「 水底深く沈む部屋にて 」
「 そう言えば、あの女性と少年は 結局、何だったんでしょうね? 」
――― 稽古場の腰掛台に座る白夜の隣に座り、自身の剣を手入れしながら蒼狼が会話を切り出した。
二人は稽古場で雑談しながら他の者達の手合わせを見学している。
「 ? ――― 何の話? 」
「 花蓮様の即位式ですよ!?蓮 様の側室と息子がどうのって何か出て来たじゃないですか! 」
「 あー…あったね!そんな事 」
橙色の髪の女性と藍玉の事は、白夜の記憶からごっそりと消え失せていた。
睡蓮に矢が刺さったり、睡蓮に助けた時の話をしたり、新しい家に移ったりで其れ処では無かったのだ。
「 どうせ、デタラメだったんじゃねえの? 本物なら 今頃 宮中で堂々と暮らしてるだろ 」
――― 二人と一緒に居た銀龍と他の武官達も話に加わる。
「 でも、あの二人 どうなったんだろう? 出鱈目なら罰を受けたりしなかったのかな? 」
蒼狼 は腑に落ちない表情で銀龍のほうを見た。
「 そういうの 蓮 様は嫌うからな。 」
「 そもそも、あのお方は王妃様 一筋だったしなぁ~。あの女、ありゃ絶対 狂言者だよ! 」
「 そうそう!無事に娶られるまで、こっちがハラハラしたものだ。 」
銀龍の口から出た 蓮の名前に、他の武官達も同意するように頷きながら蓮 先王の話を意気揚々と語り始めたが、白夜によって話は戻される。
「 制裁か…… 確かに、ああいう行為に何もしないと言うのもな… 」
「 そうそう、ああいう輩は付け上がるから…… 」
蒼狼は自身の剣から顔を少し引いて、刃の最終確認をおこなった。
「 まあ、その辺は晦冥様が何とかすんじゃねぇの? ――― 俺は、あの二人の処遇よりも白夜が言っていた黒い矢のほうが気になっている。」
銀龍は考え込んだ様な真剣な表情で話題を変えた。
蒼狼も黒い矢の事は気になっている。
「 そうですね、それも何だったのだろう? ――― 犯人探しやってるのかなぁ? 」
「 お前の妹の容体はもう良いのか? 」
「 はい。もう傷は治ってると思います。 」
銀龍の問いに白夜が答えると、銀龍は安心した様に二回頷いた。
「 そうか…良かったな……! 」
―――――― 宮中のどこか一室 ――――――
晦冥 に " 藍玉 " と名付けられた少年は、同じ年頃の美しく整った顔立ちをした他の少年達と一緒に其の部屋の中で過ごしていた。
其の部屋は生きる上では何の不自由も無いが、窓は一切無く ――― 外界から遮断されていて、自分の意思で自由に外へ出る事は出来ず、ほぼ 閉じ込められた状態だ。
聞こえてくる海の響きが少年達に重く伸し掛かり ――― 中には 気狂いになりかけてる少年もいて、波の音と相俟って、藍玉と名付けられた少年は平常心を保つ事で精一杯だった。
唯、周期的に部屋の中から一人が連れ出され、其の後、其の連れ出された一人は戻って来ないと云う事が続いており ――― 藍玉と名付けられた少年は 逃げ出すなら 其の時が好機と考えていた。
「 入るぞ。 」 ――― 突然、紙に包まれた薄い板のような物を持った若く麗しい男達がぞろぞろと少年達の部屋に入って来ると、彼等は手にしていた薄い板 ――― 鏡を壁に飾り始める。
「 この部屋に鏡を置く事になった。 全員 手伝ってくれ。 」
藍玉と名付けられた少年は、開いた部屋の扉を見ながら様子を窺っていたが、扉の所には少年達が逃げ出さない様に、見張り役の武官が自身の武器を手に佇んでいる。
( これまでも色々な所を転々として来たけど…… ここが一番 待遇が良くて、一番 不気味だ……。 )
人間味の無い表情をした男達の顔を見て、藍玉と名付けられた少年は何となく自分はどんな表情をしているのか気になって、鏡に映った自分の顔を見てみる ――― 冴えない表情だ。
憂いを帯びた自分の表情を気を引き締める様に真剣な表情へと変えると、藍玉と名付けられた少年は鏡の設置を手伝い始めた。




