「 鏡の中に咲く睡蓮の花 」
「 ――――――…と、いう事なんだけど……睡蓮、聞いてる?」
白夜の其の呼びかけは 睡蓮には聞こえていなかった ――― 。
助ける為に『 裸体を見てしまった 』所までは、角燈の灯りだけでも判るぐらいに顔を赤らめて俯きながらも、" ご迷惑おかけしました…… " と白夜に返事をする事が出来たのだが、続けて『 口付け 』の話を聞いた時は、最初は口付けの意味が分からなかったので詳細を聞いた所、聞かれた白夜のほうも頬を染めて戸惑ったが話を聞き終えた睡蓮 は驚愕の表情で瞳を見開くと、口元を自身の両手で覆って固まった様に動かなくなり『 リエン国の結婚観 』の辺りでは、何も耳に入っておらず 睡蓮の頭の中は真っ白になっていた ――― 。
「 睡蓮? ――― 睡蓮、聞いてる!? 」
「 きゃああぁっ!! 」
白夜が少し屈んで睡蓮の顔を覗きこもうとすると、
睡蓮は忽ち悲鳴を上げて部屋から飛び出し、胸の傷の痛みも忘れて 一目散に逃げて行った ―――――― 。
「 今のお嬢さんか!? ――― おい貴様!!お嬢さんに何をした!? 」
悲鳴を聞きつけた光昭が別の病室から顔を出し、その驚異的な膂力 で 白夜 の 胸倉を掴むと僅かに持ち上げた ――― 。
流石の白夜も、重心が浮いた状態で巨漢の光昭の腕を簡単に振り払う事は出来ないので焦る。
「 誤解だ!誤解だよ!!落ち着け!! 」
「 桔梗さんというものがありながら、お嬢さんにまで手を出すとは!!男の風上にも置けん奴だ!! 」
「 桔梗!? なんでお前が桔梗の事を知ってるんだ!? 」 ――― 言いながら、白夜は光昭の腹に片脚で蹴りを入れた。
「 ぐおっ!? 」
白夜が自分よりも細身な為、油断していた光昭は もろに受けた蹴りの威力に咄嗟に 白夜から腕を放し、体勢を整える為に間合いを取りながら、白夜と静かに睨み合った ――― 。
「 悪いが、お前の相手をしてる暇は無いんだ ――― さっさと寝ろ!! 」
白夜の周囲に居る人間が余り目にした事の無い険しい表情で 光昭に そう吐き捨てると、白夜は乱れた胸元を整え、睡蓮を探しに廊下を歩き去って行った ――― 。
「 父さん…――― 睡蓮を見なかった? 」
食器を洗い終わって自身の部屋で寛いでいた秋陽は、白夜の声で転寝から目覚める事となった。
「 いや……寝ておったから分からん。お前、睡蓮に ちゃんと伝えたのか……? 」
「 うん… でも、あの様子は最後まで聞いて無かったような気がする。 」
「 良いから、今日の所は そっとしておくのじゃ……後の事は流れに任せれば良い…――― 」
言い終わると、秋陽は寝返りを打って、また夢の世界へと戻って行った ―――――― 。
( そうは言っても、夜だしな……――― 外に出て行ってはいないよな? )
桔梗が外に居た時の事を思い出し、念の為に外に出て確認して回ったが、目に見える所にはいない様子なので白夜は意識を研ぎ澄ませ " 人の気配 " を探した ――― 睡蓮が居る気配は無い。
( ――― 外じゃ無いなら、あの廊下は真っ直ぐ伸びてるから…… )
家屋に戻り、白夜は浴室の扉を そっと開けて中を覗き込んだ ――― 。
出会ってから自分が最初に睡蓮を案内した場所で、家の中に在る睡蓮も出入りしているであろう場所だ。
一見、誰もいなかったが 置いてある水瓶の上の部分の壁にある鏡の中に顔を両手で覆って蹲まったように座って物陰に隠れている睡蓮の姿が映っていたので、白夜は安心して そっと扉を閉じた ――― 。
( ――― 泣いてはいないようだな……? )
睡蓮が泣く程 に精神的に参ってはいない様子に白夜は安堵し、 桔梗の手前、喜んで良いのか迷ったが・・・迷ってる時点で喜びの感情が湧いている事は解ってはいた。
――― 暫くして、睡蓮が浴室から ふら付いた様子で出て来て病室に戻って鍵を掛けたのを見届けると、白夜は入浴する為に浴室に入り、睡蓮に気付かないまま 湯浴みを始める事にならなくて良かったと鏡に感謝するのだった。




