「 " 藍玉 " 」
花蓮女王の即位式こと " お披露目式 " は雨をもって終了と成り、女王は王宮へと帰還した。
彼女が風邪など引いてしまわない様に、女官 達が大急ぎで湯殿に入れて着替えの準備を整える。
女官達に衣を脱がされた花蓮女王は、身体の隅々を洗われている中で
初めて宮殿の外に出た事よりも、自分の事を王に相応しく無いと言い放った
あの 橙色の髪の女の事ばかり考えていた ――― 。
あの少年が 義兄か義弟に当たるのなら、自分は一体どうすれば良いのかと頭を悩ませずにはいられない。
「 晦冥は…? 彼はどこにいるの!? これが終わったら彼に会える?」
「 ええ、花蓮様。 晦冥様は 後程、 花蓮様のお部屋へ伺われるそうですよ。 」
晦冥に会えると聞き、花蓮は 湯船の温かさで赤く染まった頬を、更に赤く染まらせて花の様な笑顔を浮かべた。
色々と騒動が重なり、雨で途中終了した今回の即位式は、本来ならば " 吉凶の前触れ " 等と言われてしまいそうな所なのだが
女王を外に出したく無かった臣下達にとっては、其の方が都合が良く、
然も、ひょっとすれば 王位継承者が もう一人 帰って来たと云う悦ばしい結果で終わったので
宮中の誰も 即位式が失敗などとは思っていなかった。
強いて言うなら、花蓮女王に もう少し 女王らしく振舞って欲しいと誰もが考えていたが
やがて、大人の女性になって行けば解決する問題だろうと 余り気に留めてもいなかった。
宮廷に戻った晦冥は、雨で濡れた身体を自分専用の浴室で優雅に洗い温め
新しい衣服に身を包むと、少し急いだ様な様子で 或部屋へと足を運んだ ――― 。
其の部屋は何も無い殺風景な広間で、武器を手にした 四名の 若く麗しい 男の武官達に見張られながら
蓮 王 の 側室と名乗った 橙色の髪の中年女性と、其の息子と云う 蓮 先王の子息と云われている少年が立たされていた。
「 御苦労様でした ――― 君達はもう下がると良い。 」
「 はっ!晦冥様 」
四名の若い武官達は、声と足並みを綺麗に揃えて広間から姿を消して行った ――――――。
「 ふん……あんたか! 随分とあたし達を待たせてくれたもんだね! 」
女は苛立ちを隠せない様子で晦冥を睨みつけたが
少年のほうは、相変わらず 不安そうな瞳で晦冥の姿を見つめていた。
「 それで?あたしらの部屋の用意はできたのかい?
まさか、この何も無い部屋で寝泊まりしろって言うんじゃないだろうね!? 」
「 とんでもない……! きちんと用意してありますよ?
―――――― そ ち ら の 少年 に は ね 。」
晦冥が言葉を発したのと同時に、橙色の髪の女性に黒煙を放つ複数の黒い矢が雨のように降り注ぎ、瞬く間に彼女の全身に突き刺さった ―――
「 ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!? 」
女が断末魔の叫びを上げ、忽ち倒れ込み 血で赤く染まりながら全身を細かく引く攣かせるのを見て、
女の隣にいた少年は、衝撃のあまり床に腰を付いて、震えて後退りしながら息絶えて行く女の気道の音を聞いていた ――― 。
「 貴女方は、蓮 が 遺言状を残していた事を御存じ無かった様ですね…?
彼は自分の愛する女性と子供の名を書き忘れるような馬鹿ではありません。
――― つまり、例え 貴女方が本当に情婦と息子であったとしても、
蓮にとっては 『 不要な存在 』 でしか無かったと言う事ですよ?」
女の鼓動は既に止まっているのだが、晦冥は少し声を荒げて語りながら其の女 ――― 先程まで女だった其の存在に優しく微笑み、彼女の頭を 自身の片足で踏み付けにした。
「 そんな物を 我々が 温かく王宮に入れるとお思いですか?
貴女は、其の髪の色の様に 随分と御目出度い方の様だ。 」
女が絶命したのを確認すると、晦冥はゆっくりと少年のほうに顔を向け
「 すみませんね ――― 今日は少し苛々しておりましたので……彼女の事を 何時もより 早く殺してしまいました。 」と、何事も無かった様子で乱れた髪と衣類を整える。
「 あ…あの…僕はっ!! ――― そ…その人に言われただけで……!!
違うんです!! すみません!!本当にすみませんっ!! 」
矢が何処から如何やって飛んで来たのかは判らなかったが
少年は自分も晦冥に殺されると思い、身を庇うような姿勢で必死になって叫んだ。
其の様子を見た晦冥は優しく微笑むと、少年のほうに近づき彼の頬に手を当てた。
「ひっ…――― !!」
「 大丈夫、ちゃんと解っていますよ…? 彼女と違って君は正直な子ですね。――― だから、私の " 特別 " に してあげますよ。 」と、告げながら晦冥は少年の頬や髪を 優しく撫で回した。
最初から 女の話など信用しておらず、自分好みの顔をした少年の事が手許に欲しくて王宮に連れて来させたのだ。
女への態度から一変した晦冥の優し気な様子に少年は半信半疑だったが
命が助かりそうな気配から、此の場は黙って従い、成り行きに任せる事にして彼に頷いた。
「 君の名前は " 藍玉 " にしましょう ――― 良いですね?藍玉。
私の事は 『 晦冥 様 』と呼びなさい。」
「 はい…! ――― わ…わかりました。晦冥様 」
藍玉の返事を聞くと、晦冥は最初に部屋にいた四名の武官達を呼び
其の内の二名に 藍玉の世話を任せ、残った二名は橙色の髪の女の処理を任せた。
女の処理を任された二名は、速やかに遺体を運び出して床に流れた血の掃除を始める。
「 其の女は 民衆の前で陛下に恥をかかせた罪深い女です。
通常の手順など踏まず、そのまま海にでも捨てなさい。 」
「 はっ!そのように ――― 。 」
後の事を四名に任せ、晦冥は花蓮女王の部屋へ向かった ―――――― 。




