「 蓮の台 - 晦冥 」(七)
其の女の声と同時に、花蓮女王の輿の行列の行進は急停止し、
槍を持った 複数の武官が すぐさま 叫んだ女と
其の女に連れられて、一緒に道の真ん中に飛び出して来た少年を取り囲んだ。
「 何事だ!? 」 ――― 「 ええい、皆 頭を下げぬか!! 」
「 止まれ止まれ!!! 」 ――― 「 一体、何が起こったの!? 」 ――― 「 なんだ、あの女!? 」
華やかな音楽も次第に消え、女王の護衛達やリエンの人々の様々な声が飛び交った。
殆どの人間が 膝まづいたまま動かずにいるので
道の左右の群衆による行列が あまり乱れずにいるのが奇跡的なくらいだ ――― 。
「 いいから 皆、よく聞きな! 」 ――― 先程から 叫んでいる年増の女は、長い 橙色 の髪が あまり手入れされてはおらず、所々 ボサボサと絡まっており、薄汚れた異国風の衣を着ていた。
「 女! 口を慎め!! 」 ――― 先頭に立つ武官が険しい表情で女を威嚇したが、女は其の程度の事では怯まずに「 あの娘が 王になるのは 間違ってる!! 」と、増々大きな声で 花蓮女王を指差した。
良く響く、貫禄のある声を放つ 其の女の一声に
人が大勢いるにも関わらず、大通りは 一瞬で 静まり返る。
女に指差された 花蓮女王の表情は怯えており、何かを探すように目と顔を頻りに動かし始めた。
「 女王様に何て口を…!? ――― 女 死にたいのかっ!! 」
「 あたしは 蓮 様 の 側室だ!!
そして、ここに居る この子があたしの子!しかも、男の子だ!? 」
女に連れられている少年は十四・五歳程度かと思われ、
少女と言っても通じそうな程に中性的な顔立ちをしており、
堂々とした立ち振る舞いの女とは対照的に、不安そうな表情で佇んでいる。
「 つまり、王位継承権は この子にもあるって事!!
あたし達は つい最近まで 蓮 様にお会いしててね。
あの御方さえ 生きてりゃ、あたしは後妻になっていたんだ!
わかったら、式は止めて 次の王の決め直しと行こうじゃない!?
早く、その槍を引いて あたしたちを王宮に迎えな!!」
「 なっ…!!? でたらめを言うな!!!」 ――― 「 黙って聞いていれば抜け抜けと…!!!! 」 ――― 「 皆の者、静まれ! 静まらぬか!! 」
女から語られた言葉の数々に 誰もがどよめいて、動揺を隠せずにいた。
睡蓮も騒ぎの中心を静かに見つめてはいたが、心の中はざわついていた。
何故、そのような気持ちになっているのかは自分自身では分かっていないが・・・・。
「 ……先生、蓮 様 に あんな 大きな隠し子がいると思いますか?」
「 あの 蓮 様 が あのような女に惚れ込むとは思えん。
それに、本物の息子ならば 遺言状にも名が記されると思うがのう…? 」
東雲と秋陽は 会話の内容的に、なんとなく小声でひそひそと会話した。
「 女王陛下、この者達を いかがなさいますか!? 」
「 …に 言………も…… 」
「 えっ? ――― 何でございましょうか!? 」
一人の武官が花蓮女王に指示を仰いだのだが、
小声過ぎて彼女が何を言ったのか誰も聞き取る事が出来なかった。
蓮 王の時代には、あまり こういった騒動は起きなかった ――― と、言うより
いざこざが起きたとしても、蓮 王 が 華麗にその場を治めていたので
宮廷に仕えてるとは言え、臣下達は こういった状況の対処に誰も慣れてはいないのだ。
輿の行列の先頭部分にいる者達が、あたふたとしていると
突然、朱色の布を纏う 長い髪の男が何処からともなく姿を現す ――― 。
「 其の二人を宮殿へお連れしなさい。 」
「 あ…晦冥 様! よ…宜しいのでしょうか!?」
「 構わない ――― 此処では無く 宮殿で 私が処理しよう。 」
目立つ色を着て、長身で リエン国の男性の髪型には余り見ない、少しうねりのある長髪 ――― と、特徴的で印象に残り易そうな華やかな男にも拘わらず、
殆どの人間が今日一日の中で男の姿に見覚えが無く
誰も口にはしなかったが、大勢の人々が 一瞬、晦冥に違和感を覚えている。
男の姿を目にした途端、睡蓮の中で戦慄が走る ――― 。
「 赤を纏う男……あやつか。 」老眼のせいでもあるのだが、秋陽は現れた晦冥を凝視した。
東雲と桔梗は、日葵達から 何となくしか晦冥の話を知らされていなかったが
隣にいる睡蓮が震えている事に気づいた東雲は、其の徒ならぬ雰囲気に思わず眉を顰める。
「 睡蓮? ――― 大丈夫…!? 」
睡蓮は、恐怖で晦冥の姿から目が離せず、東雲の問いに答える余裕さえ無かった
――― と、言うよりも 真横に居る東雲の声さえ 彼女の耳には届いていなかった。
恐怖と緊張で、睡蓮は口の中が乾いて行く…――― 。
「 ようやく、話のわかる奴が来たようだね? ――― さあ、あんた達 この槍をどけな! 」
「 そのままの状態でお連れしなさい。 ――― 少年のほうは…… 一応、丁重にね。 」
「 承知しました!! 」
晦冥の指示を受け、数名の武官達が 不満そうに何かを喚いている橙色 の髪の女と少年を連行して行った ――― 。
「 花蓮様、再開しても宜しいでしょうか? 」――― 晦冥の問いかけに花蓮女王は静かに二回頷く。
「 さあ、花蓮様を前へ!! 皆の者、頭を下げよ!!」
晦冥の掛け声と共に、其の場の全ての者が 態勢を整え、徐々に何事も無かったかの様に音楽や行進を再開した。
リエンの民達は平穏が戻った事に安堵し、少しずつ笑顔を取り戻し始める。
晦冥は 微笑んだ様な表情で花蓮女王を見つめながら
少しずつ、後退りする様に輿の下から離れて行き、前へと進んで行く行列を見守った。
――― そして、ゆ っ く り と 睡 蓮 の ほ う へ ふ り 返 っ た ―――。
「 !! 」
――― 晦冥と目が合った瞬間、睡蓮は自分の身体に重苦しい痛みと違和感を覚えた。
思わず、自分の胸の辺りに視線を向けると、胸には 禍禍しい黒煙を放っている 黒い矢が突き刺さっていた。




