「 桔梗の涙 」(二)
「 桔梗…――――――? 」
桔梗を探して歩く白夜は、なかなか彼女が見つからない事に焦りを感じ始めていた。
野放しの何者かによって、桔梗まで睡蓮の様な目に遭ってしまったら一溜まりも無い。
家屋と診療所を繋ぐ廊下を少しずつ早足で歩いて行く―――――― 。
室内に姿が見えないので外へ出てみると、雨は止んでおり黒い空に青白い月が輝いていた。
月明かりの御蔭で、診療所の出入り口の脇にある池堀の所に座り込んでいる桔梗の姿が見えたので
白夜は安心して一呼吸終えると、桔梗の許へ走って行った。
「 桔梗! もう夜だ、外にいるのは危な…――― 」
そう言いながら桔梗の肩に手を触れると、振り向いた彼女の顔が泣いていたので
不謹慎と思いつつも、白夜は 月明かりに照らされた その綺麗な泣き顔に見惚れてしまった。
「 何があった!? ――― まさか、矢の犯人が…… 」
「 違う………!! 」
「 桔梗、とにかく中に入ろう? ――― 門は閉まってるとは言え、ここは外だし 道の方から 良く見えるから…! 」
白夜は桔梗の手を取って立ち上がらせようとしたが、彼女は俯いて泣いたまま動こうとはしない。
「 中になんて入はいれない……! ――― 私……さっき、恐ろしい事を考えてしまったもの…… 」
「 恐ろしい事? 」
「 あ…あの娘が無事だって聞いた時、私 ――― 一瞬……がっかりしてしまって………
本気で心配もしてたのよ…!? でも…一瞬……、一瞬だけ………
あの娘がいなくなれば、あなたがあの娘と ――― って 」
其処まで言い終わると瞳から涙が溢れ出し、桔梗は両手で顔を覆って咽び泣いた。
一瞬でも 睡蓮の死を願ってしまった自分が自分で許せないのだ。
桔梗が ここまでの涙を見せるのは幼い時以来の事で、理由も理由だけに どうしたら良いのか分からず
取り敢えず、白夜は黙って桔梗の隣に肩膝を突いてしゃがみ込んだ。
小さな頃の桔梗と目の前の桔梗の姿を重ね合わせて、月日の流れを感じずにはいられない ――――――。
「 君は悪く無い ――― そう思わせたのが俺なら、悪いのは俺だよ。 」
「 …それは違うわ! ――― あなたは……酷い目に遭われてたあの娘を救ったのだもの……!
さっきも、海でも……! 私とは……まるで、違う………!!」
白夜の言葉が桔梗の心の中の何かに触れてしまった様で桔梗は大粒の涙を流し始めた。
「 まあ、確かに恐ろしい事だけど……解るよ?
俺も逆の立場だったら、考えるかも ――― それを正直に言えて、涙する君は綺麗な人だと思うよ?」
――― 桔梗に告げると白夜は彼女を自分のほうに抱き寄せ、彼女の額に口づけをした。
「 ごめん……睡蓮には、まだ話せていないんだけど……
でも、俺がこうするのは君だけだからね? ――― それを忘れないで。 」
桔梗は、涙ぐみながら 黙って白夜の胸に持たれかかった。
「 だから、もし、君と俺と 睡蓮と 父さんで 暮らす事になっても睡蓮に焼きもちなんか…――― 」
「 ちょっと待って!! 四人で暮らすって何!? ――― 何で その四人なの?
秋陽様はともかく……あなた、やっぱりあの娘とも……!! 」
桔梗は、思わず白夜を力いっぱい撥ね退けると、立ち上がって 怒りの表情で白夜を見下ろした ――― 。
「 ――― 父さんから聞いてないの!? 」
「 何をよ!!? 」
「 失礼、晦冥様に言われて来たのですが……
そこに座っていると言うか、転がっているのが白夜かい? 」
白夜と桔梗が声がしたほうを見ると、
門の所に 松明を片手に持った若く麗しい男を乗せた馬が一頭 立ち止まっていた。
晦冥が言っていた " 使いの者 " である ――― 。
「 もう一人 武官が居るんだろ? 一度に済ませたいから そいつも呼んでくれ。
あと、君にはこれを渡すように言われた。」
「 ? 」
白夜が 使いの男から手渡された封包みを開くと、中には家移りについての文書が入っていた ――― 。
「 え!? ――― もう受理されたんですか? 申請したの昨日ですよ!? 」
「 いや…僕に聞かれてもわからないよ!
でも、晦冥様から直接 預かったから……そうなんじゃないの? 」
「 どうして……!? 」
宮廷に仕える者達は、王の御膝下――― 宮廷の敷地内で暮らさ無ければならない決まりが有り、
その際、申請すれば 家族や使用人なども一緒に住む事が許されるのだが
家族や使用人は宮廷に入る前に身元確認が必要であり、受理される迄は かなりの時間が必要になる ――― 。
然し、何故か 秋陽と桔梗――― そして、一番 何者なのか分からない睡蓮に許可が下りたと文書に書いてあった。
――― 女王の印らしき物も押して有るので間違い無い。
「まったく…――― 選りに 選って あの方を呼びに行かなければならないなんて……!」
桔梗は診療所の中に戻り、光昭を探していた。
然し、彼の姿は なかなか見つからない ――― 。
――― 其れも其の筈、光昭は外で星空を眺めていたので
桔梗が池堀の所で 一人で泣き始めた時から物陰に隠れて
一部始終をずっと目にしており、出るに出られなくなっていたのだ。
桔梗が姿を消し、白夜は文書に集中しているので光昭はコッソリと 忍び足で白夜の背後から姿を現した。
「 おっ…君がもう一人の武官かな? 随分、デカいな…!それじゃあ、二人共 よく聞いて…――― 」
白夜は文書の事が気になって話が耳に入らず、
光昭は自分の恋敵を睨みつける事に精一杯で話を聞いておらず
結局、使いの男は 二人に同じ話を何度もする羽目になるのだった ――― 。




