「 睡蓮と桔梗 」
「 そろそろ、洗濯をしないといけないのう? 」
「 え… 何の話!? 」
秋陽の言った" 洗濯 " を " 選択 " と聞き間違えた白夜は、頭の中に桔梗の顔と睡蓮の顔が同時に浮かび、少し焦りを感じた自分に更に焦りを感じ始めていた。
親子は、睡蓮も加えた三人で白夜の作った夕食を囲んでおり、台の上には睡蓮の機嫌を直そうと白夜が何処からか持って来た花が花瓶に生けてある。
白夜から自身が海で助けられた話を聞いた日から睡蓮は、白夜と殆ど口を聞いておらず、目も合わせようとはしなくなっていた。
決して、彼に対して怒っているのでは無く、忘れようとしても心から湧き出て来る恥ずかしさを未だ処理出来ずにいるのだ。
現在の睡蓮は『 記憶 』と云う『 他の情報 』が自分の中に少ない為なのか、彼女にとっては白夜に助けて貰った話が強烈過ぎて、心の中は晦冥どころでは無くなってしまっている。
余り目にする機会の無い晦冥よりも、毎日 顔を合わせる白夜のほうが睡蓮の心の中を掻き乱していた。
「 ご…ごめんなさい、先生……本当はお世話になってる私がしなければいけないのに……! 」
―――睡蓮は申し訳無さそうな顔で秋陽に謝った。
『 洗濯 』の事は理解しているが、何をどう洗えば良いのか『 洗う方法 』は忘れてしまった様で彼女は次に日葵や桔梗が訪れた時に洗濯を教わろうと心に決めている。
「 洗濯なら俺がやっても良いけど……睡蓮の衣…… 」
" 睡蓮の衣は洗えない " ――― と、言おうとして白夜は 睡蓮の前で " 衣 " という単語を言うのを控えた。
睡蓮に避けられ続けて白夜は ちょっとだけ凹んでおり、彼は睡蓮を刺激しない様に細心の注意を払いながら生活している。
「 良い良い、そろそろ桔梗が来る筈じゃから頼んでみるかのう? 」
――― 口にはしないが、秋陽は息子の恋模様が どうなるのか楽しんでいる。
三者三様、それなりに新しい生活に慣れ始めて来た頃 ――― 秋陽の予想通りに桔梗が白夜の邸を訪れた。
彼女は、白夜達の家移りの件で 未だに父親と揉めているのだが
母親は彼女の味方なので、漸く父親の目を盗んでコッソリと白夜 ――― 彼と睡蓮の様子を見に来たのだ。
「 ええ、構いませんよ。秋陽様 」
白夜の邸を訪れて間もなく、秋陽に洗濯を頼まれた桔梗は快く引き受けたのだが " 睡蓮と一緒に " と云う点については彼女は戸惑いを隠せずにいる。
睡蓮のほうは、桔梗の心情に微塵も気付いておらず、これで漸く洗濯の方法が覚えられると安堵しつつ、意気込んでいた。
其々の想いを胸に抱き、特に口を聞かないまま桔梗と睡蓮は 白夜達の家の備え付けの水場で洗濯を開始する ――― 。
「 ごめんなさい、桔梗さん ――― お手を煩わせてしまって…… 」
「 良いわよ、別に。 手伝いをするために来たんだもの。 ――― それよりも、睡蓮さん ちゃんと覚えて? この布地は繊細だから 余り力を込めては駄目よ? ――― あと……こういう作業をする時は髪をまとめたほうが良いわ。」
桔梗は濡れた手を石鹸水で洗いなおすと、自身が予備に持っていた髪飾りで睡蓮の長い髪を束ねた。
髪を触られた時、睡蓮は桔梗に懐かしさを覚えた。
以前にも、似た様な事があったような気がしたのだ ―――――― 。
相変わらず、其れ以上は何も思い出せない ――― 釈然としない儘の何とも言えない気持ち悪さを感じながら睡蓮は桔梗に微笑んだ。
「 ありがとうございます! 」
「 さあ、続けましょう 」
睡蓮が嬉しそうな笑顔を見せたので、思わず桔梗も微笑んだのだが直ぐに我に返り、悲し気な表情を浮かべた。
彼女の其の様子に気が付いた睡蓮は、不思議そうな顔で彼女を見つめ続けた ――― 。




