を睨みつけた。
「 この棟は、元々 侍従が臨時で使う棟だから他の部屋は誰も使っていない。 ――― 君達三人は " 家族 " と " 知り合い " なんでしょう? 貸し切りだよ? 何が不満? 」
「 最初は私達と同じ棟の予定でしたのに、何故こちらの部屋になったのかしら? 」珠鱗が素朴な疑問を呟くと「 晦冥様が " 家族水入らずのほうが良いだろ? " ――― ってさ。 」と、藍晶は夢見る様に晦冥の姿を浮かべて微笑んだ。
( まあ、近くに居てくれる方が良いから これは素直に従う方が良いな…――― )と、思いながら「 ここが睡蓮の部屋? 」と 白夜 は 藍晶に訊ねた。
「 ――― いいや、ここは君と睡蓮の部屋だ。 」
「 えっ!? 」――― 睡蓮 と 白夜は思わず声を揃えて驚愕の表情になったが、珠鱗は「 まあ!お兄様と一緒なら何も心配要りませんわね! 」と微笑み、蒼狼も「 そうですね、それなら安心だ! 」と、軽い調子で白夜の肩をポンと叩いた。
「 じゃあ、僕は戻るから ――― 何かあったら呼びに来るけど、また明日ね。」藍晶が微笑んだ表情で去って行き「 私も何かあったら呼びに参りますけど、何事も無ければ夜間はお邪魔致しませんから ゆっくり休まれて下さいませね。 ――― また明日! 」と同じ様に珠鱗も微笑んで去って行った。
「 ……じゃあ、俺も自分の部屋に ――― 」
「 行くなっ!! 」 ――― 「 行かないで下さいっ!! 」
――― 去ろうとした 蒼狼 の 衣の両裾を睡蓮 と 白夜は蒼白と紅を浮かべた表情で同時に掴んで彼を引き留めるのだった 。




