「 睡蓮の記憶と花蓮の記憶 」
「 ――― と、云う訳で御二人は夫婦も同然なんですよ。 」
「 それ マジなの!? 睡蓮、やるぅ~! 」
「 おい、デタラメを教えるな! 」
蝶美に『 一緒に住んでいる理由 』を聞かれ、瞳をぱちぱちとさせて言葉を失った白夜と睡蓮の代わりにテキトーに答えた蒼狼が案の定、白夜に怒られる。
四名は宮廷にある臣下達が利用する食堂で同じ円卓の席に座って昼食をとっている所だ。
蝶美は、女王の着替えに関する仕事を中心としているので、他の女官達より睡蓮の面倒を見る時間がある ――― と、言うより、彼女は自身と ニ・三歳程度しか歳の変わらない睡蓮の事を " 新しく出来た友達 " と認識しており、単に 仲良くしようと思ってるだけだ。
「 出鱈目じゃ無いでしょう!? 海の話しますよ!? ――― 痛っ!!」
白夜 は 蒼狼を軽く小突くと、睡蓮のほうを見た ――― 赤くなった顔を両手で覆って俯いてしまっている。
( ――― だと、思った睡蓮! まさか、俺の事をまた避けないだろうな…… )
白夜が心配そうに睡蓮を見つめていると、彼女が「 ……白夜さんには桔梗さんがいますものね? 」と困った様に顔を上げたので白夜は瞬時に凍り付いた ――― 。
( 睡蓮…… やっぱり、あの時 聞いてたのか… ――― )
「 桔梗さんって? 」 ――― 蝶美 と 蒼狼が声を揃える。
「 この髪飾りの持ち主です。 」
「 そうなんだ!? ――― アタシも会ってみたいなぁ…! その人、オシャレでしょ!? 」
「 白夜さん……後で説明してもらいますよ? 」と、女性の事に関しては白夜 は 銀龍と並ぶ逸材と認識した蒼狼は、呆れ顔で呟く様に白夜にそう告げた。
白夜と銀龍じゃ無かったら、彼は剣を抜いて二人を成敗している所だろう。
「 ねぇねぇ、二人は仕事どうだったの? 慣れた? 」
沈黙している睡蓮 と 白夜の二人に全く気付いていない蝶美と、気付いて、少し責任を感じている蒼狼が会話を続ける。
「 ……慣れるも慣れないも突っ立ってるだけなんで ――― 処で、何で通路にあんなに鏡があるんでしょう? 」
「 あぁー…アレかぁ。こないだからだよ? 模様替えかなぁ? キレイだよね! 」
「 花蓮様の御部屋には、晦冥様がいらっしゃる事はあるんですか? 」
「 あるある! て言うか、女王さまのお部屋の近くに晦冥さまのお部屋もあるよ? 」
「 えっ!? あそこ 王族の方々の居住棟じゃ ――― ? 」
「 ? ――― よくわかんないけど、晦冥さまが使ってるお部屋があるのはホントだよ? 」
「 仕事部屋か何かでしょうか? 」蒼狼が深刻な表情で白夜と顔を見合わせて小声で話し始めるが、白夜のほうは小声で話す前から 桔梗 と 睡蓮の事で深刻そうな顔をしている。
「 睡蓮、どしたの? それマズかった? 」――― 食が進んでいない様子の睡蓮を見て、蝶美が心配する。
「 いいえ…! そんな事は…… 」
睡蓮は、単に海で助けて貰った話を思い出し ――― ついでに、夢の中の白装束の男の事も思い出して、隣に座っている白夜の傍から早急に逃げ出したいだけである。
彼女は " 晦冥も女王の部屋を出入りする事がある " ――― と、いう自身にとって重要な話を聞き逃してしまっている様だ。
「 ここ、こないだから料理長さんが変わっちゃったらしいんだよねぇ? ――― アタシも前の味のほうが好きだったんだけどさぁ…… 」
―――――― 酉の中刻(十八時頃)
紅の空に蒼が混ざり始めた夕刻、睡蓮 ――― 女官達は、女王の湯浴みと着替えの手伝いで其の日の仕事は完遂となる。
女官長の珠鱗は夜間も仕えなければならず、現在は見合いの準備もあるので帰れない者もいるが睡蓮の初仕事は間も無く完遂である。
「 ……睡蓮 ――― ここでのお仕事はどうだった? ちゃんと出来そう? 」
自身の身体よりも大きく華美な鏡台の椅子に座り、蝶美に櫛で髪を梳かせながら花蓮 が 睡蓮に話しかける。
「 はい…!何とか ――― 頑張ります! 」
睡蓮の返事に花蓮は楽しそうに「 ふふふ……! 」と、花の様に笑いながら続ける「 あなたはお家に帰るんだったっけ? ずっとお家から通うつもりなの? 」
「 はい…! 」
花蓮は何も言わず、目の前の鏡台の鏡に映る 自分の背後に立っている睡蓮の姿をじっと見つめた。
「 睡蓮さんは、ご自分の恩人 ――― 知人の武官の方のお家に住んでいらっしゃるのですよ! 」と、珠鱗が睡蓮と花蓮の両方を見ながら微笑む。
「 知人の武官……? 」 ――― 花蓮は、思わず眉を顰めた。
彼女は、白夜に関する記憶を湯浴みで洗い流したかの様に綺麗サッパリ忘れてしまっており、其れが誰の事なのか本気で見当もつかずにいた。
「 そうそう!白夜さんって言って、今日から晦冥さまに仕えてるそうですから女王さまも そのうち会えますよ? 」微笑みながら蝶美 は 花蓮の洗い立ての美しい黒髪を整え終わる。
「 どうして、その人の家にいるの? 」 ――― 本日、睡蓮とあまり接点の無かった緋鮒が素朴な疑問を問うと「 その方のお父様が診療所の先生でお世話になってるんですって! ――― 睡蓮、過去の記憶が無いらしいのよ。 」と、紅魚が睡蓮に聞いたままを答える。
「 え…?そうなんだ……睡蓮ちゃん、見かけによらず苦労してるっぽいね…… 」緋鮒は瞳と口を大きく開き、ぽかんとした表情で睡蓮を見つめた。
―――――― " でも、どうして そのような身元不明者が陛下の女官に……? " と、
緋鮒、紅魚 ――― そして、僅かに珠鱗までも思ったが、睡蓮を蔑視する様な物言いにもなり ――― そもそも彼女を女官にしたのは女王の考えと聞いているので 、三名はその想いを胸に秘めた儘 花蓮 と 睡蓮の両者を見つめた。
「 ……何も覚えてないの? 」 ――― 何時もの呟く様な細い声で花蓮が訊ねる。
「 !? ――― 私ですか? はい、何も…… 」
返答しながら、睡蓮は女王の部屋への通路に既視感を覚えた事を思い出したが口にはしない。
花蓮は何も言わず、目の前の鏡に映る 自分の背後に立っている睡蓮の姿を不安げな瞳で見つめ続けた ――― 。




