「 睡蓮花 - 長い一日 」(三)
「 矢が 呪術による物だったとしても、睡蓮が狙われた理由は何だ……? ――― あの光昭とか言う奴の手を見たろ?下手すれば睡蓮は…… 」――― " 殺されていた " ・・・と言おうとして、白夜は東雲に言った 其の言葉の最後の部分を、睡蓮を怖がらせたくは無いので本人の前で口にはしなかった。
「 それに、即位式の時も さっき会った時も 晦冥様は睡蓮の事を知らない素振りだった。 」
「 疚しい事があるから嘘を吐くんでしょうよ? 」 ――― と、白夜の言葉を姫鷹が斬り捨てる。
彼女は、睡蓮 と 晦冥は知り合いで間違い無いと考えている。
そして、姫鷹の 此の言葉に葵目は僅かに動揺していた。
「 彼が隠したい何かを、記憶を失くす前の睡蓮が知ってるとか……? 」――― " でなきゃ、命まで狙わないだろ "・・・・と続けるのを東雲 も 睡蓮を想って、本人の前で口にはしなかった。
「 私とあの方が知り合いだとしたら……どこでお会いしたのでしょう…!? ――― あの方は、私の過去をご存じなのでしょうか…… 」
もし、 晦冥が自分の事を知っていたとしても、彼に話を聞く気にはなれない・・・――― と言うより、彼に話を聞くなど 恐ろし過ぎて自分には出来ないだろうと睡蓮は俯いた。
( ここまで恐怖を感じるのは、確かに あの方の事を私は知っているのかもしれない…… ――― せっかく、私の過去の手掛かりが見つかったのかもしれないのに どうすれば…… )
「 もしかしたら、睡蓮さんって……… 」 ――― 葵目が言いかけて止まったので白夜が続きを訊ねる。
「 あの、それは最後まで言って頂けますか……? 」
「 ごめんなさい…! 睡蓮さんは宮中に居たんじゃないかしらって思って…… 」
「 葵目、地が出てるわよ? 」――― 姫鷹の言葉に葵目は " しまった! " と、言った表情で両手で口元を覆った。
彼は通常、女言葉で話す男性で在り ――― 其れを隠す為に普段は寡黙を装っていたのだ。
先日、 睡蓮の相談(?)に姫鷹が葵目を呼んだのは、単に 彼も恋の話が好きだからである。
「 やっちゃったね~ 葵目ちゃん 」と、東天光は苦笑いする。
「 ……この子、心は女なのよ。 ――― あたしと東天光と……あと、蓮 様 と側近の方々しか知らないの。……これも秘密ね!? 」
睡蓮、白夜、東雲、蒼狼 の 四名は ぽかんとした表情で頷いた。
睡蓮以外の三名は、そういう人間もいるらしいとは耳にしていたが、実際に対面するのは初めてだった ――― 。
「 だから、今まで 無口だったんですね? 」 ――― 東雲の言葉に葵目は俯いたまま頷いて赤面する。
四人もの人間に、一気にバレる事になるとは彼は夢にも思っていなかったのだ。
「 あの、でも… 父さんには言っても良いですか? 」
「 あ… 秋陽先生が私みたいなのをお嫌いじゃ無ければ……どうぞ。 」
( と、云う事は……葵目が 睡蓮の髪を触ったのは何も問題無いと云う事か……? )
思わず、睡蓮のほうを見た白夜は彼女がまた俯いている姿を目にした。
見る度に俯いている彼女が、どうすれば顔を上にあげて笑うのか・・・ ――― この瞬間から白夜は考え始める。
「 あれ? それじゃあ、俺も宮中で睡蓮を見たのかな…… 」
「 ? ――― 何の話だ? 」
自身の記憶を遡り始めた東雲の耳に白夜の声は届かなかった。
「 宮中……、 晦冥…さんは どの位 宮中にいらっしゃるのですか? 」
「 そんなに長くは無いわね……四~五年かしら?」
睡蓮の問いに姫鷹が答え、東天光も腑に落ちない表情で首を傾げながら続く。
「 考えてみれば不思議ですよねぇ……どうして、あの人が花蓮様の側近になってるんだろう? ――― 山兎恵さんとか、南海沼さんとか……最近、蓮 様の側近だった皆さんのお姿を見ないけど、どこに行かれたのかしら? ……て言うか、あたし 目が悪いから 見えてないだけで居たら ゴメンなんだけど。」
「 そう言えば、あたしの前に医院長だった角田螺先生はどこ行ったか知ってる? ――― いろいろ確認したい事があるんだけど、お見えにならなくて困ってんのよ。 」
「 ……知らなぁい! 」
姫鷹の問いに、葵目と東天光は声を揃えて首を横に振った。
角田螺 前医院長は何時の間にかいなくなった・・・ ――― それが医院にいる三名の共通認識だった。
白夜、蒼狼は、宮廷入りした時に山兎恵と南海沼などに対面しており、それっきり全員を見かけない事に 其々気付いては居たが、其れが普通の事なのだろうと思っていた。
東雲も、蓮 先王の葬儀式の時に山兎恵と南海沼の二人に会っているが、七日後の法要の時は両者共 顔を出さなかった事を医院に居る全員に語り始める。
「 辞めるわけ無いしねぇ…? 」と、恥ずかしさから開き直りつつある葵目が呟くと、東天光も自身の視力のせいかもと前置きしながら「 葬儀式から一回も見てない気がするなぁー… 」と首を傾げた。
「 ……他に見かけない人いる? 」
姫鷹の問いに、葵目と東天光が 宮中で最近見かけなくなった人物達の名を挙げて行くと、其の人数は多く ――― 蓮 先王の近くに居た者達と、女王になる前の花蓮に仕えていたと噂される人物ばかりが姿を消していた。
「 なんか、それ不気味だな…… 」蒼狼は 思わず顰めた顔で呟く。
「 まあ、宮中は広いから 会わなくてもおかしくは無いんだけどさ…… 」東天光も蒼褪めた表情で蒼狼に続いた。
「 墓には来ていない筈だから、生きてはいますよ。たぶん……。処で、先生方、俺 こないだ宮中に大量の鏡が運び込まれるのを見たんですけど…――― 」
東雲が秋陽 や 白夜に話した鏡と呪術の関係について医院の三名や蒼狼に話し始めると、蒼狼は、ややこしい話に巻き込まれてしまったな・・・と、白夜と睡蓮に付いて来た事を 少し後悔し始めていた。




