「 夢の中の誰か 」
「 とんでもない手紙が届いてしまったのう……。 」
夕刻 ――― 、白夜の邸では睡蓮、白夜、秋陽の三名が食事をする台の上に女王の命令書を広げ、まるで、通夜か葬式かの様に暗く沈黙していた。
外は雨が降っており、静かになると波の音と雨風の音が響き、まるで嵐の中に居るかの様な錯覚さえ覚える ――― 。
「 ごめん、睡蓮……断りきれなかった。 」
「 この文書の前では仕方あるまい……。本来ならば、二人の出世を喜ぶべき所なのじゃが……。 」
「 ……。 」
「 ……。 」
「 ……。 」
呆然として言葉を失った状態の睡蓮は、自分を見て怯え泣いていた花蓮女王の姿を思い返していた ――― 。
( あんなに怯えていらっしゃったのに、私をお近くに……? お詫びと仰られているけど、私は 女官になる事なんて望んでいないのに…… )
女王の女官になると言う事は、それだけ 晦冥と会う機会も増えるかもしれない。
彼の近くに、行きたくないのに行かなければならない・・・・――― 女王は事情を知らないとは云え、睡蓮は女王の命令に理不尽さを感じていた。
白夜 と 蒼狼が 晦冥の直ぐ近くに身を置く事態になってしまった事にも責任を感じている ――― 。
「 あの……ごめんなさい、白夜さん。 」
「 ? ――― 何の事? 」
「 もし、あなたや蒼狼さんに何かあったら…… 」睡蓮は悲し気な表情で自身の掌を ぎゅっと握り緊めた。
即位式の黒い矢が 晦冥の呪術による物なら、次は二人が狙われる可能性も無いとは言い切れない。
「 大丈夫だよ!? 俺等は何か起きた時に、何とかする為に宮中にいるんだから! ――― 俺等の事より、ちゃんと自分の心配をするんだ 睡蓮。これは、どう考えても 晦冥様の仕業だ……。君を守るつもりではいるけど、俺達は ずっと君の傍にいられる訳じゃ無いんだから…… 」
――― 白夜のその言葉を聞いて、睡蓮は 慌てて彼に頭を下げ始める。
白夜 と 蒼狼の事を " 弱い " と言ってしまった様に伝わったのだと勘違いしたのだ。
「 ごめんなさい…!!白夜さん と 蒼狼さんのお力を疑ったつもりは無かったのですが……失礼いたしました…! 」
「 否、そんな事は気にしなくて良いし、怒ってないよ? ――― 睡蓮、絶対に晦冥様と二人きりになるな。あの人の 直ぐ近くにいる人達の事も信じちゃ駄目だよ? ――― 花蓮様にも……一応、用心したほうが良いと思う。 」
睡蓮は真剣な表情で白夜の瞳を見つめ、無言のまま頷いた。
白夜は " もしかして、俺は怒りっぽい奴のように思われてるのか? " と、睡蓮への接し方について悩み始める ――― 。
( 睡蓮は、東雲 や 葵目さんには懐いてるんだよな……。 )
「 そういえば、こないだ 花蓮様に付いている女官から見覚えがあると言われたと言っておったのう? 」
「 ええ。 」 ――― 睡蓮は 珠鱗の姿を思い浮かべながら、秋陽の問いに答えた。
「 一緒に過ごせば、お主かその娘か…どちらかが何か思い出すかもしれん? 悪い事ばかりでは無いかもしれぬな…… 」
「 蒼狼も、最初は困惑してたけど " 行方不明者の件を探る " って言って、張り切ってたよ? 」
「 そうじゃな、それも奇妙な話じゃからな…… ――― それにしても、花蓮様は何故、あやつを傍に置かれるのか…… 奴に唆のかされておるのかのう……? 」
――― 秋陽 と 白夜は、其々腕を組んだ状態で溜息を吐いた。
睡蓮は 逃げ出したい気持ちを押し殺して、そのまま夜を過ごし ――― 布団の中に入っても なかなか寝付けずに朝が来るのを待った。
―――――― 其の後、何時の間にか眠りについた睡蓮は、また夢を見た。
誰かが自分を抱きしめている夢だ。
腕の中に居るので相手の顔は見えないが、肩と二の腕の部分が睡蓮の瞳に映し出されている。
夢の中の睡蓮は、白い衣装に包まれた其の腕が 男性の腕である事だけは理解出来ていた。
白夜の様に鍛えられた腕では無いが、東雲 や 光昭、蒼狼、葵目、春光とも違い、秋陽とは 年齢も違う ――― 。
だけど、間違い無く 自分が知っている人物の腕であると感じていた。
――― 足下には、たくさんの 白い蓮の花が水面から大きく姿を突き出して咲き誇っている。
「 …ず……か…な。 」
其の男性が何か言葉を口にした所で睡蓮は夢から目覚め ――― 目覚めて直ぐに夢の記憶は薄れてしまったが、男性に抱きしめられている夢だった事は覚えており、睡蓮は布団の中で恥ずかしさに身悶えした。
( ……でも、何故かしら? とても安心できる……幸せな気分の夢だった。 )
自分の過去の記憶なのだろうかと考えながら、睡蓮は 安心感に包まれたまま ――― 再び深い眠りへと入って行った ――― 。




