「 蓮の台」(三)
( ――― まだ見てる………! )
其の男は顔を隠す様に、胸の所まである朱色の布を頭から被るように羽織っていた。
男の前を大勢の人間が行き来しているので、顔や表情はハッキリとは見えないが
女性にも見間違えそうな程に 長く、少し巻きが入った美しい髪を布の中から覗かせていた。
( どうしてだろう……? あの方は なんだか……
―――――― " あまり 良くない 存在 " のような気がする…… )
睡蓮は、其の男に 底知れぬ恐怖を感じて 足が竦んだ。
緊張のあまり最早、自身の鼓動の音以外は何も聞こえてはいない。
「 …睡蓮さん、どうかしたの? 」――― 睡蓮の様子に 逸早く 気づいたのは桔梗だった。
桔梗は睡蓮の視線の先を見てみたが、特におかしな物は見当たらないので
不審に思いながらも、再び、睡蓮のほうに顔を向ける。
「 あなた 真っ青よ…!? 大丈夫なの? 」
「 あ…あの、あの方がこちらを―――……!? 」
ほんの一瞬、睡蓮が桔梗のほうに顔を向けた間に
長髪の赤布の男は 何時の間にか姿を消しており、只の人混みになっていた。
( いない……!? どこへ……… )
「 わわわ!!! 睡蓮、すごい顔じゃないか!!あんたはここに座ってな! 」と、慌てながら日葵は睡蓮の腕を引っ張り、天幕の中に置いていた簡易的な椅子に彼女を座らせる。
東雲も心配して、睡蓮の様子を見つめた。
「 俺、飲み物でも買って来ようか? 皆 何が良い?
あー…でも、六人分は 一人じゃ持てないから桔梗も手伝ってよ?」
「 良いけど……傘があるから、私 片手しか使えないわよ? 」
「 ……うん。まあ とりあえず、それで行ってみようか? 」
――― 東雲と桔梗が天幕の外へ出て行ってから暫くして、
秋陽 と 春光が戻って来たので、日葵は二人に睡蓮を任せて
近くに居た武官の中で、一番 目立って見えた 大柄の男を引っ張って戻って来た。
巨漢 過ぎて、正直、天幕の中で邪魔になったが
睡蓮から聞いた不審者の特徴を、本人の口から報告させる為に彼女の近くに座らせた。
白夜以上に体格の良過ぎる 其の大男に
睡蓮は驚き脅えながらも、少しずつ長髪の男の特徴を話し始めた ――― 。
「 ――― 赤……ですか? 」
「 はい…… 」
「 赤なんて王族が着る色みたいなもんで、今日みたいな日は 一般人はあまり着ない色なんだから
その辺に居たら目立つだろ!? はやく 捕まえてよ!! 」
―――責め立てるような日葵の言葉に秋陽と春光が相槌を打つ。
「 確かに、男が好む衣類の色では無いな。儂からすれば血の色じゃぞ? 着んわ! 」
「 そうですね、リエンで その色を着ている男性はあまり見ないかな。 」
赤色の衣装に対する三人の言い分に、武官の男も同意するように頷いたが
男は 心の中で確信した事を睡蓮に尋ねてみる事にした。
「 その男は、もしや うねりのある髪で 細身で長身だったのでは……? 」
「 は…はい!そうです。――― 何と言うか…こう、少し ふわふわっとした髪で……」
「 やはり、そうか ――― 」と、武官の男が 一人で納得したように頷くのを見て、日葵は堪らず会話に割り込んだ。
「 もしかして、あんた そいつの事 知ってんの!?
なんで、必死になって探さないんだよ!!もうすぐ、花蓮様も ここを通るんだろ!? 」
「 いやいや、奥さん 落ち着いてください!その方なら問題ありませんよ。 」
「 はあ~!? どういう事だい? 」
「 日葵、落ち着いて? 」―――日葵が武官に殴り掛かりそうな勢いだったので春光が止めに入った。
彼女は情に厚い女性なので、彼が彼女を止めなければ喧嘩になっていたかもしれない ――― 。
「 お嬢さん、あなたが見かけたのは、おそらく 晦冥様です。」
「 晦冥……? ――― あなたは あの方をご存じなのですか!? 」
「 はい、晦冥様 は 花蓮様の側近で、本日の我々の指揮官でもあります。
今日は赤い布を羽織っておられたので間違い無いと思います。
あなた方の言う通り、リエンでは滅多に目にしない色なんで……」
「 ええっ!? 花蓮様の側近 だって!? 」
不審者だとばかり思っていた 其の男が花蓮姫の側近だと聞き、
日葵を始め、此の場にいた全員が驚きを隠せなかった。




