「 白夜の妹 」
「 失礼 ――― 彼女の名は " 睡蓮 " と云うのですか? 」
「 え…? ええ、そうです…けど…… 」
紅炎の傍で蒼褪めた顔で茫然と立ち尽くしていた桔梗は、其の男の突然の問い掛けに奇妙に思いながらも返答した。
彼女に話しかけて来たのは、朱色の布を纏った あの晦冥と云う名の男である。
桔梗は、日葵達から晦冥の事を 詳しく聞かされてはいなかったが
この騒動の中で " 睡蓮の名前が気になる "と言うのは、何か違うような気がして
直感的に、晦冥には関わらないほうが良いと感じていた。
大勢の人々が睡蓮 の為にと布や綿を集めて駆け回っていた中、
晦冥が充分な大きさのある朱色の布を着飾ったままでいる事も桔梗には不快に思えてならない。
「 ――― 桔梗? 晦冥様、彼女に何か……?」
紅炎 と 桔梗を迎えに来た白夜は、桔梗等と共に晦冥が居るのを不審に思いながらも表情には出さずに晦冥に敬礼した。
「 君か…――― 一部始終を見ていましたが、先程はお見事でしたね。
確か、蓮先王の遺言状に名が記されていた剣士だったかな? 」
「 はい ――― 白夜と申します。 」
「 そう、白夜……。 ――― 君の事は良く覚えていますよ。 」
「 晦冥様に そう言って頂けるとは光栄です! 」と、本心からではあったが
白夜は敢えて 桔梗と晦冥の間に入るように立ち、桔梗から紅炎の手綱を受け取った。
自分が目を離した隙に、桔梗に男がまとわりつくのは何時もの事なので晦冥の事も そうなのだろうと思っているのだ。
「 桔梗、ありがとう。 ――― あと、これ…君の日傘だろ? 天幕にあったから持って来た。 」
「 ありがとう…! ――― あなた、手は大丈夫なの!? 」
「 うん、軽い火傷だから。」と、桔梗に傘を渡すと白夜は晦冥のほうに身体を向けた。
白夜と一回り程は離れた年齢の晦冥は、彼の心を見透かした様に含み笑いを浮かべながら話を続ける。
「 君が引き抜いたあの矢は何だったのだろうね? 」
「 分かりません…――― でも、彼女を狙って放たれた矢ではないかと。 」
「 ……彼女は何者なのですか? 」
「 彼女は…―――――― 」
――― 睡蓮の事を何と説明すれば良いのか白夜は迷った。
最初は『 記憶を失っている診療所の患者 』 にしようと思ったが、
身体を見た罪悪感と責任感から『 未婚妻 』 にしておいたほうが良いのかとも思い始める。
然し、其れは 桔梗の前では口が裂けても言えないし、睡蓮にも確認を取っていない ――― 。
『 拾った女の子 』 にしようかとも思ったが、詳細を聞かれたら説明するのが面倒臭い。
本音を言えば、早く 睡蓮の容体が知りたいので、晦冥との会話をさっさと終わらせたいと考えていた。
「 自分の " 妹 " …――― のようなものです。」
「 " 妹 " …――― ? 」
「 本当の妹と言う訳では無いのですが…… 」
「 …………。 」
白夜の妹と聞き、晦冥は何かを考える様に黙り込み、倒れている睡蓮のほうに目を向けた。
然し、睡蓮は既に診療所へ運び出されており、もう 其処にはいなかった ―――。
一方、白夜は、桔梗の前で睡蓮について色々聞かれるのは面倒な事になりそうなので
中々 去ろうとしない晦冥から逃げ出す準備を始める。
「 申し訳ありません!晦冥様。 ――― 自分はこれで失礼いたします。
桔梗を送ったら持ち場に戻りますので……… 」
「 いや、君も含めて 怪我をした者達は直ちに治療を行いなさい。
――― どうせ、この雨では行進は続けられない。
後の事は気にしなくて良いから ゆっくり静養すると良い。
勿論、そちらの方をお見送りするのは止めはしないよ?
後程、君のお父上の診療所に使いの者を送るから、今後の詳しい事は其の者に伝達させよう。 」
「 承知致しました!お心遣いありがとうございます。 」
「 では、白夜…――― また宮殿で会えるのを楽しみにしていますね。 」
そう告げると、晦冥は 霧の様な雨の中へと 消えて行った ――― 。
其の背中を、桔梗は睨む様な瞳で見つめていた。
「 今の方、花蓮様の側近ですってね……?」
「 うん、そう。 ――― あれ?教えたっけ? 晦冥様が自分で言ったの? 」
「 あの娘があんな目に遭ったのを見ていたのに
どうして、すぐに 花蓮様を宮殿に戻さなかったのかしら…? 」
「 ……! 」
白夜は桔梗の言葉にハッとしたような表情を浮かべる。
確かに、側近でありながら こんな所で 立ち話してる場合では無い。
「 犯人探しもされないのね……。
蓮 様は こんな恐ろしい事件を放置なさる事なんて無かったのに……!」
「 え? ――― 犯人は捕まってないの!? 」
「 そうよ!? ――― 一体、何なのよ? あの弓矢……
白夜、早く ここを離れましょう!? この手も ちゃんと治療しなくちゃ……! 」
桔梗は、白夜の手に触れると 泣きそう顔で訴えた。
不気味な矢への恐怖と、其れが自分の知る人間に突き刺さった恐怖と、白夜が矢を掴み取った時の心配疲れから桔梗の心は破裂寸前だった。
白夜は怯える桔梗の手を取り、辺りを警戒しながら桔梗を乗せて紅炎と共に診療所へと向かった ―――。




