「 睡蓮の手紙と白夜の約束 」
( ―――……何だ? 書簡? )
邸に帰って来た白夜は、自分の部屋の扉の下の隙間に青色の紙が落ちているのを見つけると、其れを拾って中身を確認してみる事にした。
( 何で、こんな所に こんな物が……? )
「 !? 」
落ちていた其れが 自分宛ての睡蓮からの手紙だと判ると、白夜は慌てて自分の部屋に入り、角燈を点けて扉を閉めた。
『 ――― 白夜さんへ
いつもお世話になっております。
先日は、海で助けて頂いた話の途中でその場を離れたあげく、
そのまま お話をする事を避け続けてしまい、
命を救って頂きながら、恩を仇で返すような結果となり 誠に申し訳なく、お詫びの申しあげようもございません。
どうか お許しのほど願いあげます。
全ては、私の人間性の未熟さに起因するものであり、誠に申し訳なく、深く反省いたしております。
本来なれば、直接 お詫びしなければならない所でしょうが、気後れしてしまい実行に移せそうもありません。
かくは、お詫びの書状を差し出す次第でございます。
今後、人間的な修養に励みますことをお誓いして、お許しを願うのみでございます。――― 睡蓮 』
( さすが、睡蓮…!! 全く色気が無く、まるで 始末書のようだ……! )
白夜は 手紙をもう一度 読み返すと、年齢の割に 堅苦しい文章の羅列に愛おしさを感じた。
同時に、睡蓮がリエン国の文字をしっかりと綺麗に書き綴っている事に驚きを覚える。
( 睡蓮らしい文章だけど、この言葉遣いを彼女はどこで覚えたんだ……? )
時を同じくして、睡蓮は自身の部屋の寝台の上で布団の中に包まって座り込んでいた。――― 白夜が帰って来た事には気付いている。
手紙を彼の部屋の所に置いて来たまでは良いが、また別の問題が彼女の中で浮上して来たのだ。
( 読まれたのかしら……? それならそれで、どんな顔して部屋から出て行けばいいの……!? )
――― 考え込んでいると、部屋の扉を三回叩く音がした。
「 睡蓮? ――― 手紙ありがとう。読んだよ? 」
( はわわっ!! 白夜さん!!? )
睡蓮は顔を真っ赤に染め、緊張から震えあがった。
部屋の扉に鍵が付いているのが救いだ ――― 。
「 返事はここに置いとくから、読んでね? 」
白夜がそう言うと、部屋の扉の下の隙間から白色の紙が出て来るのを睡蓮は目にする。
( 返事…!? ――― 白夜さんからのお手紙…!? )
睡蓮は布団を頭から被ったまま立ち上がり、手紙を拾い 其の場で直ぐに書簡紙を広げた。
『 ――― 睡蓮へ
こちらこそ、いつもお世話になっております。
先日は、驚かせてしまったようで申し訳ございません。
君が口を聞いてくれないのは当然の事です。
ですが、ずっと 君に謝りたい気持ちでいっぱいでおりました。
だから、僕も手紙の力を借りて君にお詫びいたします。
本当に申し訳ございませんでした。
近いうちに改めてお詫びするつもりですが、取り急ぎ書面にて失礼いたします。――― 白夜 』
手紙の中の 白夜に怒っている様子が無く、むしろ、以前 彼に感じたままの優しい雰囲気の文章の羅列を見て睡蓮は安心感と物懐かしさを感じた。
同時に、自分がリエン国の文字をきちんと読める事を知る。
( 白夜さん……怒っていない……? ――― 私に謝りたい??? どうして?謝るのは私のほうでは……? )
睡蓮は 姫鷹と葵目の言葉を思い出し、 白夜と ちゃんと話さなくてはと、勇気を出して部屋の扉を開けた ―――――― 。
すると、其処 ――― 廊下には白夜が睡蓮の部屋のほうを向いて立っており ――― 睡蓮は 全ての決心が吹き飛び、悲鳴を上げて、すぐさま開いた扉を閉め直した。
「 きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
「 ちょっ…!! 睡蓮 ――― 待った!待った!!何もしない!何もしないから!! 」
白夜は閉まろうとする 睡蓮の部屋の扉を自身の足で押さえ、己の足と片手で難無く扉を開く ――― 悲鳴を聞きつけて、秋陽も廊下に現れた。
「 白夜……!? お前達、何の騒ぎじゃ!? 」
「 ご…ごめん!でも、ここで閉めさせたら 君、部屋の中から二度と出て来そうに無いから…… 」
睡蓮が怯えているので、白夜は扉の所から一歩も動かなかった。
一方、睡蓮は 一瞬 ――― 白夜と晦冥の姿が重なって見え、混乱状態に陥っている。
白夜と晦冥は背丈が似ているのだ ―――――― 。
「 君が出て来るのを待ってたんだ。驚かせてごめん……! " 近いうちにお詫びする " って、書いたのは読んだ? ――― それ、今の事なんだけど…… 」
白夜は床に膝を着き、其の儘 正座する様に座り込んだ。
「 睡蓮、ごめん……! 」
「 !? ――― どうして…!? 顔をあげてください!! 私…感謝はしておりますが、怒ってはおりません! ――― ただ……どうしたら良いのかわからなくて……… 」
白夜が土下座しそうな勢いだったので、睡蓮は慌てて同じ様に床に座り込み、二人は向かい合った ―――――― 。
「 でも、結婚は……考えてないと言うか…――― 君がどうとかじゃないんだけど、その……難しいと思ってて…… 」
「 わ…私もです! そういうのは今は考えられないと言いますか…――― まずは、記憶を取り戻してからで無いと……こ…困ります。 ――― わ……忘れましょう!! 忘れますから どうかお忘れください!! 」
記憶を失くした自分が忘れるとか忘れてくれとか、なんだかおかしな話だなと思いながらも睡蓮は頼み込む様に白夜に頭を下げた。
「 いや、睡蓮……忘れる訳には…… 」
―――――― 波が大きな音を立てて、沈黙している二人を包み込む様に鳴り響いた。
白夜は暫く睡蓮の美しい髪 ――― 後頭部を見つめると、言葉を続けた。
「 では、睡蓮 ――― せめて、君の記憶を取り戻す手助けをさせて欲しい。 ――― 何もしないと言うのは俺も心苦しい……怖い存在があれば、それからも君を守ると約束するよ。 」
「 もう充分 助けて頂いておりますが……ありがたいです。 」
睡蓮が顔を上げると、二人は久方ぶりに顔を見合わせ ――― 少し照れながら、胸のつかえが取れた様に微笑みあった。
結局、此れ迄通りの関係に戻るだけなのだが ――― 心の中は以前とは変化を遂げている事に睡蓮も白夜も未だ気が付いてはいない。
「 まとまったかの? 早く飯にしてくれ 」 ――― 一部始終を聞いていた秋陽が|ニヤニヤと楽しそうに笑いながら自身の背後から顔を出したので白夜は照れ臭そうに顔を顰めた。
「 父さん ――― 気配は感じてたけど、そんな近くにいたのか…… 」
「 これでやっと、お前達の重苦しい空気から解放される! ――― 後は……桔梗とお前の空気を 早くどうにかせい。良いな?」
「 ! 」
白夜の肩を ぽんっと叩くと、秋陽は二人を置いて廊下を歩き出した。
「 桔梗さん…? ――― 桔梗さんと何かあったのですか?」
「 うん……ちょっとね。 」
白夜は立ち上がると、桔梗との事を何も知らない様子の睡蓮の手を取って彼女を立ち上がらせると再び、頭を抱え込んだ ――― 。




