「 睡蓮花 - 長い一日 」(一)
「 あれ? なんで また戻って来てんの!? 」
医院から白夜の家へ向かう途中の東雲は、進行方向から白夜と睡蓮が歩いて現れたので、先程、二人と遭遇した時とは真逆の方角と位置に立ち止まった。
「 ――― あと、君は誰? 」
「 蒼狼と言います。初めまして! 」 ――― 東雲の問いに、蒼狼が爽やか笑顔を浮かべて答えた。
彼は、睡蓮が逃げて行った所も、其の後、白夜と晦冥が会話しながら何処かに歩いて行ったのも見届け ――― 暫くしてから、花蓮女王と晦冥の二人と云う滅多に目にする事が出来ない二人組が揃って戻って来たので度肝を抜かれたかと思いきや、其の直後に、白夜と憔悴しきった睡蓮が戻って来たので、本当は仕事を終えて帰る所だったのだが " 何かあった " と 勘付いたのと、僅かな好奇心から白夜と睡蓮に付いて来たのだ。
「 俺は東雲です。初めまして 」
「 知ってますよ、墓守の方でしょ? ――― 親戚の葬儀の時にお世話になりました! 」
「 そうなんだ? 」
「 二人共、立ち止まるな!医院で話せ! 」
――― そう言った白夜の手が、掌を握ってはいないものの、睡蓮の手首を掴んでいるのを目にした東雲は、桔梗の話はどうなったのかと疑問に思い始めていた。
彼は、白夜と桔梗が揉めた時は何時だって 妹の様な存在で女性でもある桔梗の味方をして来たので、今回も そのつもりでいる。
「 医院って…、俺 いま医院を出て来たんだけど ――― 何かあったの? 」
「 僕も詳しくは知らないんですけど、白夜さんの彼女が怖い思いをされたそうで…… 」
東雲の声が聞こえていない白夜の代わりに蒼狼が答えたのだが、東雲は困った様な顔をして蒼狼の勘違いを訂正した。
「 いや、あの娘は……まあ、彼女と言えばそうなんだけど ――― 白夜の彼女は別にいて…… 」
「 えっ!? ――― 二股ってやつですか……!? 白夜さんて真面目そうなのに意外だな……。 」
「 いや、それも違うんだけど…――― ところで、君は何なの? あの二人の知り合い? 」
「 あ、白夜さんの武官仲間です。 ――― 一応。 」
――― 三人と一人が 医院に出戻ると、男性の割合が多い 其の顔ぶれに姫鷹が拳を振り上げて歓喜の雄叫びを上げたので、医院中の医師や看護師達がぎょっとした顔で医院長室のほうを見ては溜息を吐いた。
「 よっしゃあぁぁぁっ!!! コレ!! コレよぉぉぉっ!? この瞬間の為に、あたしは今まで頑張って睡蓮ちゃんを助けて来たのよぉ!! ――― さあ!誰!? 誰から診察すれば良い訳!?」
瞳をギラつかせ、明らかに興奮状態で自身の義足まで はしゃがせる姫鷹の異様な姿に、東雲は慣れてるので 相変わらずだなぁと云った様子でニコニコしているが、白夜は身の危険を感じて後退り、蒼狼は思わず自身の剣を抜こうとした ――― 。
「 先生、お気持ちは解かる…解かりますけど、まずは仕事しましょう? ――― 何があったんですか? 」
葵目の問いに、白夜は 一先ず 晦冥の名前を伏せて睡蓮に何が起こったのかを説明する事にした ――― 。
先程が初対面の筈の晦冥に睡蓮が怯えるのは、彼女の過去の記憶が関係している様な気が白夜はしていた。
「 ―――…そうね、あなたの言う通り、過去の記憶がそうさせたんじゃ無いかしら? 」
姫鷹の 其の言葉に、睡蓮は俯き気味だった顔を上げ、「 過去の記憶ですか……? 」と、姫鷹の顔を真っ直ぐ見つめた。
「 あなた、その人と会った事があるんじゃないかしら? ――― それか、とても よく似ている人を知っている。 ――― で、そいつに何か酷い目に遭わされたのかも…? ほら、首とかに…… 」
睡蓮の身内と呼べる人間だけでは無さそうなので、姫鷹は睡蓮の痣の事をふせて、そう告げた。
蒼狼は何の話だかサッパリ理解出来ずにいたが、東雲は晦冥の話だと勘付き、白夜は睡蓮の身体に付いていた酷い痣の跡と、先程まで目にしていた晦冥の表情を思い返すが、晦冥は睡蓮以上に読めない所があると感じていた。
「 心が忘れていても、習慣にしていた事とかを体のほうが覚えてる時があるの。 ――― あたしも こないだ知ったんだけど、人間の記憶には いろいろ種類があるそうなのよ。 ――― 睡蓮ちゃんが覚えていたり、いなかったりするのは きっと、そのせいね。 」
「 先生も、そんな事を言っていたな……。 」
「 秋陽先生? 」
「 はい。 」
東雲の言葉に、姫鷹は " 自分の読みは当たっているようだな " と納得する。
「 葵目、ちょっと 東天光 呼んで来て。 」
「 はい。 」
葵目が東天光と呼ばれる人物を呼びに行くと、状況を呑み込めていない蒼狼が質問を投げかけ始める。
「 あの、お話中の所 すみません……その方は記憶喪失か何かなのですか? 」
「 はい…… 」――― 睡蓮自身が答える。
「 そうですか……それじゃあ、何かと大変でしょう? ――― 僕は蒼狼と言います。白夜さんと同じ武官です。よろしく! ――― 何か困った事があったら、僕で良かったら何時でも力になりますよ? 」
「 睡蓮と申します。 ――― ありがとうございます。蒼狼さん 」
自身の目の前で二人が軽く頭を下げる様子を白夜は黙って見守っていたが、黙ってられない人物が口を開く。
「 あたしは姫鷹ね!! ――― よろしく、蒼狼くん! 」
「 あ……はい! ――― よろしくお願いします! 」
「 ほら!白夜くん、あなたも名乗りなさい!! ――― 名前は!?年齢は?どんな女性が好み?身長いくつなのそれ!? ちょっと胸板 測っても良いかしら!? ――― ほら、何もしないからこっち来いっ!! 」
「 ――― 既にご存じのようなので、名乗る必要無いですよね……? 」
「 白夜さん、睡蓮さんが恐怖を感じる人って どっちの事? ――― 俺、あなた方が戻って来る前に戻って来た御二人を見てるんだよね……。 」
先程までは話に付いて行けなかったものの、勘の良い蒼狼は事態を呑み込み始めていた。
丁度、姫鷹から逃げたかった白夜は彼の言葉に耳を傾け、彼を見つめる ――― 。
「 いいから、いいから全部 言っちゃいなさい! 守秘義務があるから大丈夫!!あんた達も口は固いでしょ!? 自信無い子は出てって! ――― で、どんな女が好きなの? 」
「 そっちですか? 」
――― 蒼狼が姫鷹に突っ込みを入れたのと同時に、葵目と一人の女性が現れる。
「 先生ー 何か用ー? 」
「 東天光!ちょっと加わって!! 」
葵目と一緒に部屋に入って来た『 東天光 』と言う名の女性は、専門では無いものの脳神経の症状を診るのが得意の医師で、少々 じとっとした目つきで気怠そうではあるが、誰が見ても宮廷務めと思わせる貴重品である眼鏡をかけており、姫鷹の独身仲間でもある。
ただ、姫鷹より東天光のほうが若く ――― 其の事で二人が衝突する事も少なくは無い。
「 あー…あの、いきなりで悪いんですけど、その 目の所の硝子。それって どこで手に入るんですか? 」
秋陽が欲しがっていたのを思い出し、白夜が東天光に眼鏡の事を訊ねると、東天光は " まさか、それだけの為に呼ばれたのか… " と、ちょっと苛っとしながら面倒くさそうに答え始めた。
「 んー? ああ、これね。……やだっ!あなた 近くで見ると綺麗な顔してるじゃないの!? 」
白夜の顔を見た瞬間、東天光の中の面倒くささと気怠さはどこか吹き飛んだ。
目の悪い彼女が眼鏡越しに部屋を良く見てみると、顔なじみの東雲や 年下に見えるが美形の剣士っぽいの( 蒼狼 )も居るのが見え ――― 若い女の子( 睡蓮 )も一人居ると 漸く彼女は認識した。
「 どう?東天光 ――― ヤバいでしょ? 」
「 ヤバいですねぇ……! 」
二人の女性医師が、医院に久し振りに現れた若い男達に瞳を輝かせて華やぐ姿を見て、――― " まさか、この先生 これだけの為に呼ばれたのか・・・ " と、白夜と蒼狼は医院(医院長)に不安を感じ始めたが、慣れている東雲は ニコニコと微笑みを浮かべ ――― 睡蓮も初めて会った東天光に興味津々で笑顔で彼女を見つめていた。
直感的に、此の儘では埒が明かないと判断した蒼狼は、自分が仕切る事を決意する。
「 皆さん、そろそろ 話を戻しましょうよ? 睡蓮さんはどなたが怖いんですか? ――― 睡蓮さん、言いたくないかもしれないけど……教えてもらっても良いですか? 」
「 おい、無理に言わせようとするな……! 」
「 良いんです、白夜さん ―――…お話します。 」
睡蓮は、少しずつ・・・ぽつりぽつりと呟く様に、其の場の全員に晦冥の事を話し始めた。
以前、秋陽や日葵に話した時と同様に、黒い矢の話も交えながら・・・・―――




