「 不可解な鏡 」(三)
「 さてと、俺はそろそろ帰ろうかな ――― 桔梗、白夜にもよろしく言っといて 」
――― そう言って、東雲が立ち上がると、桔梗も立ち上がった。
「 私も一緒に帰るわ! 東雲 近くまで送ってくれる……? 」
「 良いけど……泊まるんじゃなかったの? 」
「 今日はやめとくわ。そういうのお父様が良く思ってないのよ。 睡蓮さんも居るって言ったのだけど…… 」
それも本当の理由ではあるが ――― " ただ単に白夜と睡蓮が二人いる姿を見たくないのかもしれない " と桔梗は感じていた。
特に、白夜が睡蓮の名を呼ぶ姿を見たくない ――― 。
睡蓮に対しては以前よりも彼女に好感が持てていたが、同時に一筋縄ではいかなそうな脅威も感じ始めていた。
「 ああ ――― その件はすまなかったのう、桔梗。家内もおらず娘も持たぬので、つい、白夜の男友達と同じように考えておった。お父上にも 申し訳ない事をした。 」
「 いいえ、お気になさらないで秋陽様。こちらこそ、お役に立てなくて申し訳ありません。 」
「 お二人とも帰られるのですか…… 」
寂しさも感じてはいるが、他に誰かいれば 白夜の事で気が紛れるだろうと考えていた睡蓮は気を落とさずにはいられない。
睡蓮が悲しそうな表情な事に気が付いた東雲は、彼女に何か声をかけようと思い、言葉を考えながら立ち止まり ――― なかなか その場から動けずにいた。
静かになると、宮中を包む 波の音が 良く聞こえる ――― 。
「 また来るよ?睡蓮 」
「 はい……お待ちしております 」
「 ――― さっきから言おうと思ってたんだけど、睡蓮 」
「 ? 」
「 今日は髪型が違うんだね ――― それも 良く似合っているよ! 」
「 あ…ありがとうございます! 」
睡蓮が照れた様に微笑んだので東雲は安心して、最後の一言を桔梗に聞こえないように睡蓮の耳元で囁いた。
「 先生に聞いたけど、ちゃんと白夜と仲直りするんだよ? 」
「 !? 」
――― 今度は困惑の表情を浮かべた睡蓮を見て、以前よりも表情が増えた睡蓮の姿に気付いた東雲は にっこりと笑うと彼女の頭を撫でて去って行った。
「 二人とも気を付けて帰るのじゃぞ 」秋陽がそう声をかけると、東雲と桔梗は軽く頭を下げて玄関を後にする ――― 。
( 仲直りと言われても……別に喧嘩をしている訳では……! )
照れと困惑で顔をふくれっ面にしながら、睡蓮 は 東雲に撫でられた髪を整えながら居間に戻って行った ――― 。
――― 帰り道、東雲と桔梗は 宮中へ 何か大きな薄い板の様な物が紙に包まれて大量に運びこまれている光景に遭遇し、思わず足を止める。
「 何を運んでいるのかしら? 」
「 さあ…? 何だろうね…… 」
良く見ると、板の様な薄い物以外に 家具の様に大きく形ある物まであり、それら全てを運び屋達が長い列を作って宮中へ持ち運んでいる。
「 あの、これは何を運んでいるんですか? 」
運び屋の一人に東雲が訊ねてみると、其の男は " 荷物は全て鏡 " だと答えた。
「 えっ!? 鏡…ですか? ――― 全部!? 」
「 蓮 様から花蓮様に変わったから宮中の模様替えなんだってさ 」 ――― 言い終わると、呼び止めた男は王宮へと歩を進めた。
「 一体、どんな部屋を作る気なのかしら……? 」
「 そうだね……。 」
桔梗の言葉に返答しながらも、東雲は 運ばれて行く鏡を見ながら響き鳴る波の音の中に眉を顰めて立ち尽くした ―――――― 。




