「 桔梗の涙 」(一)
―――――― 秋陽と 日葵の尽力によって、睡蓮は どうにか一命を取り留め、
最初に白夜に抱えられて診療所に運ばれて来た時の様に寝台の上で眠っている。
久し振りに手術めいた事を行った秋陽は、年齢のせいか治療を終えた途端にドっと疲れが押し寄せて来て、
思わず 自分も もう一台の寝台の上に倒れ込んだ。
光昭も治療を終え、今夜は彼も大事を取って診療所に泊まる事になっている。
傷は深く、どの位で完治するかは不明だが、剣を持てなくなる程では無い様なので
光昭は、雨が止んで晴れ渡った夜空を見上げながら神に感謝した。
日葵から治療が終わったと聞き、白夜と東雲 ――― 桔梗、春光が
睡蓮と 秋陽が眠っている部屋に雪崩れ込むように入室する。
一名を除いて、睡蓮が無事な事に 全員が ほっとして胸を撫で下ろした ――― 。
「 良かった…! 睡蓮 」と
――― 白夜がスヤスヤと安らかな表情で眠る睡蓮の寝顔を見て
思わず微笑んだ姿を桔梗は見逃さなかった。
睡蓮一人だけなら何とか平常心でいられたが、彼女の傍らに白夜がいる光景は耐え難く、
桔梗は、二人から目を背ける様に 静かに部屋から出て行った ――― 。
彼女の その様子に東雲だけは気付いていたのだが、
泣いているのかもしれないので、今は彼女をそっとしておく事にした。
( 白夜が このまま気付か無かったら、後で 俺が声掛けとくか…… )
東雲が横目で見た白夜は、視線は 秋陽のほうを向いていたが
身体は睡蓮の寝台の前から離れてはいなかった ――― 。
「 意外と傷が浅くて良かったよ~!! ――― たぶん、睡蓮の胸の所にコレが入ってたからだと思うんだけど…… 」と、日葵は春光と睡蓮の血が付いた布や包帯等をまとめながら
白夜と東雲 ――― 春光に丸い手鏡を見せた。
「 鏡…――― ? 」
「 それ……! 僕が日葵にあげた物だね…――― !? 」
春光は手鏡を目にすると、瞳を嬉しそうに輝かせて
心の中で日葵との美しい思い出の数々をふり返って行った ―――
「 そう!あたしが診療所に置いといたやつ!
睡蓮に使って良いとは言ってたけど、持ち歩くなんて やっぱ女の子だよね♪
これが盾になったみたいで、体には あまり矢が刺さって無かったんだよ!」
「 前に、握ったまま寝てた鏡だ……! そうか、これが守ったのか…――― ! 」
「 ……白 ちゃん、握ったまま寝てる所なんて、いつの間に見たんだい?」
「 え!? 」
「 本当だよ。 」
「 君も隅に置けないね、白夜くん 」
直ぐに恋愛の話に変えて、自分をからかってニヤニヤと笑う日葵は毎度の事だったが
思いも寄らず、東雲と 春光の二人にも突っ込まれたので
白夜は恐る恐る ――― かんかんに怒っているであろう桔梗のほうへ目を向けた。
「 あれ…? ――― 桔梗? 」
桔梗がいない事に気付いた白夜は、これ幸いと彼女を探しに
流れる様に部屋の外へ出て行った ―――――― 。
「 あっ!! ――― 白ちゃん、逃げたね!? 」
「 でも、この鏡… 矢で出来た穴は空いてるけど、全然 溶けたり割れたりしてないね?」
東雲の問いに日葵は真顔に戻ると
「 そうなんだよ……! ――― 睡蓮にも矢の傷はあるんだけど、火傷の傷が ほとんど無くってね…。
凄く良い事なんだけどさ…… 光昭は あんななのに、何かおかしいよね? 」と、首を傾げた。
「 昔の人は、鏡の事を『 魔除け 』と言っていたそうだけど
その伝承は、強ち間違いでは無いのかもしれないね?
もしかしたら、鏡に宿った僕らの愛の炎のほうが矢に勝ったのかも…――― なんてね? 」
「 春ちゃん……! 」
見つめ合う春光と日葵の事は放っておいて、東雲は鏡を手に取ると 眉を顰めて鏡を凝視した。
鏡が熱に強い事は知っているが無傷なのは不自然であり、
どういう事なのかと考えながら、震えていた睡蓮の姿を思い返す ――― 。
「 最初に白夜が見つけた時の状態も酷かったみたいだけど……
どうして、睡蓮ばかりこんな目に……?これって たまたまなのかな…? 」
「 ――― だよねぇ? あたしも思ってたんだ…… 」
東雲 ――― 日葵 と 春光の三名は、無言で睡蓮のほうを見つめた ――― 。
今回の矢の一件は、睡蓮の過去が絡んでいるのでは無いかと三人共が考えていた。




