「 泥沼の三面鏡 」
―――――― 今宵の夕食は、嘗てない緊張感に包まれていた。
・・・と、言っても緊張感に包まれているのは桔梗が来ている事を帰ってから初めて知った白夜と桔梗の二人のみである。
睡蓮と白夜は、何時もの様に台の端の方に天板部分を挟む様に向き合って座り、其の二人の横隣りに桔梗が座り ――― 秋陽の席から見ると、三人は三面鏡の様に並んで座っていた。
始めの内は、王宮を包む波の音が良く響く程に静けさが漂う食卓だったが、次第に桔梗は自分でも意外だったが 睡蓮の食事する姿に見入っていた ――― 。
「 睡蓮さんて、とても綺麗な食べ方をなさるのね……! 」
「 え…? そうなのでしょうか……!? 」
自分では考えた事も無かったので、取り敢えず、睡蓮は目の前の食べかけの料理を眺めてみたが 何がどう違うのかサッパリ判らなかった。
「 そうじゃな、儂も人間は色々見て来たが 睡蓮は同じ年代の娘より品がある。 」
「 うん、睡蓮は隙がありそうで隙が無いような所がある。……別に変な意味じゃないよ!? 」
――― 桔梗が睨んでいたので、白夜は慌てて最後の部分の言葉を付け足した。
「 もしかしたら、あなたは どこかのお嬢様なのかしら……? 」
自分が睡蓮から感じる脅威は、彼女から滲み出る この品格からでは無いかと桔梗は考え始めていた。
「 どちらにしても、ご両親は さぞかし心配しているじゃろうな…… 」
秋陽は同じ親として何とも言えない気持ちになったが、彼の息子の白夜は全身に悪寒を覚えていた。
( どちらにしても、俺は睡蓮の両親に殺されかねないな……。 )
睡蓮は、皆が想像する不確かな自分の話より、秋陽が口にした確かな事実のほうに関心を持っていた。
「 あの……先生は私の年齢をご存じなのですか? ――― 私、自分が何歳なのかも覚えていなくて……教えて頂けませんか!? 」
「 はて?お主に言っていなかったかの!? 」
「 日葵が言い忘れたんじゃない? 」
最後の白夜の言葉に、秋陽と白夜と桔梗は " それに違いない! " と全員一致で頷き納得した。
「 君は、十四から十六歳くらいだと思うよ? 」
「 十四から十六歳……! どうして、その年齢だと判ったのですか? 」
――― 身体を見たから・・・とは言えず、白夜は笑顔で誤魔化した。
「 肌や骨格、肉の付き方などで、大体の年齢は判るのじゃよ 」
「 そうなのですか……!」
睡蓮は気が付かず流したが、桔梗は白夜が睡蓮の年齢を知っていた意味を理解し、其れに気付いて目を逸そらした彼を 再び 突き刺す様に睨みつける。
「 もし、リエン国の生まれなら成人と見なされるのは ――― まあ十八歳から二十歳頃じゃな。結婚出来るのは、女子の場合は十六歳からじゃ。 」
秋陽の言葉に、睡蓮は十六歳になっているのだろうか・・・と、睡蓮自身と白夜と桔梗は同時に考える。
年齢によっては、白夜と睡蓮の結婚の問題は遠い先の話になる ――― 。
白夜は『 自分の心は桔梗にある 』 ――― と、桔梗も睡蓮も目の前に座る此の夕食の席でハッキリと感じ取っていたが、桔梗と一緒に居る自分の姿を見つめる睡蓮の視線や表情が気になっている自分の気持ちにも気付いていた。
風習に従うなら睡蓮を選ばなければならない ――― 他の女性といる姿を見せる事が睡蓮を傷つける事になるのは避けたいと彼は考えていた。
白夜や桔梗とは違って、睡蓮は此の夕食の一時に懐かしさを覚えていた。
今日みたいな食事の風景を、以前にも何処かで経験している様な気がするのだ ――― 。
( 白夜さん、桔梗さん、先生…… ――― 私が 誰かを思い出そうとしたお三方がいらっしゃる……。やっぱり、この方々は 以前の私が知っている誰かに似ているのではないのかしら……? )
中でも、一番 懐かしく感じるのは・・・・・
「 ? ――― どうかした? 」
「 いえ…!何でもありません……! 」
睡蓮が 何時もの様に白夜と目が合って、頬を紅く染めて俯く姿を白夜が優しい表情で見つめている事に桔梗が気付かぬ筈が無く、 桔梗が 一番 見たくなかった光景が現在、彼女の目の前で繰り広げられていた ――― 。
「 そういえば、睡蓮は海老が好きだよね? 」
「 えっ!? 」 ――― 正に、一口分の大きさの海老を頬張ろうとした瞬間だった。
「 君は いつも海老を食べる時が 一番 幸せそうな顔をしているよ? 」
「 そ…そうなのですか? お恥ずかしい限りです…… 」
白夜は何時もの様に優しそうに微笑んでいるので、揶揄われた訳でも非難された訳でも無いのは理解出来ているが、其の事実は 食い意地が張っているという事では無いかと思い ――― 睡蓮は茹でられた海老と同じ様に顔を真っ赤にさせた。
食に関する自分の姿について、三人から色々言われた事で自分が思ってる以上に自分は見られているのだなと睡蓮は初めて知る。
( ど…どうしましょう…!どんな顔して食べれば良いのか、わからなくなって来たような気が…… )
「 なぁに、食欲があるのは良い事じゃぞ 睡蓮! それと白夜…!」
秋陽は白夜に目配せして、蒼褪めた顔をしている桔梗の事を知らせた。
「 ! ――― 桔…… 」「 御馳走様でした!! 」
其の瞬間 ――― 桔梗が白夜の差し出した手を振り払いながら立ち上がったのを睡蓮は目撃した。
「 皆さん、お皿は水屋のほうにお願いね? 」
桔梗は自分の食べ終わった食器を持つと、水屋(台所)のほうへと向かい始め ――― 彼女を追いかけようと白夜も立ち上がった。
「 桔梗! 」
「 ついて来ないで!!この後、お手洗いに行くから!! 」
( 桔梗さん…? 白夜さん……? )
睡蓮は、桔梗に初めて出会った時の事や秋陽が白夜に掛けた言葉を思い出しながら、不穏な空気の二人をただ見守った ――― 白夜と桔梗の姿は、彼女の瞳の中には彼女が目覚めてから出会った人々の中の どの二人組とも違う雰囲気を纏って映っていた。
「 睡蓮、今日買った書簡紙じゃが 儂も何枚か貰っても良いかの? 」
「 あ…はい!もちろんです! 」
「 儂も、大至急 東雲と日葵と春光に伝えねばならぬ事ができてのう……! 」
―――――― 勿論、内容は『 白夜の泥沼の三角関係 』についてだ。




