「 睡蓮と珠鱗 」
「 あら…? あなた…… 」
店の中にいた客の女性 ――― 独りの若い女の子が睡蓮を見て立ち止まった。
「 なんでしょう…? 」
「 いえ、あの……あなたと どこかでお会いしたような気がして 」
「 え? ――― あ……申し訳ありません! 私 過去の記憶を無くしておりまして…――― お会いしていたとしても覚えてないのです……ごめんなさい! 」
「 まあ…!それは大変そうですわね!? ――― あ…!申し遅れまして、私 は " 珠鱗 " と申します。」
「 睡蓮と申します。 」
――― 二人は向かい合って立ったまま、軽めに頭を下げて微笑みあった。
「 ここにいらっしゃるという事は、睡蓮さんは お近くにお住まいなのですか? 」
「 はい……――― 」睡蓮は、白夜と一緒に暮らしている事を彼女に説明しようと思ったのだが白夜の事を何と説明したら良いのか迷い ――― 言葉を失った。
自分にとって彼は何なのか ――― 考えて考えて出した言葉は・・・
「 武官の知人……恩人(?)…の所にお世話になっております。 」
「 まあ!王宮周りは治安の良い所ですけど、何かあった時に心強いですわね…! 」
其の後も 少し雑談を続けると、珠鱗は 睡蓮に軽く頭を下げて去って行った ―――。
睡蓮は珠鱗の事を何か思い出さないかと、去り行く彼女の後ろ姿を見つめ続けた。
( そういえば、東雲さんも同じような事を仰っていたような……? )
「 あ!いたいた!お嬢さん!! ――― 狭い店…と言うか、自分には非常に窮屈な店なんですけど…あまり一人でウロウロしないでくれよ! 」
「 あ……ごめんなさい!光昭さん ――― あの方とお話しておりましたので… 」
まだ店の入り口の所にいる珠鱗の姿を見て、光昭は仰天する。
「 えっ!? ――― あれは花蓮様のお付きの女官では!? シャリンだかシュリンだかの名前の……自分らも滅多に会う事は無いんですよ!? ――― そりゃ貴重な瞬間だな!一体、何をお話されてたんですか!? 」
「 何の話という事も無く、ご挨拶した程度なのですが… ――― 花蓮様に付いていらっしゃるという事は、あの方は これまで ずっと宮中にいらっしゃったのですか? 」
「 そうっすね。 まあ、女王になる前の花蓮様にも彼女が仕えていたかどうかは自分にはわからんのですけど、結構前から 宮廷内で見かけていた気はしますね。 」
――― その様な人物と自分はどこで出会ったのだろうかと睡蓮は考えるが、やはり答えは出て来ない。
( 珠鱗さんの勘違い……? )
「 ささっ! ――― お嬢さん!早く桔梗さんの所に戻りましょう!! 」
「 はい… 」
睡蓮は後ろ髪を引かれる思いで光昭の後を付いて行った ―――。
( 珠鱗さん…またお話できるかしら……? )
睡蓮・桔梗・秋陽の三名は家路に着くと、秋陽は歩き疲れた足を休める為に畳のある部屋に寝ころび ――― 桔梗は夕食の支度を始め ――― 睡蓮は紅炎のご飯の準備を始める。
「 いやぁ~ 何だかんだ言うても、荷物持ちに丁度良い 光昭がいて助かったのう! 」
「 あの、桔梗さん ――― 今日はお泊りになるのですよね? 」
「 ええ、そうよ? 」
――― 少し引きつった様な笑顔で桔梗は睡蓮に返事をした。
「 あの、後で 日葵さんと東雲さんにお手紙を書こうと思っているのですが…――― お帰りになる時に お預けしても宜しいでしょうか? 」
「 ええ、構わないわよ? 」
「 そう言えば、日葵は全然 顔を見せぬがどうしておる? 」
秋陽はごろごろしながら桔梗に日葵の事を訊ねた。
「 元気ですよ? ――― ここに来ないのは階段を上るのが嫌みたいです 」
「 まったく…痩せる話はどうなったのじゃ!? 」
「 それじゃあ、桔梗さん ――― 紅炎のお世話が終わったらお手伝いしますね? 」
「 ええ、ありがとう…… 」
―――――― もうすぐ、白夜が帰って来る。
自分の心が此の場に耐えられるか、桔梗は少し不安を感じていた。




