24
フローラの件が片付きホッとはしたものの、エドワードは領地の仕事で忙しくしていたし、シャーロットもまたカントリーハウスの管理に忙しく、新婚とはいえ、日中は指示を出したり、書面の確認に追われていた。
ただ、疲れやすくすぐに眠くなるシャーロットは合間合間で睡眠をとっていた。
カントリーハウスはマーガレットがしっかりと管理していた上でシャーロットに託してくれたので、確認さえすればあとは問題なく女主人として出来そうだった。
そして、ようやく妊娠したことを手紙で両親とジョージアナに知らせたところ、喜びの返事が直ちにやって来た。
晩餐の後のこと、
「シャーロット、セルジュ王子だが新年に早々と来られることが決まったらしい。その時期ならなんとかなりそうだが…どうする?」
エドワードが気がすすまないが、他に手はないような雰囲気で告げた。
「フェリクスとジョージアナもいま急ぎでレッスンしているようだから、シャーロットとジョージアナの二人で頼むことになりそうだ」
「わかったわ。頑張ってみるわ」
シャーロットはにっこりと笑ってみせた。
王宮からの早馬で、再びエドワードの返事は届けられた。
「ソフィア王女は24歳だから、28歳のセルジュ王子とはお似合いだとは思うけれど、どうなのかしら?」
「今回はあちらからのお申し出らしい、イングレス王国側にしてみれば特に意味はない。纏まっても纏まらなくても」
エドワードは渋面を作った。
「ただ、陛下としては王女殿下の行く末はご心配な事だろう」
ソフィアの浮世離れ感はものすごくあり、シャーロットはあれが計算だとするとかなり手強いと思って見ていた。
おっとりとしていながら、自分の意思を通すそのやり方はさすが王族と言うべきか、ソフィアのお見合いが今から恐ろしくもある。
エドワードとシャーロットはタウンハウスに少し早めに帰ると、王宮に出仕した。
謁見の間にはじめて行ったシャーロットは、緊張した。
「アボット伯爵、伯爵夫人。新年早々にご苦労だ」
国王ジェラルドの言葉にシャーロットはかしこまって礼をとった。
「伯爵夫人は懐妊中と聞いています。くれぐれも無理はせずに」
王妃ミランダが優しく微笑んで告げてくれた。
「セルジュ王子は明後日来日される。伯爵たちにも王宮でしばらくとどまってほしい」
「はい」
エドワードはうなずいて礼をとった。
侍従長が後を引き継ぎ、シャーロットたちを部屋に案内した。
客室用の一画を与えられ、しばらくの間ここで暮らすらしい。
「はぁ…」
めまぐるしく環境が変わり、くったりと椅子に座り込んだ。
エドワードは気遣わしげにシャーロットの世話をする。
「横にはなった方がいい」
靴を脱がせ、ドレスを緩めてくれた。
王宮の侍女にここでは世話をされるため、気心のしれたクララやアリスは連れてこれなかった。
世話は、マリエルとヘンリエッタという侍女で、二人は学院卒で侍女としてかなり優秀だった。
「シャーロット様、しばらくお楽なお召し物に変えましょう」
にこやかに素早く着替えをしてくれ、ゆったりとした椅子を準備してくれた。
「こちらは妊娠中も安心なお茶ですわ、少しお召し上がりになりませんか?」
甲斐甲斐しくしてくれるので、シャーロットはうなずくだけで大丈夫そうだった。
手際よく整えると、エドワードと二人を残して優雅にお辞儀をして部屋を出ていった。
さすが王宮の侍女だとシャーロットは感心して、心地よいベッドのような感触のソファでうとうとと遠慮なく眠る事にした。
翌日には宮廷晩餐会にはセルジュ王子とソフィア王女につく、エドワードとシャーロット、フェリクスとジョージアナ、ギルバード・エアハートが招待されていた。
ギルバードはシエラの兄で、アベルとアランの兄にあたり、天才の呼び名が高く語学にも秀でていた。金の髪に紫の瞳の美貌をもつ貴公子で、29歳。落ち着いた静かな口調には知性があり、人に安心感を与える。
かつて台無しになったデビュタントを祝う晩餐会の時より、緊張はあるものの、楽しいひとときを過ごす事が出来た。
「陛下、セルジュ王子の人となりはご存じでいらっしゃいますか?」
エドワードが尋ねた。
「…調査では奔放な人物だとしか。あまりこれまで情報のない王子なのだ」
エドワード自身調べてもなかなか情報のあつまらない人物だったのだ。情報の大切さを知っているシャーロットもエドワードがセルジュ王子の接待役に不安を抱いてることに気づいていた。
ジェラルドもやや、渋面である。
セルリナ国はあまり国交もこれまであまりないこともあり、詳しい情報も入ってきにくいのだ。
異国情緒あふれる一行を、謁見の間で国王一家と共に出迎えた。
きらびやかなセルジュ王子は、黒い髪に切れ長な黒い瞳の眉目秀麗な若者でがっしりとした体躯と長身で圧倒的な存在感を放っていた。
…つまり、男嫌いとされているソフィア王女にはとても、苦手な容姿をしているとシャーロットは思った。
横にいるソフィア王女はほとんど張り付いた微笑みでセルジュ王子を出迎えていた。
「遠路はるばるよくこられた」
ジェラルドは挨拶を延べた。
「お出迎えありがたく存じます」
セルジュはイングレスの言葉で礼を延べた。
セルジュとジェラルドの通訳は、ギルバードが努めていた。
ちらりとエドワードを見ると、穏やかにみえる表情の下で何か思案を巡らせているのだろうと感じた。
翌日の舞踏会にソフィアの側に付ききりでいることになったシャーロットは、控えめな淡いグリーンのドレスをきて控えていた。
ソフィアはセルジュがエスコートなので、先程から口数がものすごく少なく、シャーロットはひやひやとしていた。
『今日も美しいですねソフィア王女』
シャーロットはソフィアに通訳をした。しかし、二人とも本当は理解しているのでは?とシャーロットは疑っていた。
「そうですか…」
『セルジュ王子も素敵でいらっしゃいます』
と要約して通訳することにした。
セルジュの側にいるエドワードも穏やかながら神経を使っているのがわかった。
『君が通訳だって?まだほんの小娘じゃないか』
セルジュはどうも人の事を逆なでするのが上手いらしい。ふふんと馬鹿にしたようにシャーロットを見下してきた。
シャーロットは確かに今はヒールも低いため、いつも以上に小柄で、夏以来痩せて細くなり肩や腕も華奢で、その上いわゆる目が大きめで幼くみえてしまう。
『左様でございますね、殿下に比べましたら小娘に違いはございませんね』
微笑んで答えた。
セルジュはソフィアをじろじろと見ると、
『お見合い相手は、ちゃんと大人の女で良かったよ、この通訳じゃちょっとーー出来ない』
くくくっと笑いながら、側近のフォリオにシルキア語で言った。
シルキアはセルリナより東にある大国で、イングレスからは遥か遠き異国だった。シャーロットが分からないと思ってその言葉を使ったのだろう。
嫌なやつだとシャーロットはセルジュに印象を抱いた。
本来なら嫌みのひとつでも返してやりたいところだ。
『ダンスはお得意ですか?ソフィア王女』
シャーロットは通訳を続ける
「普通ですわ」
何とも、やる気のない返事をするソフィア。だが、シャーロットもこの縁談を纏める気も失せて、そのままストレートに訳して伝えることに徹した。
王族の入場のあと、会場内の壇上の控えに行ったシャーロットとエドワードは、踊るソフィアとセルジュを見つめていた。
『なんなの?あのひと』
万が一聞かれても良いように、フルーレイス語で話かけた。
『わたくしが分からないと思ってシルキア語で下品な言葉で侮辱してきたわよ』
エドワードは表面上は穏やかにうなずいた。
『とりあえずシルキア語は分からないふりをしよう。その方が本音を目の前で語られるかもしれない、君に対する無礼は到底我慢ならないが、今は押さえねばならないな…』
シャーロットは最近無意識にしている癖。そっと膨らみだしたお腹を撫でた。
「大丈夫か?」
エドワードは心配そうに言ってきた。
「大丈夫よ、元気だなって思って」
くすくすと笑った。最近時々動くのがわかるようになってきたのだ。エドワードも穏やかに微笑みを返した。
シャーロットはそっと、王女の侍女のアンナとフェリシアに近づいた。
「ソフィア王女はかなり不機嫌と思ってよろしいでしょうか?」
永く仕えている彼女たちに聞いてみた。二人は固い顔でうなずいた。
「男らしい容貌の男性は特に…」
アンナははぁっとため息をついた。
ソフィアもすらりと背が高く、そしてしっかりと成熟した出るところはしっかりと出ていて、女性らしく。そしてセルジュもすらりと背が高く、逞しい肢体で傍目からはものすごくお似合いにみえるが…。
ソフィアの美しい瞳は、セルジュを見てはいなかった。ひたすらセルジュの背後辺りをぼんやりと眺めているように見えた。
戻ってきた二人は、セルジュが話しかけ、ソフィアが素っ気なく返事を返す。の繰り返しで、この二人が上手くいくことなど無さそうにシャーロットは思えた。
もう早く諦めて帰ってしまえばいいのにと、シャーロットは思ったが、そのつれない態度に、どうやらセルジュが俄然力が入ってきているように見えるのだ。
なかなか厄介な事だ…。




