「 睡蓮と白夜 」
身体の傷は痛むが、睡蓮は 最初に診療所で目覚めた時よりも自分の頭の中がハッキリとしている事を感じていた ――― 。
相変わらず、自分の過去については何も思い出せずにいたが
代わりに、リエン国の事や 目覚めてから出会った人達の事など新しい事を覚え、
何かひとつの物事や ひとりの人物について、深く考える事が出来る様になって来ていた。
何も覚えていない睡蓮にとって、今は他者の存在が自分自身を知るための鍵となっていた ―――――― 。
「 ――― あの、光昭さん……本当にごめんなさい…!! 」
睡蓮は荷物運びから戻って来た光昭の 包帯に包まれまくった手を見て絶句すると、深々と頭を下げて謝罪した。
体を丸めた時に胸元の傷が痛んだが、自分以上に重症に見える光昭は これ以上の痛みに違い無いと思い、痛みに耐えて頭を下げ続けた ――― 。
「 いや…お嬢さん、あなたのせいじゃ無いですよ!? 俺は務めを果たしただけですから…――― お嬢さんが無事で何よりですよ!! 」
「 で…でも…… 」
光昭は和やかに そう言ってくれたが、睡蓮は再び 光昭の手を見ると涙目になった。
思わず、包帯で包まれた光昭の手の上に 自分の両手をそっと添える ――― 。
「 あの…治るまでの間は、私 何でも手伝いますので!! 」
「 ありがとう、お嬢さん……! そりゃあ助かるよ! 」
――― 二人が和やかな雰囲気で微笑み合っている様子を、少し離れた所から白夜が 偶々 目にしていた。
光昭より先に、自分の所に 睡蓮はお礼を言いに来てくれたのだが
現在、目にしてる様な盛り上がりは無かったので、何となく 二人を見ていて面白くは無かったのだが
( いやいや、待て待て……! 俺には 桔梗がいるんだから それで良いんだよ!? )と、心を落ち着かせつつ ――― 腕を組んで、海で睡蓮を助けた時の話を どんな風に彼女に伝えようかと頭を悩ませながら その場を後にした ――― 。
其の白夜の後ろ姿に気づいた睡蓮は、姿が見えなくなるまで彼の背中を見つめていた ――― 。
白夜は二度も自分を助けたと皆は言うが、助けられた時の記憶が無い睡蓮には出会った人達の中で、白夜の事が一番 遠く ――― 知らない人物の様にも思えていた。
それでも、白夜が教えてくれた 蓮 と 睡蓮 の話は 今でも 強く心に残っていて
今となっては皆が呼んでくれる " 睡蓮 " という名前を付けてくれたのも白夜なので、睡蓮は、他の誰とも違う ――― 何か特別な想いを白夜に感じていた。
( 白夜さんは 普段は どんな方なのかしら……? )
陽が沈み、空が黒く染まって行く中、睡蓮は 秋陽、白夜 ――― 光昭の三名と夕食を囲む事になった。
本来は、診療所の患者への食事は病室に運ばれるのだが、睡蓮 と 光昭は全く知らない仲では無いと謂う事で廊下ひとつで繋がっている秋陽 と 白夜の家屋に呼ばれたのだ。
「 え!? これ…白夜さんが作られたのですか!? 」
睡蓮は、天板の上に並べられた料理を白夜が作ったと聞き、元々 大きめの瞳を 更に大きく見開いた。
「 お前、剣士なのに料理人なのか!? 」と、白夜の意外な一面に光昭も素直に感心する。
「 日葵にも手伝ってもらったけどね。 」
「 すごいです…! 」
海に囲まれているリエン国では魚介類が豊富なので、白夜が作った物も魚料理が中心となっていたが
自身と光昭に合わせて作ってあり、更に日葵も自身が食べる量を基準として調理しているので矢鱈と量が多い。
睡蓮の席には、胸が痛んでも食べやすそうな 優しめのあっさりとした料理も置かれていた ――― 。
「 儂に似て、白夜は料理上手じゃからな! 」 ――― と、秋陽 が 白夜の料理に瞳を輝かせた睡蓮 と 光昭に得意気に言ったのだが
「 母さんが死んで、父さんが下手過ぎるから上手くなったんだよ…… 」と、彼の息子のほうは 独り言の様に呟いた。
「 おのれ! 東雲に続きお前までっ ――― !! 」
「 ――― 御馳走さん!! ああ うまかった! それじゃあ、自分は失礼する! 」
行儀作法など気にしない光昭が食べ終わるのは早く、あっという間に平らげて 椅子から立ち上がった。
「 お主、片手なのに もう食べ終わったのか…!? 」
「 あ!光昭さん、お皿なら私が片付けますよ…!? 」
「 いやいや、これくらいなら大丈夫だよ お嬢さん 」
光昭 は 睡蓮に笑顔を向けると、自分で水屋(台所)へ皿を運び、診療所のほうへ帰って行った。
誰も彼の心の中に気づいていなかったが、光昭は 桔梗の件で あまり白夜と一緒の空間にいたくないのだ。
「 ―――…睡蓮、あいつと仲良いね? いつの間に仲良くなったの? 」
真向いに座っている白夜に話しかけられ、睡蓮は少し緊張して 「 え…? そうでしょうか? ――― 光昭さんとは こないだお会いしたばかりですよ?」と、微笑みながらも 彼から目を逸らした。
白夜の事は 此れ迄 後ろ姿ばかり見て来たせいか、顔を向かい合わせるのには まだ慣れずにいる。
睡蓮が 何となく余所余所しい態度で答えたのを白夜 も 秋陽も感じ取っていた。
睡蓮は、誰に対しても丁寧な言葉遣いで 余り自分から積極的に話す性質では無いと
秋陽も白夜も解ってはいたが
騒がしい光昭がいなくなったので、余計に部屋の中の静けさが際立っていた ――― 。
「 東雲とも仲良しじゃぞ? のう、睡蓮 」
秋陽は、白夜に嗾しかけるように会話を切り出した。
桔梗の事も娘の様に思ってはいるが、今後の事を踏まえて息子の嫁候補の睡蓮 と 白夜の仲が 今一つなのも どうにかしたいと彼は考えている。
肝心の白夜は、東雲の名を聞いた睡蓮が満面の笑みを見せたので呆気に取られていた ――― 。
「 はい…!東雲さんには とても良くして頂きました!またお会いしたいです… ――― ! 」
「 そうじゃな、東雲もお主の事を心配しておったぞ?
お主の隣にいながら、矢を食い止められなかった事を悔やんでおった。 」
「 そんな…! 東雲さんのせいでは無いのに…――― ! 」
「 ――― て言うか、自分も仲良いよね……? 父さん 」
桔梗を裏切るつもりは全く無いが、自分が " 睡蓮 " と名付けた女の子が
何時の間にか 自分以外の男達と自分よりも親しくなっている事については
何だか、縄張りを荒らされてるような気分がして 白夜は快く思ってはいなかった。
彼自身は気付いていない様子だが、秋陽は計画的に ――― 睡蓮は図らずも 白夜の独占欲を刺激したのである。
其れが原因なのかは不明ではあるが、彼は 避け続けていた話を あっさりとした様子で睡蓮に切り出した ――― 。
「 睡蓮、俺が話したい事があるって言ってたの覚えてる? 」
「 はい…! 覚えています。 」
「 うん、じゃあ 食べ終わったら ちょっと二人で話せるかな? 」
「 ? ――― はい…… 」
空気を読んだ秋陽が食事の後片付けに名乗り出たので
白夜 は 睡蓮を連れて、邪魔が入りにくそうな静かな場所を探した ――― 。
最初は、夜空に白く輝く月でも見ながら・・・・と思っていたのだが
情緒のある場所に他の女の子と居るのは桔梗を悲しませる様な気がして、
結局、現在 睡蓮の部屋となってしまっている病室の中で二名は話をする事にした。
「 ……早速だけど、睡蓮 ――― 落ち着いて聞いて欲しい。 」
「 ? 」
角燈の中の蝋燭に火を灯し、部屋の扉を閉めると白夜は海で睡蓮を見つけた時の話を始めた ―――――― 。




