「 姫鷹の義足 」
「 こんな所に突っ立ってるだけじゃ体も剣も鈍りますよね……俺達に見張りさせるのって、態となのかな? 」と、女王の部屋の前の見張りを行いながら蒼狼がぼやくが、白夜の頭の中は現在、桔梗 と 睡蓮が占拠しているので聞いていない。
「 どうにか、晦冥様の部屋を探せないかな……見張りが立ってるのかな……?――― 白夜さん?聞いてます?」
「 !? ――― ごめん、聞いてなかった。 」
「 どうしちゃったんですか!? 今日の白夜さん変ですよ? 」
「 うん……ちょっと。 」
「 そう言えば俺、昨夜は 蓮 様の夢を見たんですよ! 」――― 言いながら、蒼狼は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「 へぇー…偶然だな ――― 俺も こないだ見たよ。 」
「 花蓮様に不満がある訳じゃ無いけど、 蓮 様が生きてる時に宮廷に仕えたかったなぁ…… 」
「 解るよ。 ――― 夢か……そろそろ寂しくなる頃だもんな。 」と、遠くを見ながら白夜は自身の母親が亡くなった日の事を思い出していた ――― と、視線の先に見覚えのある女性の影が現れる。
「 あれ?姫鷹先生じゃないですか! おはようございます。 」蒼狼が爽やかに姫鷹に頭を下げる。
「 やだぁ!あなた達、あたしを追いかけてこんな所にまで ――― !! 」
「 いや、仕事してるだけです。 」白夜 と 蒼狼は微笑んだ表情だったが感情の無い声を揃えた。
「 じゃあ、あたし達は運命でぇ ――― ! ごめん、遊んでる暇 無いの。花蓮様の健診に来たのよ、通して? 」姫鷹は途中で飽きて真顔で告げた。
「 どうぞどうぞ。 」と、姫鷹を誘導する様に白夜は両手を奥の通路のほうへと伸ばす。
「 御自分が遊んどいて…… 」 ――― 蒼狼は苦笑いで姫鷹の足下を注視した。
片脚が義足の彼女は医院から診察具を持ち、杖を突きながら女王の部屋に通っており、姫鷹本人は口にはしないが 正直、行き帰りが彼女の身体の負担になっている。
白夜 と 蒼狼の様に、医院から此処までの距離を知ってる者から見れば、姫鷹本人の言葉を聞かなくとも 負担になっているのは一目瞭然であった。
「 医院長、実は 睡蓮 が 花蓮様の ――― 」
「 知ってる!秋陽先生に聞いた ――― 昨日 医院に来たの。 」
女王の私室にて、睡蓮は口には出さないが( 御一人で入浴したほうが早いような気がするのだけど……王様とは、こういうものなのかしら……? )と 湯浴みの手伝いについて、やや疑問に思っていた。
朝・夜・場合によっては昼間も入浴する女王を複数の女官達が介助する ――― 睡蓮には、其れは何だか可笑な光景の様に思えていた。
「 お寒くないですか? 今日は、間もなく姫鷹医院長がいらっしゃいますので薄着のままお待ち下さいね。」
――― 紅魚が優しげに女王に声を掛けると、女王は無言で頷いた。
( 姫鷹先生!? ) ――― 睡蓮は思わぬ知人の名に心を華やがせる。
「 噂をすれば、いらっしゃいましたわよ! 」珠鱗 が 姫鷹の手を引きながら部屋に入って来る。
「 よっこいしょ、失礼しまーす! ――― あら、マジでいるじゃないの 睡蓮ちゃん 」
「 おはようございます!姫鷹先生 」睡蓮が姫鷹に頭を下げると紅魚が「 姫鷹医院長とも知り合いなのっ!? 」と驚愕の表情を浮かべる。
「 睡蓮ちゃんも医院に通っているのよ。 」 ――― 姫鷹は睡蓮の事も自分が診ているとまでは口にしなかったのだが「 はい! 私も先生に ――― 」と、睡蓮が自分で説明しそうになったので、直ぐに睡蓮の口を塞いで " それは言ったら駄目! " と、小声で睡蓮を真っ直ぐ見つめながら告げた。
睡蓮が女官になってしまった現在、女王の専属医が 女王と同等に女官を扱っているとなれば、自分と 睡蓮の立場が ややこしくなる可能性が大いにある ――― 。
( 晦冥が狙ってるのは、それなのかも…!? ああっムカつく!! あのクネクネ頭!! )
「 ――― 先生にお会いした事がありまして…? 」これで良いのかなと思いながら睡蓮 は 姫鷹の顔を見た ――― これで良いらしい。
姫鷹 と 睡蓮が親し気に話した其の様子を、花蓮は何も言わず、二人を観察する様に ――― 特に睡蓮の姿を眺めていた ――― 。
「 先生、お話されながらで結構ですので、陛下の御健診をお願いできますでしょうか? お見合いが控えておりますので、風邪をひかれてしまっては私 達が怒られてしまいます……。 」苦笑いで珠鱗が催促をする。
「 そうね!失礼しました花蓮様 ――― 始めましょうか。 」
" 花蓮様 " と姫鷹が口にする度に、睡蓮は花蓮の顔色が気になっていた。
怒っている様子も 悲しんでいる様子も無く、何を想っているのか見えない ――― 。
( 女王様は、あまり言葉を口にされない方のようね…――― ? )
「 はい、健康そのもの! もう衣を羽織られて結構ですよぉー 」
「 ……。 」
( 相変わらずね、この娘……。見合い相手にもこうじゃないでしょうね?! ああっ!もう!! 代われるもんなら あたしがっ……!! )
「 睡蓮さん、医院への道をご存じなら 近くまで姫鷹医院長をお見送りして頂いても宜しいかしら? 」
姫鷹 と 睡蓮は知り合いと見た珠鱗が 睡蓮に笑顔を向ける。
彼女も姫鷹の脚については負担になっているのではないかと気になっている一人だ。
「 はい! 」
「 おや、睡蓮さんがお見送りですか? 」
戻って来た姫鷹 が 睡蓮を連れているのを見て、蒼狼は微笑んだが 白夜は少し緊張したのを姫鷹が嗅ぎ付ける ――― 。
「 ……ん? あなた達 また何かあった?! 」
「 ――― またって何ですか? 」
「 何もありません! 」 ――― 白夜に手紙の時の話を聞かれたくなくて、慌てて否定する睡蓮の姿を見て( 何かあったな…… )と、姫鷹は医院に帰ったら葵目 と 東天光と お茶しなければと企む。
「 そうそう、睡蓮ちゃん ――― これ、葵目から預かって来たの。」
姫鷹が睡蓮に手渡した其れは、花柄で桃色の書簡紙 ――― 葵目からの手紙だった。
彼は、女王の令の事を秋陽から聞き、睡蓮の事を心配して その想いを手紙に認めたのである。
( ――― 葵目さんは女性には興味無いんだよな……? )
白夜は、相変わらず縄張りを荒らされている様な気持ちで、睡蓮が好きそうな可愛らしい書簡紙の葵目の手紙を見つめる。
其の気持ちが、桔梗 に纏わりつく他の男を目にした瞬間と同じ気持ちである事は白夜自身、薄々 気が付いてはいる。
( こういうのを止めないといけないんだよな……。 )
「 ありがとうございます…! お返事を書きますとお伝え頂いても宜しいですか? 」
( 返事 書くのか……まあ、書くか。 ――― ? ――― 俺は、睡蓮をどうしたいんだろ……? )白夜は無言で睡蓮を見つめた。
「 睡蓮ちゃん、晦冥…様の近くにいる人間にあまり自分の事を話しては駄目よ。 」
――― 誰か聞いているかもしれないので、小声で、一応、晦冥に " 様 " も付けて姫鷹は睡蓮に忠告した。
「 はい…! 」睡蓮は真剣な表情で姫鷹に返事をしたのだが、直ぐに、何時もの調子で「 そういえば、姫鷹先生達はお昼のお食事はどうされていらっしゃるのですか? 」と姫鷹に訊ね始めたので 白夜 と 蒼狼は ――― 特に白夜は嫌な予感がする。
「 睡蓮、それ以上は ―――… 」
―――――― " 私と白夜さんと蒼狼さんは食堂に行く "
其れを聞いた姫鷹が、其の日の食堂に態々杖を突いて現れては白夜の隣に座ったのは言うまでも無い。




