「 白夜と桔梗 」
「 原因はあなたよ!! あなたがハッキリしないのが問題なのよ!! 」
「 ハッキリしてるだろ!? 俺が好きなのは君だって何度も言ってるじゃないか!? 」
桔梗は独りで食器を洗い終えると、廊下で白夜と口論を始めていた。
食器洗いの手伝いを睡蓮と白夜が其々申し出たが、桔梗はどちらの申し出も断った ―――― 。
「 桔梗 ――― 睡蓮は 今は家族の一員になっていて、俺も妹のように思ってるけど、記憶が戻ったり本当の家族が見つかれば居なくなってしまう女性なんだよ? 」
「 そんなのは その時にならないと分からないわ!! 」
「 あのー……」
突然、睡蓮の声が聞こえ ――― 白夜と桔梗はハッとした表情で彼女のほうを見た。
睡蓮は申し訳無さそうに頭を下げ、目を伏せたまま二人のほうに顔を向けると、自分が何故 現れたのかを語り始めた。
「 お邪魔してしまい申し訳ありません!!先生のお手紙の紙が足りなくなったので取りに来たのですけど…あの…そこ私のお部屋の前なので…… 」
「 ……!? 」 「 ……! 」
廊下を移動しながら口論する内に、白夜と桔梗の二人は睡蓮が使っている部屋の扉の前に立ち止まっていた。
「 ごめんね ――― どうぞ、睡蓮 」
「 は…はい!私こそ、ご…ごめんなさい!! ――― 失礼します! 」
気まずそうな白夜と無言の桔梗が扉の前から除けると ――― 睡蓮は暫くは自分の部屋に戻らなくても済む様に、自分が持ってる書簡紙の束を一式全部持って行った。
睡蓮が去ったのを確認すると、白夜と桔梗は会話の続きを再開させたのだが、睡蓮の事で揉めていた筈なのに、彼女が現れたおかげで二人は すっかり喧嘩する気が削がれていた。
「 兎に角、桔梗 ――― 彼女の事を気にする必要は無いんだよ?睡蓮にだって、誰か心に決めた人が居るかもしれないんだし…… 」
「 あの娘は まだ十四歳かもしれないのでしょ? そのような相手がいなかったらどうするの!? ――― あなた、あんな良さそうな娘に不誠実な事をするつもり!? 」
「 君、言ってる事が無茶苦茶だよ? 俺にどうしろと!? 」
「 だって……!あなたの事は…大好き…だけど、私も この国の生まれだからそういう考え方だってするわよ……。あなたの傍にいられても、あの娘に不幸な思いをさせる事になったら ――― きっと、私も心から幸せになれる日は無いわ。 」
睡蓮が、もう少し嫌な女の子なら良かったのに・・・と桔梗は涙を流した。
「 睡蓮 は記憶が戻るまでは誰かと一緒になる気は無いと言っていたよ?俺もそうだよ? もし、睡蓮に誰か相手がいたとしたら…その男性の邪魔するような真似もしたくない。――― だって、もし、俺がその男の立場だったら…例え、君が俺の事を忘れてしまっていても、簡単に別の男に渡す事はできないから…――― 」
白夜は此れ迄も ずっと、そうして来た様に桔梗の事を抱きしめたのだが ――― 桔梗は此の時、ある理由から 彼の微妙な変化を感じ取っていた ―――――― 。
「 先生… そんなに沢山 何を書いていらっしゃるのですか? 」
「 ん? 今 書いてるのは桔梗のお父上への謝罪の手紙じゃよ。 ――― さっきまでのは東雲と日葵達の分じゃ! 」
睡蓮と秋陽は、先程まで食事をしていた台の上に紙を広げ ――― 其々手紙を書き綴り続けている。
秋陽の筆は速く、睡蓮は目を奪われつつ、二人で手紙を書く此の状況に懐かしい気持ちを感じていた。
( やっぱり、先生も どなたかと似ている……? ――― それとも、私は以前も どなたかと一緒にお手紙を書いた事があるのかしら……? )
「 処で ――― お主は分からない字とかは無いのか? 」
「 はい! 自分でも驚きましたが、思ったまま文章に書き表せられます。 」
「 そうか……、その辺の記憶はしっかりしている様じゃな…?生まれもリエン国の可能性が高くなって来たのう。」
睡蓮がリエン国の生まれなら ――― やはり、白夜の花嫁は睡蓮で決まりだなと秋陽は彼女を見つめた ――― 。
同時に桔梗の事を想い、秋陽は複雑な気持ちにもなっていた。
秋陽にとっては、睡蓮も桔梗も自分の娘みたいなものであり ――― どちらにも幸せになって欲しいと何時も願っている。
息子がどちらかを選ぶ時 ――― どちらか片方は・・・選ばれなかったのが桔梗であれば、彼女は傷付いてしまうであろう事を秋陽は懸念していた。
「 心の傷もサッと治療出来たら良いのじゃが…… 」
「 ? ――― 心の傷…? 」
「 独り言じゃ! ――― お主は、そのまま誰が相手でも、何の話でも良いから手紙を書くのを続けるように!文字を書くのは脳に良いと聞くからのう。 」
「 はい! 」
「 なんか凄い紙の山だけど、二人で何やってんの? 」
「 ん? ――― 別に何でも無いぞ? 」
白夜が戻って来たので、秋陽は まだ折り包んでいない東雲と日葵達夫婦宛ての手紙を見えない様にサッと隠した。
「 お手紙を書いております…! 」
「 ああ、そうだったね ――― 睡蓮は 最近、手紙に箝まっているよね? 」
白夜は桔梗との会話を睡蓮に聞かれたのではないかと気になって睡蓮を見つめたが、彼の目には 睡蓮の様子は普段通りにしか見えなかった。
( やっぱり、睡蓮は判り易いようで判り難い所があるな…… )
「 あの……桔梗さんは? 」
「 !? ――― ああ…えっと、風呂に入るって! 」
白夜は睡蓮から目を逸らしつつ ――― 自分も椅子に座ると、気を紛らわす為に適当に書簡紙を手に取り、いろんな色や模様を眺め始めた。
「 白夜 ――― 明日 桔梗が帰る時はお前が送って行くのかのう? 」
「 うん。 ――― 今、本人と約束して来た。 」
「 なら、紅炎で一っ走り 東雲と日葵達の所に儂らの手紙を渡して来てはくれぬか? 桔梗のお父上にもじゃ ――― なるべく、渡すのが早いほうが良いからのう……! 」
「 いいよ? 」
流石に秋陽も、桔梗の手から泥沼の三角関係の話を書いた書簡を渡させるのはどうかと考え直していたので、丁度良かったと思いながら再び筆を進ませた。
「 睡蓮のは誰に渡せば良いの? 」
「 日葵さんと…今、東雲さんへのお手紙を書いております! 」
「 ふーん… 東雲ねぇ…… 」
――― 翌日 ―――
白夜と紅炎は、桔梗を彼女の家の前まで送ると、別れを惜しむかの様に二人して なかなか其の場を離れようとはしなかった。
今朝は霧が出ており、白く冷たい薄霧が二人の姿を包み込んでいた。
「 桔梗、やっぱり 君のお母さんにもご挨拶したほうが…… 」
「 いいのよ、お父様がまだ家に居たら あなたの家に泊まった事を怒り始めると思うから……――― あなた、お父様に自分の剣で斬られかねないわよ? 」
「 じゃあ、これを ――― 父さんからの手紙。 」
桔梗は、自身の父親宛ての秋陽からの手紙を受け取ると、自身が書いた白夜への手紙を衣の中から取り出して 彼に手渡した。
「 帰ったら読んで? 」
「 ……桔梗 ――― また会えるよね? 」
薄霧に包まれた桔梗が、そのまま何処かに消えてしまいそうで ――― 白夜は思わず、彼女にそう訊ねずには居られなかった。
「 ええ。 ――― でも……あなた達の所に顔を出すのは もう少し気持ちの整理が付いてからにするわ。 」
「 うん、それで構わない ――― 俺のほうが会いに来るから……手紙の返事も必ずする…! 」
「 ええ、楽しみに待ってるわ! 」
―――――― 何時もなら・・・・・・
別れ際に白夜は自分に口付けをする筈なのだが、此の日もしなかった事を桔梗は気付いていた。
睡蓮が現れてから、額や頬 ――― 手や首筋にはしてくれるが、唇だけは彼の唇で触れられる事は無い。
それは、最終的にどちらの女性を選ぶのか分からなくなって来た白夜の、どちらの女性も傷付けまいとした無意識からの行動の表れだったのだが ――― 睡蓮に対してはそれで良いのかもしれないが、桔梗にとっては大きな変化以外の何物でも無かった。
( 確かに、あなたの態度はハッキリしているわね…――― 白夜 )
霧で薄らいで行く 白夜の後ろ姿を、桔梗は覚悟を決めた様な表情で見えなくなる迄見つめ続けていた。




