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新年の王宮主催の舞踏会、そこがシャーロットの社交デビューだった。
デビュタントたちは、白のドレスに白の花冠をつけて、一目でそうとわかる。
両親と共に王宮に向かい、デビュタントたちの部屋に通された。
同じような服装だけに容姿の差が歴然とする。
シャーロットが見惚れたのは、ジョージアナ・ウィンスレット公爵令嬢。主役級の令嬢は華やかな美貌で、明るい金色の髪に、鮮やかな青い瞳。同じ色合いでもシャーロットとは違う。
だけど、愉しげな光の浮かぶ瞳は親しみがある。
「はじめまして、ジョージアナ・ウィンスレットよ」
「シャーロット・レイノルズですわ。ジョージアナ様よろしくお願いします」
ジョージアナはすらりと背も高く、シャーロットより頭半分くらい高い。
「貴女が一番だと思うわ、今年のデビュタント」
ジョージアナがシャーロットに近より、そっと言うシャーロットは驚きを隠さなかった
「違いますわね、貴女が一番だとわたくしは思いますわ」
「いいえ、わたくしは立場的に高嶺の花になってしまうからやっぱり貴女が一番なのよ?」
シャーロットはすっかり面白くなって
「いいえ、わたくしは跡取りなしの長女ですから、条件付きなのです。むしろ、そうですわね」
デビュタントたちをながめて、
「ダイアナ・ラドクリフ子爵令嬢はいかがですか?」
ダイアナ・ラドクリフは華やかな容姿では無いものの、黒い髪に緑の瞳の凛とした印象の少女だった。
デビュタントはあとふたり、ユリアナ・メイスフィールド伯爵令嬢 ジャスティン・レイモンド男爵令嬢。
ユリアナは王子妃のエセルと従姉妹であるが、淡い茶色に瞳も茶色で平凡な容姿だ。ジャスティンは癖のきつい金髪と、暗めの青い瞳をしていた。ジャスティンも平凡、といった雰囲気だ。
この中では訳ありではないのは、ダイアナとジャスティン。ユリアナはシャーロットと同じ跡取りなしの伯爵令嬢だった。
「そうね?」
ジョージアナは小首を傾げたが、
「でもわたくしは貴女の事が一番好きになりそうよ?」
シャーロットも微笑んで
「わたくしも貴女が一番好きになりそう」
二人は笑いあった。
気が合うと感じたのだ。ほんの僅かな言葉のやり取りで。
デビュタントたちをエスコートしに貴公子たちがやって来た。
ジョージアナには兄のフェリクス。ダイアナにはアーサー・ウォリンジャー子爵令息、 ユリアナにはアルバート・ブルーメンタール伯爵令息 、ジャスティンにはランスロット・アンヴィル男爵令息だった。
「シャーロット」
「エドワード。今日はよろしくお願いするわ」
手を差し出すとエドワードは手の甲にキスをした。今日もやはりお兄様と呼ぶ気にはなれず呼び捨てにした。
銀髪と青い瞳の美しいエドワードは、女性たちの注目の的だ。
「任せて」
艶っぽく微笑むエドワード。見慣れない黒のテールコート姿と相まって、シャーロットはエドワードに見とれた。
「今日のダンスカードだ、みてみる?」
うなずくと、シャーロットの、ダンスカードにはびっしりと名前が書かれていた。
軽く眉をあげる。
「なかなか体力が入りそうだよ?」
エドワードがいたずらっ子のように笑う。
「そうね、でも倒れたらお兄様が助けて下さるんでしょう?なら安心して踊りとおすわ」
くくくっとエドワードが笑い、うなずいた。
緊張していなさそうなのはジョージアナとシャーロットで、他の少女たちはガチガチでエスコート相手の肘に手をやっとおいていた。
「シャーロット、兄のフェリクスよ。お兄様、シャーロットよ、仲良くなったの」
「シャーロット・レイノルズと申します。フェリクス・ウィンスレット卿」
いかにも貴族の青年らしいフェリクスにお辞儀をする。
「妹は、なかなか人見知りで、仲良くしてやってくれ」
と尊大な感じでいう。
人見知り、というよりは選り好みよね。とシャーロットは分析した。
ジョージアナはシャーロットの気持ちを正確に読み取ったようでいたずらめいた目を向けた。
目と目で会話する少女たちに、フェリクスもエドワードもやれやれ、と肩をすくめた。
ずっと昔から親友のようだとシャーロットは、ジョージアナに親しみを覚えていた。何故なら同じように育ってきた、そんな風に思うのだ。公爵家の令嬢である、ジョージアナはシャーロットより厳しかったに違いない。
扉が開き、ジョージアナ、シャーロット、ユリアナ、ダイアナ、ジャスティンの順で大広間に入場する。
拍手で、迎えられ両サイドの人々にお辞儀をする。
エドワードにつれられ、人垣の中にはいる。
華麗な大広間に着飾った人々。女の子なら誰でも夢見るシーンだろう。
そして、
「王族の方々が入場されるよ」
エドワードが告げた。
国王 ジェラルド、王妃 ミランダ 王太子 シュヴァルド 王太子妃 クリスタ 王女 ソフィア エスコート役のレオノーラ 王子 アルベルト 王子妃 エセル。
きらびやかな衣装に身を包んだ王族が順々に入ってきて、壇上に立った。
「新しい年を迎えられ、喜ばしい事だ。皆と祝える事に感謝を。デビュタントの娘たち、今日は楽しむように」
国王の挨拶に、シュヴァルドとクリスタ、アルベルトとエセルが中央に立ち、踊り始める。
舞踏会の始まりだ。
「クリスタ様、本当に美しいわ」
エドワードに呟いた。子供を産んでも変わらぬ美しさだ。
数ヵ月前に生んだと言うエセルも細く優美で、美しかった。
一曲が終わり次の曲が始まると、周りの人達が動き出し踊りが始まった。
始めはエスコート役のエドワードから。
シャーロットはお辞儀をして、エドワードと踊り出す。
いつもダンスをしているエドワードだから、安心して踊れた。デビューがエドワードで本当に良かった!
「やっぱり、シャーロットは注目の的のようだ。視線を感じない?」
「エドワードこそ。嫉妬の視線で穴が空きそうよ?」
くすくすとシャーロットは笑った。
「シャーロットらしい言い方だね」
一曲踊ると、次はアーヴィン・スプリングフィールド侯爵令息。
黒髪に青い瞳22歳で、社交界なれしていないのか、ダンスは上手くないし、会話も弾まず。次のフレデリック・アシュフォードは、エドワードと同じ銀髪に青い瞳で、侯爵令息と思えないくらいのくだけた口調で、会話も弾む
「初対面でこんなに話が合うなんて運命だと思わないか?」
真面目な風に話すので
「フレデリック様には度々運命がやってくるのですわね。あまりに運命と言い過ぎますと、運命は足を生やして逃げてしまうかも知れませんわ」
「なんと!君は本当にデビュタントなのかい?」
おどけた言い方に、シャーロットはくすくすと笑った。
次はアベル・エアハート。社交界の花、シエラ・アンブローズの弟で、綺麗な紫の瞳が特徴的だ。
「私は三男なんです。レディ シャーロット」
とアベルはいきなり切り出した。
「あら、ではわたくしとの結婚をお望みなの?」
「できましたら。考えて頂けませんか?」
まっすぐで、茶目っ気たっぷりなので嫌な気持ちにはならない。
「考える、だけならたっぷりと」
面白くなって微笑んだ
「でも、貴方はあまり結婚に熱心とは思えませんわ。何か夢中になっていらっしゃるのでは?」
「ばれましたか?じつは私は研究が好きでして」
「あら、なにを?」
「空を飛ぶ研究です」
「あら、素敵だわ!」
シャーロットは本当に素敵だと思った。
「こんど見に来ますか?」
「是非」
にっこりと微笑んだ。
ここで、シャーロットは疲れたので、と少し休憩することにした。ダンスのレッスンはたくさんしてきたから、大丈夫だが、初対面の相手と、なおかつデビューなので疲労感が押し寄せる。
ダンスの輪を離れたのをみて、エドワードが寄ってきてくれる。
「シャーロットお疲れ様」
と飲み物を差し出してくれた。
「ありがとうエドワード」
「なかなか、話が弾んでたようだね?」
エドワードがにっこりと微笑んだ。
「そう、見えていたかしら?」
エドワードは、うなずいて肯定した。
「そうね、思ったより初対面の男性とお話を出来たと思うわ」
シャーロットは少し興奮ぎみだった。初舞台のような気持ちだ。
「そう?それは良かった安心したよ」
エドワードはシャーロットの好きな笑みを見せた。
「お兄様もたくさんの女性が待っているでしょう?誘わないの?」
「今日は君のデビューのエスコート役を仰せつかってるからね、免除していただくよ」
「そうなの?」
シャーロットはエドワードの腕に手をおいて、
「うれしいわ。後でもう一度踊りたいわエドワード?」
「君のダンスカードはもういっぱいだよ」
くすくすとエドワードが笑う。
「じゃあまた次の舞踏会かしら?約束ね」
飲み終わったグラスをトレーに返して、シャーロットはパウダールームに、いくことにする。
「パウダールームに行ってくるわ」
エドワードにそっと告げて
パウダールームで、メイクと髪を少し直していると、ジョージアナが入ってくる。
「ジョージアナ、お疲れ様ね」
「シャーロットも」
ジョージアナも同じようにメイクと髪を少し直すと、
「ねぇ、シャーリーって呼んでもいい?わたくしの事はアナでいいわ」
「もちろん!愛称なんてはじめて!うれしいわ、アナ」
ジョージアナはシャーロットの手を握った。
「あのね、ずっと親友ができたら、アナって呼んでもらおうって想像していたの。思っていたよりずぅっと素敵!」
シャーロットは嬉しくて微笑み返した。
「ね、アナ。こんどうちに遊びに来て?親友を、家に招待するのをずぅっと想像していたの」
「もちろんよ!シャーリー!うかがうわ」
ジョージアナも微笑んで悦びをみせた。
男性たちより、ジョージアナと出会えた事がシャーロットは一番嬉しかった。
「さて、戻りましょうか。肉食獣のように獲物を探すのよ!」
「がおー!」
ジョージアナの言葉にシャーロットもふざけて見せた。
「でも、アナ?獲物は自ら飛び込んで来ているけれど?」
「いいえ、シャーリー。わたくしたちが捕らえるのよ!」
力強いジョージアナに惚れ惚れとしてしまう。
くすくすと二人で笑いあった。手を繋いで歩いてると、
レストルームの外でエドワードとフェリクスが待っていた。
「心配性なお兄様、一人で戻れるのに」
ジョージアナがぼやいた
「過保護なの」
「あら、わたくしは杖だと思えって言われたから、そう思うことにしているの。少しは楽でしょう?」
シャーロットの言葉にジョージアナは微笑んでうなずいた
シャーロットは再びダンスカードを消化すべく、次のダンスの相手を待った。
「シャーロット、わかっているとは思うけど、テラスに誘われても君にはまだ早いから行ってはいけない。まして部屋に連れ込まれないように気を付けるんだ」
シャーロットは、真面目にうなずいた。
「そろそろお酒がまわって、無粋な輩もいるからね」
エドワードは周りをきちんと見て判断をしているようだ。
次のダンスの相手、デーヴィド・エーヴリー伯爵令息がやってきた。
シャーロットは彼を見た瞬間ぞわっと鳥肌が立った。見た目は、元はいいのだろうが、なんだか退廃的な物を感じる。
関わりたくないと、踊る間も下を向き、彼の吐く甘いセリフを受け流すのにひたすら我慢した。
その次のキース・アークウェイン伯爵令息が、とっても素敵な貴公子で、シャーロットはデーヴィドの事を上書きされて良かったと思った。
「レディ シャーロットは乗馬は得意だとか?」
低く響く甘めの声にシャーロットはドキリとした。
「わたくしの事を?」
知っているのか、と目で問いかけると、緑の美しい瞳が見返した
「エドワードからいつも自慢されていますよ」
ふふふといたずらっ子のように笑う顔がエドワードと似通っていて、友人なのだとピンときた。
「乗馬は好きですわ。だって、外に出掛けられる格好の言い訳になるんですもの」
と言うと優しく笑った。
「エドワードから聞いてデビューを心待ちにしていました」
うーん言い回しも、申し分ない貴公子ぶりだ。
「恥ずかしいお話まで伝わっていないといいのですけれど?」
エドワードがそんなことを言うとは思えないけれど、少し赤らめて言った。
「こんど一緒に乗馬でも行きませんか?」
少し考える、母は次男以下と付き合うよう言うだろう。でも、だからこそ、対象外の彼なら構わないかも知れない。
「是非ご一緒させてくださいませ」
にっこりと笑って返事をした。
次はレン・シャロット伯爵令息だった。まだ19才で年も近く話しやすい。
「もしも貴女が私と結婚したら、シャーロット・シャロットですね!なかなか語呂がいいと思いませんか?」
「なかなか癖になりそうな響きですわ」
と言い、プッと少し吹き出してしまった。
「しかも、私は長男なんですが、弟がいるんです。どうですか?お買得ですよ?」
「あら、それなら貴方はレン・レイノルズになって、私はシャーロット・シャロットにはなれませんわね」
「いったいレディ シャーロットはどうしてそんな風につれない言い回しが上手いのです?男どもは今日軒並み貴女に一目惚れだというのに」
「デビュタントをからかうなんて悪いかたね、レン様は」
視線に力を込めて微笑んだ。
「悪い男だなんて、とんでもない。貴女に一目惚れした、哀れな男の一人です。どうぞお情けを」
くすくすとシャーロットは笑った。
「では、こちらにキスしてもよろしくてよ」
とちょうどダンスが終わったので手の甲を差し出した。
レンは気取って恭しく手袋を嵌めたその手にキスをした。
次のダンスの相手はアルバート・ブルーメンタール伯爵令息。母が喜びそうな相手だ。次男で、22才。黒髪に青い瞳の少し寡黙な少し冷淡にも見える整った容姿。
「もうすぐ、花の美しい時期ですね」
そっと話す口調は柔らかで、冷淡なように見える容姿とのギャップに少しドキリとした。
「そうですわね。わたくしも花の美しい季節は大好きです。冬を耐えた蕾が花開く時はことさら」
シャーロットもそっと静かに話した。
「では、その季節にお誘いしても?」
「ええ、是非。楽しみにしています」
母の喜びようが浮かぶようだ。
「お誘いをお待ちしておりますわ」
微笑みあうと、シャーロットお辞儀をして、エドワードの元へ向かった。
「足は大丈夫か?」
「ええ、なんとか。でもお兄様が杖になってくださるとうれしいわ」
「喜んで」
エドワードは飲み物をとり、手渡してくる。
「そろそろ帰ろうか?シャーロット」
そっと見るとお酒のせいで、出来上がった大人たちがいる。ここからはそろそろ大人の時間なのだろう。
シャーロットは、そっとうなずいてエドワードと共にアボット家の馬車に乗る。ほうっと息をつくと
「疲れたか?」
エドワードが聞いてきた。
「それはそうですわ。デビューなのですもの、緊張もしましたし、たくさんの人と会いましたし」
エドワードはうなずいて
「会話も上手く出来ているようで安心したよ」
微笑んでいうエドワードに
「でも、あとデーヴィドとアーヴィンにはもう近づきたくないわ」
デーヴィドが舐めるような目付きでシャーロットを見ていたし、アーヴィンは甘やかされたのか、貴族らしさが全くない。あれが次期侯爵なんて、信じられない。教育を受けていないのか。
「それは間違いない。極力関わらないほうがいい」
「でも、後の方はそれなりに楽しかった。キース様はエドワードのお友だちなんですって?素敵な方だとおもったわ」
「ああ、キースは親友なんだ」
「何人かお誘いを受けたの。お誘いが実際にきたら、一緒に行ってくださる?」
エドワードはいいよとうなずいてくれた。
カタカタと馬車に揺られて、シャーロットはレイノルズ家の門の前に着いた。
「じゃあおやすみ、シャーロット」
エドワードはシャーロットを馬車から下ろすと玄関まで送ってくれた。
「おやすみなさい、お兄様。今日はありがとう」
パタリと扉が閉じた。