「 睡蓮花 」(一)
「 ええっ!? じゃあ、あなたが睡蓮さんの……!? 」
――― 此の日、秋陽が近所に出来た友人と御茶の約束をしてしまったので睡蓮の医院通いに白夜が付き添って来たのだが、葵目は思わず声を上げ、両手で口を覆って驚きを隠せずにいた。
「 ……あの、良かったら最後まで言って頂けませんか? ――― 俺の事、睡蓮の何だと聞いてるんですか? 」
「 いいえ!こっちのお話です!!御気になさらず~! 」葵目は全力で両掌を横に振って、笑って誤魔化した。
「 それよりも!!あなたは怪我とか体調悪いとか無いわけぇ?!! お姉さん、暇だから 無料で診てあげるわよ? ――― ほらっ!来いっ!!!ここに座れっ!! 」
「 !? 」
片手で患者が座る為の椅子をバンバンと叩きまくる飢えた姫鷹の徒ならぬ雰囲気に、白夜は思わず眉を顰めて無言で後退り ――― 「 …… 睡蓮、この先生 本当に大丈夫なの? 」と、睡蓮に小声で聞いたのだが「 ? ――― 姫鷹先生は良い方ですよ? 」と、睡蓮は相変わらず、姫鷹の良い面しか見えていなかったので二人の会話が成立する事は無かった。
「 と…とにかく、あなたはあちらへお待ちください…! 睡蓮さんはこちらへ!――― ほらっ!先生、仕事!! 駄々こねないで下さいっ!! 」
――― こうして、今日も 葵目は 一人で喋り続ける羽目になる。
「 暇そうなのに、賑やかな医院だね? 」
「 はい…! 姫鷹先生と葵目さんが いつも朗らかとされていらっしゃいますから。 」
医院からの帰り道 ――― 白夜は 睡蓮に桔梗の事を何時言おうかと考えながら歩いていた。
( でも、唐突に言うのは変だよな…。睡蓮とは、折角 真面に会話できるようになったのに、また ぶち壊して ややこしくなったら面倒だ……。 )
「 処で、 睡蓮 ――― 髪型が変わってるけど、医院で結って貰ったの? 」
「 はい……!葵目さんにして頂きました。 」
――― " 可愛いね " と言おうとしたが、髪を結ったのが男の葵目と聞いて白夜の穏やかな表情は其の儘の状態で固まった。
「 葵目って、あの 医院長の傍にいた男の……――― 」
「 東雲さん!! 」
「 は? ――― 東雲!? 」
「 二人とも何やってんの? あ……久しぶり!睡蓮 ――― また会えたね! 」
「 はい!お久しぶりです! 」
睡蓮と白夜の進行方向から東雲が歩いて現れ、三人は其の場に立ち止まった ――― 。
「 東雲こそ、宮中で何やってるんだよ!? 」
「 仕事だよ!ついでに帰りにお前ん家 寄ろうと思ってた所 ――― そういえば、睡蓮 こないだは手紙ありがとう!ちゃんと読んだよ。 」
「 はい…! 」
東雲が何時も通り笑顔を向けたので、睡蓮も笑顔になった。
其の様子に白夜の独占欲が 彼に何も思わせ無かった訳では無いが、白夜は会話を続けた ――― 。
「 仕事って……――― 蓮 様の…? 」
「 いや、今日は医院に用があって来たんだ。 」
「 そうなのですか!? ――― 私達は医院からの帰りなのですよ! 」
「 そうなんだ? それで二人でここを歩いてたんだね。 」
「 あそこの医院長には気を付けろ……! 」――― 白夜は本気の眼で東雲に忠告した。
「 ああ、姫鷹先生でしょ? 慣れてるよ。 」
「 姫鷹先生をご存じなのですか!? 」
「 うん、真鯉先生や、東天光先生とかも ――― 皆さんにお世話になってるよ? 宮中でも亡くなる人はいるからね。 」
「 その医院長が睡蓮の主治医なんだよ! 」
「 えっ!? マジで! 」
三人は、まさかの共通の知人で盛り上がると、再び 白夜の家で合流する約束をして其の場は解散した ――― 。
( あとで、東雲さんに お手紙のお返事をお聞きしなければ……! )
「 睡蓮、どこか寄りたい場所はある? 」
「 いいえ、無いです! 」
即答した睡蓮に、相変わらず自分には余所余所しいなと白夜は思う。
今まで一緒に居た東雲に対する態度や、髪まで触らせている葵目とは雲泥の差である事に、彼等と自分の何が違うのか白夜は僅かに気になり始めていた。
「 ………じゃあ、真っ直ぐ帰ろう? 」
「 はい…! ――― あ… でも…… 」
「 " でも " ? 」
「 少し お花が見たいです…! ――― 睡蓮の花を…… 」
そう言うと、睡蓮は 宮中の建物や道の水場に溢れている睡蓮と蓮の花のほうを見た。
花達は 水の上に葉が青々とびっしり茂り、蕾よりも花開いた姿のほうが多くなっている ――― 。
「 日葵さんから株分けして頂いた睡蓮も育っているのでしょうか……? 」
「 診療所の? ――― こないだ見たけど、育ってたと思うよ。 」
睡蓮は水面に映る自分の顔を見つめた ――― 以前よりも顔色は良い。
( 相変わらず、何も思い出せないわね…… " 睡蓮 " ? )
睡蓮は 少しだけ気を落とすと、水面に映った自分の姿の後ろに白夜の姿が映り込んでいるのを目にする ――― 。
「 睡蓮? 」
「 あ… ごめんなさい! ぼーっとしておりました!! 」
「 否、気分が悪くないなら良いんだ。 ゆっくり見なよ? 」
「 は…はい! 」
周囲を見渡した白夜は、遠くで 警備中の蒼狼の姿を見つけ出し、暫く彼を観察してみようと視線を向けた ―――( 今日は知り合いが続くな……。 )
間も無くして、視線に気が付いた蒼狼は、和やかな笑顔で白夜達のほうに顔を向けた。
" こないだと相手が違いますね? " ――― 何か言ってる様子の蒼狼が そう口にしたような気がして、白夜は " 違う!そういうのじゃない " と 首と手を横に振ったが、蒼狼は微笑んだ儘、否定する白夜の姿を見て見ぬふりをした。
「 あ… ! 」
知人が続けて現れる偶然を不思議に思い始めていた白夜と、真面目に周囲を監視していた蒼狼は、次に現れた其の人物を見て、離れた場所にいながらも同時に声を出す事となった。




