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「…なんだって君は厄介事を惹き付けるんだ…」
エドワードは、シャーロットから話を聞いてため息をついた。
「ごめんなさい、でも、わたくしはなにも。向こうから厄介事がきてしまうのよ…」
レディ フロレインこと、フローラ・バルフォア。
以前に聞いたベネディクト・マクラーレン侯爵の結婚相手だ。
「それで?彼女の望みはどうしたいのか聞いた?」
シャーロットは首を横にふった。
「わたくしでは力になれないと思ったの。だから、エドワードに相談してるの」
エドワードはタイを緩めながら、ソファに座りすらりと長い足を組んだ。怜悧な青い瞳をシャーロットに向けると
「正直、私には彼女を庇護する理由はない」
エドワードは淡々と言ったが、シャーロットには胸が痛かった。
「わたくしは少しわかるの。もし、自分が好きでもない方と結婚したら、と思うと…」
「シャーロットなら、例えそうであっても務めを放り出し逃げ出したか?」
キラリと目を向けられてシャーロットはピクリとする。
「…いいえ。しなかったと思うわ」
「彼女はレディとしての責任も共に放棄した。誉められるべきではない」
エドワードはきっぱりと言った。
「ベネディクト・マクラーレン侯爵は、結婚相手としてレディたちに敬遠されていたかもしれないが、侯爵として立派な方だ。まして、無理強いで結婚したわけでもない」
「つまり、エドワードはレディ フロレインがいけないと言うわけなの?」
シャーロットの声に怒りが混じる。
いつものように感情が定まらない。喉の奥が熱くなる。
「端的にいえば」
「親もなくして、誰も頼る人が無いのに結婚させられたのよ?」
「させられたんじゃない。彼女は庇護する者を新たに得たに過ぎない。彼女が領主になれることはなかった。
つまり、彼女は夫を迎える必要があった。にも関わらず、義務を果たさずレディ フローラは先祖の土地も捨てたんだ」
エドワードの言葉にシャーロットはガツンと殴られたような気持ちになった。
「拒めなかった?式になるまで?何故にそれまでに逃げないんだ。一番最悪な手段で彼女は逃げたんだ」
「じゃあなに?わたくしたち令嬢たちの意思はどうなの?」
「それは個人のありようだろ。現に君は私を選んだ。それは君の意思ではないのか?」
エドワードはシャーロットを抱き寄せた。
「よく考えろ。シャーロットならどうしていた?向き合おうともせず逃げ出したか?それも結婚式を終えたその日に」
「わかってる!でも…正論は時に、辛くて苦しいものなの!エドワードはいつも正しくて、貴族らしくて!」
エドワードを振り払い、寝室に向かった。
これ以上、聞きたくなかった。
「来ないで!」
追ってきたエドワードに枕を投げる。
「落ち着くんだ、シャーロット」
こんな時にも冷静なエドワードに、もう何が腹が立つのかわからず、枕を叩きつける。
腕を捉えられ、ベッドに抑え込まれキスをされる。
足をばたつかせるが、なんの効果も無さそうだった。
「いや!ごまかされたくないの!」
「駄目だ」
再び熱いキスと、体を愛撫され徐々にシャーロットの体から力がぬけ、悔しいがエドワードの意図する行為に翻弄されてしまった。
「悪かった…妊娠中は、感情が高まりやすいと聞いた。私の言い方が悪かった」
素直に謝られては、シャーロットはどうしようもなかった。なおも荒れ狂うような腹立たしい気持ちはあったが、妊娠中のせいなのだろうか…
ごまかされたくはなかったが、エドワードにシャーロットは陥落して、身を任せた。
こんこんこん、と遠慮がちなノックがあり、シャーロットははっと目を覚ました。
いったい今は何時ごろなのか…。
横には同じく目を開けたエドワード。
「ああ、晩餐の時間かな…」
手早く、エドワードはシャツとズボンを探しだして身に付けたが、シャーロットはそうはいかなかった。
エドワードは手近にあったワンピースをシャーロットに被せて着せると扉を開けにいった。
「すまない、手早く準備を頼むよ」
と部屋を出ていった。
焦ったそぶりのクララとアリスが入ってきて、コルセットと夜用のドレスを着せてくれる。
「大丈夫でごさいましたか?」
アリスがそっと聞いてきた。
「閣下は普段は紳士でいらっしゃいますけれど、男性には違いありませんから…喧嘩をなさってる様子でしたから…」
二人は怪我はないかもチェックしている。
「大丈夫よ、エドワードは怒っても女性に手をあげるような人じゃないわ」
くすりと、笑う。クララもアリスもまだ仕えてから浅い。どこかで温厚だか、乱暴者のご主人をみてきたのかもしれない。
「ほっといたしました」
にこりとクララが笑った。
「夫婦喧嘩は犬も食わないほうで」
くすくすとアリスも笑った。
「エドワードと喧嘩なんてはじめてよ」
シャーロットも、あんなに冷徹なエドワードは初めて見た。
「お二人は幼馴染みでしたものね」
二人はうなずいた。
手早く着替えを済ませるとクララとアリスと共にダイニングルームへ向かった。
現金な事に、エドワードの姿を見てもすでに怒りはなくエドワードへの、いとおしい想いだけだった。
「ご機嫌はなおったかな?」
エドワードが優しく見つめてきた
「……なんとか…」
くすっと笑うと、給仕たちが料理を運んできた。
「シャーロットはまだセルリナ語は話せる?」
『他ならぬエドワードがおしえてくれたのでしょう?』
『そうだ、忘れてなくて何より』
エドワードもセルリナ語で返してきた。
『来年の春に、セルジュ王子が来られるらしいんだ』
『まぁ…』
セルジュ王子はセルリナ国の第2王子で、28歳。
『もしかして王女殿下と?』
エドワードはうなずいた。
『王女の通訳を頼みたいそうだ』
少し離れた国であり、必須の言語ではないセルリナ語。イングレス王国で話せる貴族はあまり多くないかもしれない。
『もちろん私も王子の世話役を仰せつかるようだ。しかし、ちょうど君はね…』
エドワードは眉を寄せた。
『アナはどうなの?』
『挨拶と、基本的な会話は可能だそうだ』
『まだ時間があるのだし殿下に練習して頂けば…』
『王女は噂通り、全く結婚などに興味がない。覚えようなどしそうにないそうだ…』
エドワードは拳をあてた。
その表情は様々な事を試案しているようだった。
そうだ、エドワードは伯爵に就いたばかり。今は一番大変な時期だったのだ。
『エドワード…わたくしが悪かったわ。大変な時に厄介事を持ち込んだ上に、口論をするなんて』
と、シャーロットはロマンティックで優雅な言語だと思う、フルーレイス国語で話しかけた。
エドワードは驚いて目を見開いた
『いや、驚いたな。いつもと違うというのもなかなか良いものだ』
くすりと笑うと、とびきり甘い響きで
『口論の後にとびきりの時間があったから、それでかまわない』
とニヤリと笑って言った。
シャーロットはぞくりとして、
「おさらいはもうおしまい、ね」
『今晩は、シャーロットにフルーレイスの甘ったるい詩集の朗読でもしてもらおう』
「ええっ!」
シャーロットは思わずフォークを鳴らしてしまった。
『お願い、それはちょっとゆるして』
読むだけでも赤面しそうなその詩集を声に出して読むなんて、考えるだけで無理そうだ。
『それで今日の事は赦す』
「ええっ…!」
シャーロットは結局、エドワードの言うとおりにその恥ずかしい詩集の朗読をさせられたのだ!
情熱的で享楽的な作者は、たくさんの恋愛を赤裸々に詩にしたためたのだ。




