「 蓮の台 - 閑話 」(五)
「 先生、睡蓮に これ飲ませても平気だよね? 桃の味やつなんだけど。」
「 良いぞ、金は後でな。 」
「 いやだな~、これくらい差し上げますよ? いつもお世話になっていますから。 」と、桔梗と入れ替わるように 東雲が買って来た飲み物を秋陽と睡蓮に手渡すと秋陽は 貰ったお茶を ごきげんで 飲んでいる。( ※無料なので。 )
「 はい、どうぞ!睡蓮 ――― とりあえず、果実の物を選んで来たよ。」
「 ありがとうございます…! 」
” 果実 ” は解るが、" 桃 " と言うのは睡蓮の記憶には無いようで
睡蓮は緊張した様子で渡された飲み物を口に運ぶ ――― 。
「 どうかな? 」
「 おいしい…と思います。……飲んだ事あるかもしれません? 」
「 お、いいね~!何か思い出すかもしれないね?
じゃあ、こっちも行ってみよう。 俺のだけど、まだ飲んでないから一口どうぞ。」
「 これ!東雲、儂は飲ませて良いとは言ったが 戯れろとは言うとらんぞ! 」
「 すみません、先生。
出かける前に睡蓮が " 自分が好きな飲み物が わからない " と 言ってたので
いろいろ 飲み比べてみるのはどうかなと思いまして。 」
「 うむ……そういう事なら……それは良い考えかもしれんのう。
心では忘れてしまっても、体では覚えてる場合があるそうじゃからのう。
確かに、睡蓮は味覚も曖昧になってるような気がするのう。
儂が作ったスープも " 不思議な味 " とか言っておったし…… 」
「 いや、先生が作るのは薬みたいで 大半が不味いですよ……? 」
――― 突き刺さるような東雲の言葉は聞かなかった事にして、
秋陽は手元にあった紙に睡蓮の味覚について書きこんだ。
睡蓮の症状の経過や、覚えていない事などを 記録する事にしたのだ。
「 睡蓮? これ本当に飲んでないから 別に汚くは無いよ? 」
「 はい…それは わかっているのですけど…… 」
飲みたくないとか、或るいは東雲が嫌とかでは無く
なんとなく、睡蓮は人の分まで飲んでしまう事に抵抗を感じていた。
自分は其の様な行為をしてはいけない・・・・そんな考えが彼女の頭の中に渦巻いていた。
然し、東雲の厚意を無下にしたくも無いので
睡蓮は 思いきって、手渡された飲み物を 少しだけ口にする ――― 。
「 うっ……! 酸っぱい……!! 」
顰めっ面の睡蓮の顔を見て、東雲は " してやったり "と言わんばかりに笑みを浮かべ「 良い顔するね!睡蓮スイレン 」と、表情に乏しい睡蓮の感情表現を見て微笑む。
白夜同様、東雲も睡蓮の事が妹の様に思え、彼なりに楽しんでもいるのだ。
「 ねえねえ、東ちゃん! 今、三人で話してたんだけど
あんた、蓮 様の葬儀の時に花蓮姫にはお会いしなかったのかい? 」
その日葵の質問に、その場にいた全員が 興味津々で東雲の回答に耳を研ぎ澄ませた。
「 うん、会ったよ? ――― 布越 しにだけど。 」
「 お顔は見てないのかい? 」
「 うん、今日になるまで人前に出られないからって理由で
謁見する時は、花蓮様の周りを厚い布が囲んでたんだ。
影は 少し透けてたけど、顔まではわかんなかったなぁ……
本当は墓守と会う予定は無かったんだけど、
蓮様の葬儀の件で、どうしても 直接 お礼が言いたかったんだって。 」
「 へぇ~ すごいじゃないか!! 東ちゃん! 」
「 ふむ……その話を聞く限りでは、蓮 様の印象と重なるのう。 」
「 あ、はい。 俺もその時は そう思ったんですけど…―――――― 」
東雲の話の途中で、花蓮姫がリエン国の新しい国王になったと告げる宮殿の鐘や鈴の高く長い音が大きく鳴り響いた。
朝や夕刻に鳴らされる時鐘の響きとは違い、水面に波紋が広がって行くように
澄んだ音が、新しい王の誕生を喜んでいるかのように いつまでも鳴り響く ――― 。
「 式が終わったみたいだね!? いよいよ花蓮様がやって来るよー!!!♪」
「 あ!待って、日葵!!あの階段だよ? すぐには いらっしゃらないよ!? 」
――― 天幕を飛び出して行った日葵を春光が追うと、
桔梗は手鏡を見て簡単に身支度し、 隅に置いていた日傘を 再び手にした。
秋陽は睡蓮に関する記録の書きこみを中断し、念の為に薬品などの確認を始める。
東雲と睡蓮は、二人して鐘の音の中に浸り続けていた。
ふと、東雲は " あの階段じゃ、御輿を担ぐ人は大変だろうな " と、輿が階段から下りてくる様子を想像して 思わず吹き出した。
――― 如何考えても、かなりの重労働である。
「 あの、東雲さん…… 」
「 ん? 何? 」東雲は、自身の想像に笑いを堪えながら睡蓮のほうを見た ――― 。
「 先程、何を言いかけていらっしゃったのですか?」
「 ああ! そうだね 、そうだった! ――― 否、蓮 様の葬儀の時は わざわざお礼を言われた花蓮様が
昨日の蓮 様の法要では 全く 姿をお見せになられなかったから、なんていうか……ちょっと違和感を感じたんだよね。」
「 今日のお式の準備でお忙しかったのでしょうか? 白夜さんもそうですし。 」
「 まあ たぶん、そんなところだろうね? 」
睡蓮と東雲が、なかなか 天幕から出ようとしないので秋陽が ゆっくりとした歩みで二人に近づき「 ほれ、ここには儂が残るから、お前達も花蓮様を出迎えに行って良いぞ? 」と、花蓮カレン女王を出迎える様に促し始める。
「 わしゃ、先が短いが お前達は これからも長い間 花蓮様と共に生きるのだから、きちんと御挨拶しておきなさい。 」
「 先生、さっきの俺の話 忘れましたか? ご挨拶はもう……――― 」
「 口答えはせんで良い!!
お主は睡蓮に付き添っていれば それで良いんじゃよ。 」
「 でも、睡蓮 行ける……? 」
「 ………。」
東雲は睡蓮の体調の事を心配しているのだが、睡蓮は晦冥に遭遇したくなくて迷っていた。