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翌朝、エドワードたちは早朝に出立の仕度をしていた。
シャーロットも見送るため、早起きをしてレイノルズ邸の玄関に立っていた。
他に人がいなかったら…きっとエドワードに抱きついてキスを求めたに違いない。次に会うのはいつだろう?社交シーズンの始まりか…。
そう思って、シャーロットは少し目をふせた。また、感情の乱れに襲われそうだった。
エドワードたちが騎乗し、
「レイノルズ伯爵、お世話になりました。ありがとうございます」
一礼すると、
ガラガラと音をたてて、4頭だての美麗な馬車が入ってきた。
「えっ!」
驚きの声をあげたのは、フェリクスだ。
その馬車はウィンスレット公爵家の紋章がついていた。
扉が開き、降りてきたのはジョージアナだった。
「シャーリー!」
小走りで走ってきたジョージアナに、シャーロットは数日前に出した手紙を思い出した!
「アナ!」
ジョージアナは抱き締める。シャーロットも抱擁をかえした。
ひとしきり再開を堪能すると、ジョージアナは思ったよりシャーロットが元気そうなのに気づいたようだ。こそこそと耳元でつげる。
「ごめんなさい、アナ。状況が変わったの。後で話をさせて」
ジョージアナはシャーロットを、みつめてうなずいた。
「ジョージアナ、どうしてここに?」
フェリクスの戸惑いの声に、
「いい加減お母様と話すよりシャーリーと話したくなって来てしまったの、思いついて」
「ジョージアナ様、いらっしゃい。シャーロットも喜びます」
オーガスタはにっこり笑って歓迎した。
ジョージアナはよほど急いだのか、旅行用ドレスを身につけてはいるが、ジョージアナにしては、急ごしらえな様子で髪は帽子を被っただけで少し乱れていた。
そのようすに慌てて来てくれたのだ。と胸がじんとする。
後から続いて、ジョージアナのメイドらしき女性が降りてきた。
「突然の訪問をお許しくださいませ。少しシャーロットと過ごすことをお許しいただけますか?」
「もちろんです。レディ ジョージアナ。いつでも歓迎いたします」
アルフレッドは笑みを浮かべて、うなずいた。
「ありがとうございます。伯爵様」
ジョージアナは完璧な礼をした。
出立しようとしていたがら、エドワードたちは少し後にすることにしたらしく馬を降りた。
「お兄様たちは、予定どおり出立されればいいわ」
「しかし、ジョージアナ」
フェリクスが妹を気にするが、
「大丈夫。すぐに帰ります」
「…失礼のないようにするんだ、いいね」
「わかりましたわ」
とにっこりと笑って見せた。
フェリクスがしぶしぶ騎乗すると、エドワードたちも乗り出立に踏みきった。
ジョージアナの手を握り、エドワードたちを見送った。
レイノルズ家の従僕が馬車から荷物を降ろし室内に運ぶ。
「お母様、ジョージアナにはわたくしの部屋の近くにお願いしたいわ」
エドワードたちが泊まっていたのは、シャーロットの部屋から中央の広間から正反対の客室。
シャーロットの部屋の近くにも空き部屋はあり、急な来客にも大丈夫な部屋があるはずだ。
「ええ、わかっておりますよ。少しシャーロットの部屋でお待ちいただけますか?」
オーガスタは微笑んだ。
オーガスタは、レディの中のレディたるジョージアナが大変好きだ!
急な訪問も寛容に受け入れることが出来るらしい。
シャーロットの部屋にはいると、すぐに説明をすることにする。
「アナ、あの手紙を出したあと実は母にエドワードへの想いをきづかれてしまって」
「お母様に?」
「そう…どうなるかと思っていたら次の日エドワードがわたくしに求婚をしてくれたの」
そういうと、ジョージアナは息を飲んで
「シャーリー!!」
と抱きしめた
「良かったわ!わたくしも凄くうれしいわ!」
手紙にはさぞかし、鬱々と書いてしまったのだろう。ジョージアナが急いでやって来るくらいに。
「ごめんなさい、アナ。あんな手紙書いてしまったがばかりに…」
「いいのよ。直接話が聞けて良かったわ!」
ジョージアナはにっこりと微笑んだ
「やっぱりエドワードとシャーリーはとってもお似合いだもの。うまくいって本当にうれしいわ。手紙を読んで貴女が、自棄になってエドワードの部屋に忍び込むんじゃないかと」
「アナ!わたくしがそんな事を…!」
くすくすと笑うと
「だって、既成事実を作ってしまえば誰も反対なんてしないでしょう?」
あのまま、母にばれずエドワードに求婚されていなかったら…。
「…そう、考えたかも知れないわね…」
しぶしぶシャーロットは認めた。
思いきった事をしてしまうかも。
「ね、なんて求婚されたの?」
「秘密よ!」
「キスはした?」
シャーロットは途端に赤くなり、ジョージアナにその通りだと態度で返事をしてしまった。
「どう?幼馴染みから、恋人になった相手とキスは?」
「…凄く、心地よくてうっとりして幸せな気持ちになれたわ」
と正直に答える。
「素敵ね、シャーリー。少し羨ましいわ、そんな相手がいて」
微笑むと
「だって、凄く綺麗になったわシャーリー。わたくしが男なら押し倒してるわ」
そうだろうか、鏡を見てもいつもの自分だ。
「押し倒すってアナ!」
シャーロットも、笑った。
「本当よ。瞳はキラキラしてるし、頬は薔薇色で、唇はふっくらしてピンク色。すごく色っぽくなったわ」
「からかわないでよ。まだ正式じゃないから、どうなるかわからないわ。うちの跡継ぎ問題もどうするのか聞いていないし…やっぱりアデリンたちに婿をとるように言うのも…」
「シャーリー。すぐに聞きに行きましょう!」
「ええっ!?」
「さぁ、早く。お父様のお部屋を教えて」
ジョージアナはぐいぐいとたたせると、扉をあけてシャーロットと腕を絡めてさぁ、と促す。
シャーロットは覚悟を決めて、父の書斎に向かった。
執事のブラッドリーが扉を開けて通してくれた。
「ああ、シャーロット、それにレディ ジョージアナ」
アルフレッドは、娘の顔をみて用がわかったようだ。
ソファセットに座らせる。
落ち着いた室内のそこは、紙とインクの匂いでシャーロットは落ち着く場所の一つだ。滅多に入ることはないのだが。
「シャーロット、エドワードの求婚を受けたと聞いたよ?すでに私もエドワードもそのように動いている」
「はいお父様」
「シャーロットが気にしていることだがね…」
アルフレッドは微笑んだ
「仮にだが、シャーロットが産んだのが男の子なら一人目をうちの跡継ぎに、二人目をアボット家にと」
「でも、それは…!」
「うん、わかっているよ?アデリンがもし、跡継ぎに相応しい人物と結婚するならその相手でもよい」
シャーロットは胸が苦しくなる
「わたくしの我が儘のせいね?」
「気にすることはない。いざと成れば養子を探すことも厭わないし、私だってまだまだ現役で働けるだろう」
アルフレッドはまだ39だ。若いといえばまだまだ若い。
「つまりね、娘に好きな相手と結婚させてあげられないほど困ってはいないと言いたいんだ。だからエドワードと結婚して、幸せになるといい」
アルフレッドは娘に笑いかけた。
「それに私だって息子を持つことを諦めてないさ、オーガスタだって、まだ35だ。可能性がないわけではない」
ふふふとアルフレッドは笑い、シャーロットは少し赤くなった。
「さあ、話はまたアボット家からの話を待とう。今日はせっかくレディ ジョージアナが来てくれているのだから楽しむといい」
シャーロット父に続いて立ち上がると
「ありがとうお父様」
シャーロットは父に抱きつき頬にキスをした。
「素敵なお父様ね」
シャーロットの部屋に戻り、ジョージアナが微笑んで言った。
「ええ、本当に」
こんこんとノックされ 、オーガスタが入ってくる。
「レディ ジョージアナ。お部屋が整いましたの」
ジョージアナの部屋は女性らしい調度類の揃った部屋で、ジョージアナも気に入ってくれたようだ。
「あと、シャーロット。仕立てに来ていただくから、ジョージアナにも居てもらってはどうかしら?」
「仕立て?ドレスを」
「婚礼に向けてね、早すぎて困ることは何もないわ!さっそくお呼びしたからそのつもりでね」
うきうきとオーガスタは言った。
「お母様、浮かれていない?反対ではなかったの?」
「あら、エドワードは素敵な貴公子よ。そんな相手と大事な娘が結婚するのだからうれしいに決まってるわ!」
悩んでいた自分はなんだったのか?疑問になり、少し意地悪を言いたくなる。
「…お父様が、息子を諦めてないって言っていたけど…」
「あら、お父様ったらそんな事を?」
くすくすと笑うオーガスタは若々しくシャーロットの目にうつった。
「また後で来るわね」
と立ち去った。
「悩んだのはなんだったのか、気が抜けちゃうわ…」
「いいじゃないの。シャーロットはそのままエドワードと結婚してたら好きだと気づいてなかったかも知れないわよ?」
「…そうね。そう思って慰めておくわ」
その日、顔を輝かせて来た仕立て屋のマダム・エイダはたくさんの生地見本と、ドレスのデザインを抱えてやってきた。
「まあまあ、お嬢様御結婚ですって?」
マダム・エイダは若々しく活気ある女性で、仕立てもデザインも能力のある仕立て屋だ。
オーガスタとジョージアナが、意気投合しあれもこれもと注文をする。
ウェディングドレスに、夜用のドレス。昼のドレス。乗馬服、セクシーなネグリジェ。
コルセットにペチコート。バッグに靴。
「お母様、頼みすぎでは…」
「何を言ってるの。式は来年にもとお父様とエドワードは話していたわ。最後の独身の社交界も楽しまないと。エドワードの妻となるなら、ありすぎる事はないわ。うちだって娘の嫁入り支度が出来ないほど貧しくはありませんよ?」
シャーロットはしぶしぶうなずいた。
マダムが張り切ったのはもちろんウェディングドレスだが、ネグリジェにも俄然こだわりをみせた。
シャーロットはそれを着る事をすごく恥ずかしく思ったが、それはそれで、いやらしい事を想像しているかの様で恥ずかしく口にはださなかった。
ジョージアナは2日泊まり、元気よく帰っていった。




