「 木の芽時 」
――― 此の日、宮中の水場から香る 新しい芽や、花と水の香りが交わった空気の中で黒い衣装に身を包み、花蓮女王は 何をするでも無く、何を眺めるでも無く ――― まるで、人形の様に感情の無い表情で 只 其の場に佇んでいた。
女王の務めにも慣れ、数多くいる下臣達の顔も覚えて来た彼女は、皆が自分には甘く優しいと言う事も熟知していた ―――――― 。
「 こちらにいらっしゃいましたか…… 」
「 ! 」
晦冥が姿を見せると、花蓮は頬を紅く染めて愛らしく微笑んだ。
彼女は、彼に対して絶対の信頼を寄せており ――― 晦冥とは、彼女にとって数少ない心許せる存在でもあった。
「 銀龍殿は人を斬った事は あるのですか? 」
稽古場で蒼狼が素朴な疑問を投げかける ――― 何時もの雑談の始まりだ。
「 ……あるよ? ――― 槍で突き刺した事もあった。 」
「 どのような感じなのですか……!? 」
蒼狼の質問への銀龍の回答を聞こうと、白夜も含めた若い武官達は一斉に耳を研ぎ澄まさせた。
「 まあ、あんま良い気はしないな……――― 救いなのは相手が悪人だったって所だ。 」
「 蓮 様の時代になってから、徐々にではあったが、この国も我々の役割も だいぶ変わったな…… 」
盈月は自身の記憶を遡り、しみじみとした様子で そう呟いた。
「 もし、人を斬る事になったら 俺 ちゃんと できんのかなぁ…? 」
蒼狼の言葉に、白夜も 他の若い武官達も心の中で自問自答する。
「 できなくても、やるのだ。その時は…… 」 ――― 冷たげに響いた盈月の声に其の場が一瞬で静まり返ったので、銀龍が話を変える。
武官長の彼は、味方である武官同士の争いの火種になりそうな物は 無意識に絶やす癖が付いてしまっているのだ。
「 まあ、女性の花蓮様だ。 ――― よっぽどでなきゃ そんな命令は出さないだろうから心配すんなって? 俺達に出る指令は、精々花を荒らすなとか壁を壊すなとか そういうのだろ? 」
銀龍の言葉に笑いが溢れ、場の空気が一気に盛り返すと、蒼狼が また素朴な疑問を投げかけた。
「 女性と言えば…――― 銀龍殿って、何時も違う女性といますよね? 」
「 そうか? 」
「 そうですよ! ――― ねぇ、白夜さん? 」
「 うん、俺も ニ・三回…… いや、四・五回は見たかな。 」
「 ハハッ…バレてたか! ――― でも、お前達だって人の事は言えないだろ? 」
「 否定はしませんけど… 俺はリエン国の習いを破るような事はしませんよ? 」――― 蒼狼は答えたが、白夜は笑顔で流す。
「 なんだ? 俺が習わしに逆らってると言いたいのか!? 」
「 逆らってるじゃないですか!? 」――― 蒼狼と白夜を含めた若い武官達全員が、面白い程に声を揃えて銀龍に そう告げた。
「 お前達、まあ そう責めてやるな…。こいつも真剣に考えていた女性が居たんだ。 ――― 否、今も考えてる……と、言ったほうが正しいのかもな? 」
銀龍を横目で見ながら其れだけ言い残すと、盈月は自身の鍛練へと戻って行った。
「 あいつ、余計な事を言いやがって……! 」
「 なんか、意味深でしたね……!? 」
「 どんな女性なんです? 銀龍殿! 」
白夜と蒼狼は期待で瞳をキラキラと輝かせて、銀龍の言葉を待った ――― 。
「 そりゃ俺だっているさ! 一人や二人………でも、悪いな。その件は まだ話したくないんだ。 」
――― 気持ちを落ち着かせる為、銀龍も其の場を後にした。
「 なんか、訳ありっぽいですね? 」
「 うん……。 」
「 白夜さんは? ――― 此間 見ましたよ!? 美人と馬に乗ってる所! 」
「 お前、何でも目撃するんだな! 普段どこで何してんだよ!? 」
白夜が呆れた様に蒼狼に そう言うと、蒼狼は微笑んだ表情の儘、淡々とした口調で答えた。
「 別に? ――― 人より気付くだけですよ? 性分ですね。 」
そう言うと、蒼狼は笑顔の儘 自身の剣技を極めに、其の場を後にした ――― 。




