「 蓮の台」(四)
「 ――― はて? 蓮 様の側近には、其のような名の者はいなかったような気がするが……? 」
" 晦冥 " に 対する 秋陽の素朴な疑問に春光も同意した。
――― 武官の男は、詳しい事は何も知らないらしい。
「 詳しい事は自分もわからんのですけど、色々と代替わりがあったようですよ?
自分も、つい最近まで晦冥 様のような いろんな意味で目立つ方が
宮廷にいらっしゃったなんて、知りもしませんでした。 」
「 その人は 何故、睡蓮さんを見ていたのだろうね? 」と、全員が疑問に思っていた事を、誰よりも早く 春光が口にした。
「 さあ…? 自分には見当もつきませんが、あの方が興味を持たれる位だからお嬢さんには官人の素質がある……とか? 」
武官の男の 其の言葉に日葵は呆れたように溜息を吐くと
「 馬鹿だねぇ、あんた。そこは " 睡蓮が可愛いから " だろう!? ――― その " 何とか様 " は 男なんだろ? だったら、答えはひとつだろっ!」と得意げに言い放った。
――― 日葵は、何でも 食べ物と恋の話に摩り替えてしまう癖がある。
「 あっ!そっか…そうですね!! 確かに、その可能性が 一番 高いかも!?
自分も、こんな可愛らしい方は初めて目にしました! ―――
・・・・・・あ、奥さんも素敵ですよ? 」
「 ちょっと!? なんか、取ってつけたような言い方だね!?
あんた差別主義者なのかい!? 太ってるからって、なめんじゃないよ!? 」
「 どういう事なんだ? 君は僕の妻を侮辱する気なのか!? 」
「 いやいや、自分はそんなつもりは……!――― も…申し訳ありませんっ!!」
遂、一秒前まで温厚そうだった春光の物凄い怒りを見て、武官の男は思わず土下座する勢いで謝った。
――― 日葵と武官の男が自分の事を褒めてくれたのは嬉しかったが、
睡蓮は 晦冥と云う男が、睡蓮に関心があったとは如何しても思えなかった。
( あの 突き刺さるような視線 ――― 。
あんな瞳をする方なんて、目覚めてから他に見た事が無いわ……
女王様の側近…?
どうして、そのような方が あんな風に 私の事を見ていたの…―――!? )
――― と、其処に 東雲と桔梗が飲み物を持って帰って来た。
「 ただいま~ 遅くなってごめん! もう、すごい人でさ……
……あれ? 皆 どうしたの? 睡蓮に何か……あ、お客さんか。」
東雲は決して、武官の男の事を殺してしまおうなどと 考えた訳では無いが、
職業柄、" この大きさの男を棺に入れるのは大変そうだな " と武官の男を見て 率直に思っていた。
桔梗のほうは 結局、日傘を手放さなかったので 一瓶(自分の分)しか手に持っていない。
「 なんと、美しい……!! 」
武官の男は桔梗を見るなり ――― 突然 椅子から立ち上がり、口を開けたまま彼女の花の様な美貌に見惚れた。
桔梗を前にした男が此の様な状態に陥る事は珍しい事では無く、日常茶飯事だ。
「 初めまして! ――― 自分の名は光昭 と 言います!! 」
光昭が 大きな身体でズカズカと桔梗の前まで歩いて来て、
聞いてもいない名前を大声で名乗ったので、東雲が さり気無く ――― 桔梗の前に出て、得意のニコニコとした笑顔で光昭に挨拶した。
「 はじめまして ――― 光昭、俺は東雲です。 」
「 お…おう!?よろしく頼む! ――― それで、そちらの女性のお名前は…!? 」
「 ……桔梗と申します。」
「 おお ――― !お名前も なんとお美しい…! 」
桔梗は 嫌々 答えたのだが、舞い上がっている光昭が 彼女の其の様子に 気づく事は無く、すぐさま 質問攻めを開始した。
桔梗が 質問に真面に答える訳も無く、合間合間で光昭を止めようと 東雲や日葵も割って入ったが ――― 光昭の勢いは止まる事を知らなかった。
「 よ~し!解散じゃ!!
睡蓮は まだ本調子じゃ無いんじゃ、早く儂に容体を確認させるんじゃ!
光昭とやら、世話になったな ――― お主も仕事に戻って良いぞ? 」
見兼ねた秋陽が、有無を言わせず光昭を天幕の外に押し出した。
勤務中だった事を漸く思い出し、光昭は渋々と名残惜しそうに持ち場に戻って行った ――― 。
「 あの…秋陽様、ありがとうございます。 」
「 ん?何の事かの 桔梗? ――― さて、睡蓮! お主は 今度は何があったんじゃ? 」
何も無かった様な秋陽の態度に 日葵と春光は顔を見合わせて微笑み、
東雲も桔梗も嬉しそうな笑みを浮かべた。
―――睡蓮も、感動で瞳を輝かせている。
「 お見事ですね、先生……! 」
「 睡蓮、お主まで、そのような事を……! ―――…まあな、あんな ひよっ子 朝飯前じゃよ。 」
秋陽 が 得意気な笑顔を見せたので睡蓮も微笑んだ。
睡蓮は、一瞬 " 今と似たような状況 " が以前にもあったような気がした。
秋陽と重なったのは誰なのか・・・・―――。
「 そうじゃ、桔梗。後で お主に相談したい事があるんじゃが良いかのう? 」
「 は…はい、では、後ほど……? 」
桔梗は不思議そうな顔で秋陽に頭を下げて、日葵や春光がいるほうへ駆け寄って行った ――― 。




