「 花蓮と晦冥の夜 」
「 あ… 葵目さん ――― 私は葵目さんの事 好きですよ? 」
長い話が漸く終わり ――― 念の為、高ぶった神経を落ち着かせる薬を処方して貰った睡蓮は、帰り際に微笑みながら葵目に声をかけた。
「 あ…ありがとう……! 私も睡蓮さんの事 好きですよ…! 」
微笑みながら見つめ合っている睡蓮 と 葵目の傍から見たら男女による愛の告白の現場を、内心、複雑に思いながら白夜は固まった様な笑顔で見守った。
( 問題無い、問題無い……俺には桔梗がいるし問題無い!! )
( 動揺してるな…… )――― 東雲は呆れ気味にだが、蒼狼 と 姫鷹は白夜のほうを見て、少し楽しみながら心の中でそう呟いた。
因みに、東天光は 葵目 と 睡蓮の美しい友情(?)に 眼鏡を外して涙を流している。
「 あ! これ白夜くんに♪ ――― あたしの専門分野だから何でも聞いて? 」
「?」
白夜 は 姫鷹から渡された書物の題名を見ると、見なかった事にして 直ぐに 彼女に突っ返した。
―――――― 『 房中術 』。
( ※房=寝室。性生活の技法書。)
全員は『 晦冥の事 』、『 黒い矢の事 』、『 行方不明者の事 』等を、次に会う時も情報交換する約束をして、思い思いに心の中で纏めながら解散した。
これで 睡蓮の置かれた状況を知る者達は、白夜、東雲、桔梗、秋陽、日葵、春光の他に姫鷹、葵目、東天光、蒼狼の計十名と 紅炎の一頭となった ―――――― 。
「 ――― そうか…そのような事があったのか…… 」
白夜、睡蓮、東雲、そして、蒼狼は 白夜の邸に帰ると、畳のある茶室で秋陽にも晦冥や医院での話を伝えた。
「 まさか、あの葵目という者が 女性の心を持っておったとは……! 」
「 そこかよ ――― !? 」と、白夜の突っ込みに秋陽が声を上げて笑った様子を見て、睡蓮も ほっとして笑みが零れる。
睡蓮は、白夜 と 秋陽と一緒に暮らすようになってから、親子による此の何でも無い日常のやり取りを見るのが 一番 好きだった。
「 お前も 何時になったら帰るつもりだ!? 」
「 いや、こうなったら とことん首突っ込もうかなと思いまして ――― 」
白夜の問いに蒼狼は出されたお茶を飲みながら答えた。
「 ご家族と一緒だと、こういう住まいで暮らせるのかぁ…――― 良いですね! 俺は 寄宿舎なんでガチャガチャしていますよ。 ――― まあ、其れは其れで楽しいですけど 」
「 良い良い、お主も東雲も夕飯も一緒にどうじゃ?今日は儂が作るか……――― 」
「 いえ、仕事があるので 少ししたら帰らせて頂きます。 」東雲は、 秋陽の言葉に被せ気味に即答した。
「 あ! 洗濯物と紅炎のご飯! 」
「 いいよ、睡蓮。今日は俺がやるから…――― でも、自分の分だけ取り込んで? 」
「 いいえ!私が ――― ! 」
睡蓮と白夜が譲り合う様子を見て、蒼狼は小声で東雲と秋陽に探りを入れ始める。
「 あのー…睡蓮さんって、白夜さんの妹さんじゃ無いんですよね? 」
「 うん、話せば長くなるんだけど…――― 」
「 海で見つけた時の話だけすれば良かろう ――― それが一番 早い。 」
――― 子の下刻 ( 午前零時過ぎ )
水底の様な夕闇の色が、黒く闇で染まった其の夜 ――― 花蓮女王は自身の寝台の上に、薄衣一枚で自慢の美しい両脚を伸ばして優雅に寛ぎ、女官達に手入れさせた足指と爪の確認を入念に行いながら睡蓮と出会った瞬間の記憶を鮮明に蘇えらせ、苛立ちを隠せないでいた。
直に、何処にあるのかも知らない国の第三王子 や 第四王子やらと続け様に見合いをしなければならない事も彼女の心を酷く苛立たせている。
女王は、誰かと結婚する気も無ければ 婚約する気も無く ――― 怠惰な時間に終わると分かりきっている見合いが面倒で仕方が無かった。
それに、人前に出るのは避けたいと女王は考えている。
だが、信頼している晦冥が見合いだけはする様に言ったので乗り切るしかない。
乗り切る為には・・・――― そう考えた瞬間、花蓮は ある方法を思い描き、実現させる事を決める ――― 。
「 …… 誰か? 誰かいる? 」
「 女王陛下 ――― 如何なさいました? 」
女王の部屋の前の見張りを務めている、若く麗しい男の武官が花蓮の絹糸の様に細い声に気付き、廊下の奥 ――― 少し遠くに佇んでいる彼女に膝まづいて返事をする。
「 彼を呼んで欲しいんだけど…… 」
「 はっ! 直ちに ――― 。 」
――― 四人居た 見張りの一人が晦冥を呼びに彼の部屋へ向かう。
見張りの務めを放棄する事には為らないので心配は要らない。
彼の部屋は女王の部屋の間近く――― 王族の居住棟に在るのだ。
「 このような闇深い時刻に困りますね…… 」
寝間着のまま部屋を出たくなかった晦冥は、何時もの様に彼好みの煌びやかな布地を寝間着の上に羽織って花蓮の部屋を訪れた。
自身の寝室には、宝石の様な色取り取りの少年達を待たせてあるので、彼は手短に終えて戻りたいと考えている。
「 お話したい事が…… 」
花蓮は部屋の扉を慌てた様子で無作法に閉め、晦冥と二人きりになったのを確認すると、彼にある提案を始めた ――― 。




