4
デビューしてから、シャーロットの周りは忙しくなった。
夜会の招待や、お茶会、サロンへの誘い。それから、踊った人達からの手紙。
両親と相談してから、返事をどうするか決めた。
嫡男である男性からの誘いに、母は怒るかと思えば、
「まぁ、シャーロット!凄いわ、みんな素敵な男性ばかり。ちゃんとお返事はお出しなさいね」
とやや、興奮ぎみでいうと、
「アルバート・ブルーメンタール伯爵令息ね!シャーロット、申し分ない貴公子だわ。そうでしょう?」
ええ、そうおっしゃると思いましたよ?
シャーロットのダンスカードをみて、ほとんど全員から手紙が来た事に父母ともに誉めた。
母の口ぶりからは、アルバートが一押しのようだ。
条件、容姿、身分、すべてにおいてぴったりだから、だろう。
予想どうりすぎて、シャーロットは逆に冷静になる自分がいた。
シャーロットだって、彼なら勝手に決められても拒否はしないだろう。
「お母様、ジョージアナが明後日なら、時間があるから訪問したいと返事があったわ」
「ジョージアナ?」
「ジョージアナ・ウィンスレット公爵令嬢よ。お友達になったのの」
「まぁ、あのジョージアナ様ね!貴女ったら本当に驚かせてばかりね」
申し分ない令嬢が来るとあって母は慌てて執事に、手配をするように告げた。
「お姉さま、素敵な舞踏会だったのでしょう?」
アデリンが夢見心地で聞いてくる。
「そうね、アデリン。だから、しっかりとその日までにダンスのレッスンは頑張らないとね?」
はいっ!と目をキラキラさせていった。
アデリンは12才になった。4年後のデビュー頃には立派にレディになるだろう。その時エドワードは26才。10才の差があるけれど、珍しい事ではない。
エドワードはそれまでに、誰かと婚約したり、結婚したりしないのだろうか。
アデリンには、エドワードとシャーロットの事を伝えられていないし、アデリンとエドワードが婚約するか、という話は伝わっていない。無邪気にデビューを心待ちにできるアデリンが眩しかった。
シャーロットは、デビューでさえ心から楽しまず、打算と計算をもって男性たちと接した。表情でさえ、目の動き1つとっても。
「ねぇ、お姉さま。ダンスカードをみせて!」
綺麗な装飾を施されたダンスカードは、デビューの記念に大事にしようと思っている。
「ええ、いいわよ?」
手渡すと、アデリンとエーリアルがわぁ!とみつめる。
「お姉さますごいわ!お名前がびっしり!」
「デビュタントだからよ、皆さんお祝いで書いてくださるの」
現実的に、クリスタの従姉妹で、爵位を狙われてる事は言わない。
「お姉さま、きれいだからよ!」
エーリアルがきゅうっと抱きついてくる。
「ありがとうエーリアル。でもね、社交界には、お姉さまなんかよりもっとずーっと美しい方がいらっしゃるのよ」
よしよしとエーリアルの頭を撫でた。
数日後、ジョージアナが訪問してきた。
昼のドレスでも、その美貌は際立っていた。
「いらっしゃいアナ!」
そっと手を握りあって再開を喜んだ。
「母のオーガスタよ。それから、妹のアデリンとエーリアル。お母様、レディ ジョージアナ・ウィンスレットよ」
「はじめまして、ジョージアナ・ウィンスレットです。今日はお招きありがとうございます」
と優雅にお辞儀をしてみせた。
「よく来てくださいました。ジョージアナ様、どうぞゆっくりしていらしてね」
シャーロットは、ジョージアナを自室に招いた。
「可愛らしいお母様と、妹たちね。わたくしには可愛くない兄だけ、羨ましいわ」
「そうかしら?」
シャーロットは、メイドの用意したお茶をポットからカップにそそぐ。
「母は、わたくしがデビューしてから、ずっと興奮ぎみなの。妹たちもね」
「そんなものよ。しょせんわたくしたちは、親の意思の範囲の中でだけ自由なのよ」
今日は衆目がないから、ジョージアナも言い回しがストレートだ。
「まるで、マリオネットね」
ジョージアナが、そうねとうなずいた。
「そうそう!やっぱり貴女はデビューしてから、一気に注目の令嬢よ!目立っていたもの」
「そう?」
「そうよ!ダンスはもちろんすばらしいし、会話だってどの男性も楽しかったとおっしゃっていたそうよ?」
「アーヴィンとデーヴィド以外は?」
「その二人もよ」
「その、二人にはかなりつれなくしたと思うのだけど?」
「それでもよ!もっともデーヴィドは、わかい女なら、誰でも追いかけるだろうし、アーヴィンは、自分が一番じゃないと気がすまないんでしょうけどね」
ジョージアナもあの男たちが嫌いなんだろう。
「ね、それよりもエドワードとシャーリー。どうなの?ただの従兄同士じゃないでしょう?」
声をひそめて聞いてきた。
「アナ、駄目よ。口には出してはいけないの」
「ねぇ、シャーリー。話して楽になれることもあるわ。わたくしなら貴女の気持ちがわかると思うもの」
シャーロットは、ゆっくりとお茶を飲むと、ジョージアナに近づいた。
「…自分でもよくわかってないの」
シャーロットが話し出すと、ジョージアナもそっと近づいてうなずく
「わたくしとエドワードは、生まれてすぐに親同士で婚約が決まっていたの。もちろん正式なものではなかったのよ?わたくしとエドワードもいつか二人は結婚するんだと思って育ってきた」
ジョージアナはそっとシャーロットの手を握った
「五歳年上のエドワードは、伯爵の跡継ぎとして申し分なくて素敵だったし。ダンスに、乗馬、スケートもボードゲームも教えてもらったわ。わたくしにはエドワードしかいないと思っていたの。でも…」
「レイノルズ家に跡取りが出来なかった」
こくりとうなずいた。
「わたくしに婿をとらせたいから、わたくしとエドワードに婚約はさせられないと両親と叔父は告げてきた。わたくしが13歳で、エドワードが18歳の時に。すでにエーリアルが生まれて7年たっていたから、諦めたのね」
「シャーロットは、言われる前にわかっていたんでしょう?」
シャーロットはうなずいた
「エドワードは結婚出来る年になったから、そろそろ言われると」
「ずっと、シャーロットはエドワードが好きだったのでしょう?」
「わからない。それが兄のようにとしてなのか、恋人にしたいのか」
でも、キスはしてしまった
ジョージアナはそっとシャーロットを抱き締めてくれた。
フローラルな香りがして、暖かくて、優しい抱擁にシャーロットはじんと胸が熱くなった。
「ありがとう、アナ。誰かに聞いてほしかったかもしれないわ」
「シャーリー、貴女には妹が二人いる。その事も考えなくて?」
シャーロットは首をふった。
妹たちに自分のような重圧をかけさせたくない。
「そうね、貴女はそう思うでしょうね」
「アナこそ、大変な思いをしてきたのでしょう?」
ジョージアナはシャーロットを見つめて、
「わたくしには婚約の約束をした相手はいなかったわ」
といたずらっ子の、ように笑った
シャーロットは笑いを返して、話題をかえる。
「アナのお相手はやはりフレデリック様あたりを?」
「はっきり言って、消去法ね」
ジョージアナがお茶を飲む。
「貴方のエドワードは、クリスタ様の弟だから、公爵家のわたくしだとアボット家が強くなりすぎてもいけない。侯爵家のアーヴィン、フレデリックなら、フレデリックを選ぶわ。アーヴィンはわたくしもありえない。アーヴィンなら、もっといい男性が伯爵や、子爵、男爵にいるもの。つりあいなんて、関係ないわ」
シャーロットはうなずいた
これが、女たちの政治だ。
結婚により、家の結びつきがでる。それにより、表の政治にも影響がでる。だからこそ、貴族の婚約、結婚は重要な政治的要因で、国王の許可と、結婚には、1ヶ月まえからの告知がされ、意義がないことを確かめる。
シャーロットも、ジョージアナもその戦いの場にデビューしたのだ。その為に育てられてきた。それをこれから武器として戦うのだ。
「そういうシャーロットにはアルバート様かしら?色々な条件からみて?」
シャーロットは、うなずいた。
「アルバート様なら、素敵な貴公子だわ。貴女にはぴったりだと思うもの」
「母の思う壺というのも癪だわ…」
くすくすとジョージアナは笑った。
でも、まだまだ戦いは始まったばかり、決めつけてしまうこともない。
「今度はウィンスレット公爵家で夜会があるの。招待状が来ていたでしょう?待っているわ!そして、是非泊まってちょうだい。夜中喋るの!」
「アナと同じ部屋で過ごせるの?それは楽しみだわ!」
ウィンスレット公爵家の夜会にも、シャーロットはエドワードにエスコートを頼んだ。
出迎えてくれたウィンスレット公爵夫妻に挨拶を済ませ中に入った。
今日は、白ではなく、淡いピンク色のフリルのふんだんな可愛らしいドレスに、カメオのチョーカーと耳飾りで、装った。
「エドワード」
ウィンスレット家の邸について、身支度を整えて大広間に入る手前で声がかかった。
「キース、アルバート、来ていたか」
エドワードは微笑みをむけた。
「こんばんはレディ シャーロット。今夜もお会いできてうれしいです」
キースと、アルバートが順に手の甲にキスをする。
「こんばんは、キース様アルバート様。わたくしもお会いできてうれしいですわ」
とお辞儀をする。
「エドワード、席をはずした方がいいかしら?」
扇を口元にあてて、エドワードにだけ聞いた。
エドワードはちらりと二人をみると、
「少しだけ、大丈夫か?」
うなずくと、3人にお辞儀をして少し離れ、ウィンスレット家の美術品を眺める事にした。
「やぁ、レディ」
知らない男性だった。
「…」
シャーロットは聞こえないふりをした。
「あれ?レディ?」
「…」
もう一度呼びかけられるが、無視して違う方をむいた。
その男性は、再び声をかけてくる。
シャーロットはエドワードの元へ向かった。
「エドワード!」
「ごめん、なにかあった?」
「しつこく声をかけてくるの」
と見ると、男性はシャーロットを追いかけてきていた。
「イアンか、シャーロットに用事?」
「可愛らしいレディなので、是非挨拶をと思ったが、つれなく無視された」
正面からみると、笑うとエクボが出来る愛嬌のある男性で、いやらしい雰囲気はなかった。
「シャーロット、こちらはイアン・スチュワード子爵令息だよ。イアン、こちらはシャーロット・レイノルズ私の従姉妹だ」
「シャーロット・レイノルズと申します。はじめまして」
「いやぁ、徹底的な無視でしたね」
「知らない男性とは話してはいけません、と教えを守ったのですわ。不調法はそちらでは?」
くっ、とイアンは笑うと
「いや、貴女の言うとうりだ。申し訳ない!エスコート役が見当たらず、つい直接話しかけてしまった」
「これで知り合いになれましたから、次からは話しかけていただいても返事を返せますわね、イアン様」
シャーロットの茶目っ気をだした、あどけない風な言葉に、男性たちは、揃って笑った。
「やはり、レディ シャーロットは楽しい女性だね」
キースは笑みを向けた。
「エドワード、君の従姉妹姫には誰もが夢中になるよ!今年のデビュタントだけど、社交界の花になるだろうね」
アルバートもにっこりと笑って言った。
「いいえ、アルバート様。花なら、百花の女王でなくてはたんぽぽやあざみは中心にはなれないの」
とにっこりと笑ってみせた
「シャーリー!」
この呼び方は、一人だけ、振り向くとジョージアナがフェリクスと共にきていた。
「アナ!」
「ほら、女王の名にふさわしいレディのお出ましよ?」
と3人に告げた
「会えてうれしいわ」
抱擁しあうと、ジョージアナはエドワードたちにお辞儀をした。
「あちらでみんなで話しましょう?」
大きめのソファがあり、レディである、ジョージアナとシャーロットが座り、男性たちは立って飲み物を飲みながら会話を楽しんだ。
シャーロットは、間違いなく社交界の良い位置に自分がいることを自覚していた。
この日のダンスカードもみるみるうまっていった。
エドワードとはもちろん最初に踊るし、キースや、アルバート、イアンも踊ることになった。
未婚の男女で話していると、壁にいるユリアナを見つけて席をたち、話しかけにいった。
「レディ ユリアナ、わたくしを覚えていらっしゃる?」
「もちろんよ、レディ シャーロット。貴女は一度見れば忘れられないわ」
「何故一人でいらっしゃるの?あちらでみんなと話しましょう?」
シャーロットは小首を傾げていった。
「私は容姿がこれでしょう?あんなにキラキラした中には遠慮したいの」
そのユーモアのある言い方にシャーロットはすっかりユリアナが気に入った。
「ねぇ、レディ ユリアナ。ユリアナと、呼んでも?わたくしのこともシャーロットでいいわ。同じデビュタントですもの」
「ええ、シャーロット」
にっこりとユリアナはいう。
ユリアナはきわめて平凡だけれど、笑顔は素敵だし、知性も教養もあると感じた。
「ユリアナ、壁と話しても返事はこないわ。キラキラでも応答がある方に行きましょう」
シャーロットは戸惑うユリアナの手を引いてジョージアナの方へ連れていった。
「アナ、ユリアナを連れてきたわ!」
「ユリアナ、来てくれてありがとう。また会えてうれしいわ」
エドワードにユリアナと男性の紹介を頼むと
こそこそジョージアナにユリアナとの会話をそっと伝えると、ジョージアナもユリアナを面白いと思ったことがわかった。
「ね、ねぇシャーロット。わたくしやっぱりこんなキラキラの中は落ち着かないの、壁に行かせて?」
とこそこそと打ち明けてきた。
「壁はそんなに魅力的なのかしら?」
「壁は顔を見てもがっかりしないし、無理に笑顔を向けなくていいもの。美しい笑みも浮かべられないわたくしには魅力的なの」
その言葉にジョージアナとシャーロットは笑った。
「ユリアナ!貴女ってなんて可愛らしいの」
ジョージアナがユリアナに目を見開いた
「でも、ユリアナ。貴女はあのエセル妃殿下と従姉妹なのよ?大丈夫自信をもって?」
「レディユリアナ、エセル妃殿下もはじめは目立たない侍女だったと聞いたことがある。貴女も年と共に美しくなるのでは?」
とエドワードも微笑みを浮かべて言った。
「わたくしは、母に瓜二つなの。これまでだって、母はわたくしをなんとかしようとしたけれどね」
男性たちもユリアナの素直な可愛らしさにほほえましくみている。
ユリアナのカードもうまっていった。
「壁と向き合うより、貴公子たちと向き合ってみて。素直な貴女にきっとみんな安らぐはずよ?」
シャーロットはユリアナににっこりと笑いかけた。
ユリアナはやっと不安なく笑った。
「わかったわ。貴女はとっても素敵シャーロット」
舞踏会の前に軽く食事が振る舞われ、シャーロットたちも舌鼓をうった。少しずつ打ち解けたユリアナも男性たちと言葉を交わしていたし、シャーロットとジョージアナも男性たちと話を交わしていた。
デビュタント仲間のダイアナとジャスティンも来ていて、シャーロットは彼女たちとも交流をはかった。
食事の後は舞踏会が華々しく始まった。シャーロットはエドワードをはじめとして、キースやアルバートといったシャーロットが好ましく思う男性とも踊った。中にはダンスが下手な男性もいたが…。
夜が更けて、シャーロットはジョージアナの部屋に泊まることになり、きちんとしたベッドをいれてもらっていたので、気にせずに夜どうしおしゃべりに興じる事にした。
エドワードもシャーロットという、保護しなければならない存在が無くなると、夜会を楽しんでいるだろう。
「ね、シャーリー。わたくしたちもためしてみない?」
と出されたのはワインだった。いつもは口をつけるくらいにしている。衆目のあるなかで酔うなんて醜態はさらせないし、全く飲めなくてもいけない。少しずつ飲むことで、酔わない程度はわかっていたがら、酔うほど飲むとどうなるのか?
「どれくらい飲んだら、つぶれちゃうのか…」
ジョージアナは本当に面白い事をいうと思う。
「やってみましょうか?」
くすくすとジョージアナと二人でワインをためしだした。
シャーロットはあまり強くなさそうで、少しすると、ふわふわと揺れるのがわかった。
ジョージアナはわりとイケる口らしくて、楽しげにワインをたっぷりと飲んだのだ。
翌朝、起きたシャーロットは、頭がガンガンとするのに気がついた。これは二日酔いね…とシャーロットは思い当たった。
「わたくしはどうもあまり飲まない方がいいみたい。アナは?」
「んー?わりと平気みたいだわ。ごめんなさいシャーロット、辛いわよね」
ジョージアナが二日酔いの薬を貰って来てくれた。
「ありがとう、でもあまり飲んじゃいけないってわかって良かったわ」
薬をもらい少し遅めに起きると少しましにはなっていた。
広間に行くと、フェリクス、エドワードをはじめとして、キースやアルバート、イアンもいた。
「おはよう、シャーロット。具合でも悪い?」
エドワードは、様子のおかしいシャーロットを迎えに来てくれた。ずきずきとする頭をなんとかしゃんと起こしてエドワードの腕をとった。
扇で顔を半分隠して、
「二日酔いなの…」
「ええっ?昨日はそんなに飲んでなかったよね」
とこそこそと返してきた。
「部屋でアナと…」
なるほど、とエドワードは少し笑った。
「お水を、貰ってくるよ」
こくりとうなずいて、ソファに座った。
「おはよう、シャーロット。気分が悪そうだね?」
フェリクスが言ってくる。
「フェリクス様、もう少し小さなお声でお願いしたいの…」
頭に声が響く…。
そこで、事情がわかったらしい男性たちだった。
うう。醜態をさらして恥ずかしい…
「レディ シャーロットのデビュタントらしい所が見れて私はほっとしたよ?」
キースが優しく告げた。他の男性たちもほほえましくシャーロットをみた。
「…お恥ずかしいかぎりです…」
シャーロットは、ひたすら顔を半分隠し続けた。
エドワードが水を差し出してくれる。
ジョージアナが入ってきて、 心配そうにシャーロットをみた。
「エドワード、ごめんなさい。わたくしが悪ふざけが過ぎたのよ。シャーロットを怒らないでね」
「ジョージアナ、どれくらい飲ませた?」
フェリクスがジョージアナを責める口調で言った。
「フェリクス様、アナを怒らないで。ほんとにグラスに2杯くらいなのよ」
弱すぎて驚きだ
「わたくしはもう、飲まないように気を付けるわ…」
爆笑をこらえた男性たちだった。
二日酔いから抜け出したのは、お昼を過ぎてからだった。