「 睡蓮花 」(三)
 
 
「 睡蓮さん、どうか お気を悪くしないで下さい? ――― 花蓮様は御一人で見知らぬ方と接した事が無いので驚かれてしまわれたのです。ただ、それだけの事………――― 。 」
晦冥は微笑んだ表情で睡蓮にそう伝えたのだが、彼に名前を呼ばれた彼女は全身が凍り付くかの様な恐ろしさを感じていた。
その姿は まるで、睡蓮の姿を目にした先程の花蓮の様であった。
そして ――― 、微笑んだ晦冥の瞳が全く笑っていなかったのを白夜は目にしていた。
先程、自分と話していた時に見せた笑顔とは違う笑顔の晦冥に対して、白夜の中で不信感が芽生え始める ――― 。
「 ……いえ、こちらこそ失礼致しました。お許し下さい花蓮様。 」
穏やかな睡蓮が女王に何かするとは思えず ――― 少し不本意ではあったが、脅えて何も言えない睡蓮の代わりに白夜は晦冥に応え、花蓮女王に膝まづいて頭を下げながら謝罪した。
――― 其の瞬間、花蓮は白夜の姿を上から下まで舐める様な視線でじっと見つめて観察したが、彼女が彼に何か声を掛ける事は無かった。
「 さあ、帰りますよ 陛下。御一人で歩き回られるから このような事態になるのですよ? ――― 白夜、それではまた……。 」
晦冥は、花蓮を連れて足早に池を後にしたのだが、判別し辛い 彼の慌てた様子に白夜と睡蓮が気付く事は無かった。
「 大丈夫!? 睡…――― 」
何かに ――― 晦冥に 心を囚われているかの様な睡蓮の姿を見て、白夜は咄嗟に自身の片手で睡蓮の顎下に触れると、彼女の顔を自分のほうに向けた。
「 睡蓮! しっかりしろ!! 」
「 ………!! 」
睡蓮の瞳には白夜の顔が映し出され、白夜の瞳には睡蓮の顔が映し出される ――― 。
二人の足下には 大きな大きな池があり、たくさんの白い蓮の花の蕾が溢れていた。
我に返った睡蓮が無言で頷くと、白夜も我に返り、彼女からそっと 其の手を離した。
「 勝手に何処かに行くのは勘弁してくれよ……!? 」
「 ごめんなさい………。 」
ふと、 勝手に歩いて行った花蓮女王の居場所を晦冥がどうやって知ったのか白夜は疑問に思う ――― 。
自分と話しながら、迷う事無く 真っ直ぐ歩き進んで行った晦冥の姿を白夜は思い返していた。
「 ――― さあ、俺達も帰ろう? 」
「 ………。 」
「 大丈夫!守ると約束したろ? 」
桔梗の事を想い ――― 白夜は一瞬 迷いはしたものの、心ここに在らずな睡蓮を前に進ませる為に彼女の手首を自身の手で掴むと、そのまま 彼女の手を引いて歩き始めた ――― 。




