「 蓮鶴 」
――― 翌朝、白夜達 武官は王宮の水場にやって来る 黒い旅鳥の捕獲を任じられる。
「 ……白夜さんが欠伸なんて珍しいですね? 」と、どうやって鳥を捕獲しようか考えながら、蒼狼が白夜の顔を眺める。
「 そう? 」
「 昨夜は、睡蓮さんを慰められたとか? 」
「 だから!!睡蓮と俺はそういうのじゃ無いから…… 」
「 まあ、そういう事にしておきますよ。――― 処で、こいつらどうします? 」
――― " 鳥は殺しても、生かしたままでも良い " 兎に角、全てを捕獲するようにと命じられている。
「 何で、俺達が捕獲しなきゃならないんだ? 庭師とかの仕事だろ!?」銀龍がぼやきながら白夜達に近づいて来る。
「 武器を持ってるかららしいですよ? 」
「 なんだそりゃ!? 俺には鳥を殺す趣味はねぇぞ…… 」
「 でも、彼方の方々は抵抗無いみたいですね……。 」
白夜 と 銀龍 が 蒼狼の視線の先を見ると、手当たり次第に旅鳥や野鳥達を斬り捨てている武官達の姿があった。
他にも、所々に弓矢や槍を躊躇無く突き刺している者達もいる。
宮中の水や花、石畳が 次々と鳥達の赤い血に染まって行く・・・・――― 。
「 唐揚げは好きだが、俺には無理だ! 」銀龍は赤く濁る水を見て、顔を顰めてそう言った。
「 捕まえてどうするんだろ。食えるの?こいつら…… 」
白夜は 黒と白の羽を持つ鳥 ――― 一羽の『 蓮鶴 』の姿を見つめた。
蓮鶴は、湖や池などの水のある場所で生息する、蓮や睡蓮の在る所には必ず現れる旅鳥だ。
「 ……呪術って、生贄使うとか言いますよね? 」蒼狼の言葉に、彼と白夜は眉を顰めて顔を見合わせた。
「 白夜さん、やっぱり銀龍 殿にはお話しませんか? 睡蓮さんの事じゃ無くて、行方不明者の件だけでも。 」
「 ……う~ん、そうだな。 」
白夜と蒼狼が小声で話す中、銀龍は容赦無く鳥を斬り殺す盈月の姿を目にし、若干 引いていた。
( あいつなら殺ると思ったが……あそこまでとは… )
其の 盈月の近くに、蒼褪めた様子の佳月がいる事に銀龍は気付き、自身に声を掛けようとした白夜達に気づかずに彼女のほうへ歩き始める ――― 。
「 行っちゃった……。 」
「 後から言えば良いさ ――― まずは捕まえよう。 」
「 おい、佳月 ――― 大丈夫か? 」
「 ! ――― はい、大丈夫です! 」
「 無理に殺さなくても良いんだ。抵抗があるなら向こうに行けよ? 似たような考えの奴らがいるから…… 」
「 ……いえ、大丈夫です!どこをどう斬れば良いのか迷ってただけですから! 」
「 そりゃお強い事で……。 」
「 これぐらいで泣き事を言うのはお前ぐらいだろう? 」
殺した野鳥を手にした盈月が笑みを浮かべて銀龍のほうへ振り返る。
「 結構、いるぜ? 泣き言仲間。 」
親指で反対側を指した銀龍が言う通り、何時の間にか武官達は「殺す者」と「殺さない者」とで広場の左右に別れていた。
「 あ!晦冥様…… 」
佳月がそう呟いたのと同時に、晦冥が現れた事に気付いた武官達は次々と彼に敬礼を始める ――― 。
其の様子に微笑みながら晦冥は彼等の中央を通り、此の日も 一際目立って見えた 白夜の姿と、彼の隣に居る自分好みの青年の姿を真っ先に瞳に映し出す。
「 白夜…! 丁度良かった、君を探していたのだよ。 」
「 ……どのような御用でしょうか? 」
白夜も蒼狼も、以前の様な気持ちで晦冥を見る事が出来なくなっていたが、彼に悟られないように平静を装った。
蒼狼は、晦冥が やけに自分のほうを見る様な気がして不審に思い始める。
「 これを睡蓮さんに渡して欲しい。花蓮様…――― 女王陛下からの令旨だ。 」
晦冥が白夜に渡した「令」と呼ばれる文書 ――― 其れは、女王直々の命令書である事を意味する。
「 睡蓮にですか!? 」
「 昨日のお詫びに、睡蓮さんを自分付きの女官にされたいそうだよ。 ――― 解ってはいると思うが……睡蓮さんに選択権は無い。可能なら明日から仕えて欲しい。 」
家移りの時もおかしいと思っていたが、今回も晦冥に都合良く動いてるかの様な花蓮女王に白夜は睡蓮を渡してはいけないと直感した ――― 。
「 畏れながら…! 彼女は過去の記憶を失くしておりまして、花蓮様の女官が務まるとは思えません。どなたか別の方をお選び下さい。 」
白夜と晦冥の会話に、他の武官達が何事だと言う様な顔で二人の姿を見つめる。
白夜の真横にいる蒼狼は、昨日 医院で聞いた話は 真実なのだと 改めて思い知らされていた。
「 優秀な女官なら足りているから心配は要りませんよ? 若い彼女は花蓮様のお話し相手になれば其れで問題無い。 ――― それに、御見合いの件で もう何人か 直ぐに女官が欲しいのだよ。蓮 様が 直々に御選びになった君の妹ならば私も安心だ。これは女王陛下の御命令なのだよ? 従うしか無い。 」
全てを見透かしているかの様に微笑む晦冥と、彼を倒すべき敵かの様に鋭い目つきで静かに見続ける白夜の向かい合った姿に、勘の良い者達は一触即発の闘いの気配を感じ取っていた ――― 。
「 でしたら、俺も 睡蓮… ――― 花蓮様の御近くに配属して下さい…! ――― 蓮 様には、花蓮様にお仕えする様に言われておりました。お約束を果たしたいと思います。 」
白夜の言葉に、晦冥は無表情で何かを考えてる様子で黙り込み、蒼狼のほうを見つめた ――― 。
「 構いませんよ……白夜 ――― それと君。 ――― 君も 蓮先王に選ばれた剣士でしたよね? 二人を 私の直属の配下にしてあげましょう。」
「 え!? 俺もですか……!? 」
普段、初対面に近い者 ――― 特に、目上の者には " 僕 " を使うようにしている蒼狼は、思わず " 俺 " と口にした事を気付かぬ程に驚いた。
「 楽しみにしておりますよ 」 ――― 白夜 と 蒼狼にそれだけ告げると、晦冥は 『 鳥を殺している者達 』と 『 殺していない者達 』を見比べて、そのまま殺していない者達が集まっている側を視察した。
「 落ちている羽も一本も残さず集めて下さいね。一番 必要なのは羽ですから…… 」
微笑みながら鳥を殺め無かった武官達にそう告げると、晦冥は 石畳の上に倒れている一羽の蓮鶴の屍を憐れむ様な瞳で見つめた。




