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領地に帰って来たシャーロットは、主領地を巡っていた。

レイノルズ伯爵家の領地は、南方の豊かなアボット伯爵家と、ウィンスレット公爵家の領地に挟まれた、風光明媚な土地だ。

冬は時に厳しい寒さとなる。そのため、冬が来る前にシャーロットは、街に行くことにしていた。

四年前からはじめた、領地巡りはシャーロットの貴族としての自覚をより高めていた。

「シャーロット様ー!」

と遠くから呼ばれ、手を振る。

農地で、作業する人々や、家畜の世話をしている人々がシャーロットに頭を下げる。


父である、レイノルズ伯爵が守っている。そして、シャーロットには結婚の相手にその期待がかかっている。

かぽかぽと馬を操り、シャーロットは町へついた。


石畳で舗装された町は、美しい家屋敷が連なり、大通りには店が並んでいる。

町の中央は大きな広場があり、噴水やベンチがととのえられていた。

坂道を上がると、良い屋敷がたっており、町を見下ろしていた。

大通りを馬で通ると、シャーロット様!と声や握手をしてくる人々に答えるのだ。

シャーロットは、花屋で花を買い、本屋では本をいくらか購入した。

「シャーロット様、おかえりなさい」

「ただいま帰りました。みなさん」

と笑顔を見せる。

「またお寄りください!」

会釈をかえし、シャーロットは屋敷の方に向かうが、少し道をそれ、森に続く方にある、木陰道に入り聖堂と孤児院が併設されたそこにはいった。

「シャーロットさまだー」

馬を繋いでいると、子供たちが気づき走り寄ってきた。

「こんにちは。みんな元気そうね?」

「はい!」

と子供たちは返事をする。

「ママたちに知らせてくる!」

ここでは、お世話をする女性たちを子供たちはとよぶ。

孤児院の院長は、元々は未亡人で子育てはベテラン。そして、ママたちもほとんどか未亡人か、もしくは独り身の女性だった。

ここの施設は伯爵家が作り、彼女たちに頼んでいる。

「シャーロット様。来てくださってありがとうございます」

「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です。子供たちを大切に育てて下さってありがとう。あの子たちはこの領地の宝物です」

シャーロットは微笑みかけた。

シャーロットは本を渡し、教会横の墓地にいき、伯爵家の墓に花を手向けた。

それから聖堂に入ると、膝をつき聖なる像に花を供える。像に向かい祈りの言葉を呟いた。

デビューして以来、様々な事が起こりシャーロットは疲弊していた。慣れ親しんだこの聖堂は、落ち着きをもたらしてくれるような、そんな気がする。

祈りを終えると、シャーロットは再び孤児院に向かい子供たちと鬼ごっこや、石けりなどで、ひとしきり遊ぶと空を見上げてそろそろ帰るわねとつげた。

「また来るわ!」

残念そうな彼らに手を振って、シャーロットはレイノルズ伯爵家のカントリーハウスに向かった。

どんどん黒雲が立ちこめて、ポツリポツリと降りだす。

シャーロットは馬を急がせて、厩舎に馬を繋いだその時には頭からぐっしょりと濡れていた。


「おかえりなさいませシャーロットお嬢様」

「ただいま帰りました」

シャーロットはすぐにバスルームを使いたいと命じ、濡れたままむかう。

冷えた体を湯船につけて、メイドたちに、手伝ってもらい、簡素なドレスに着替えた。コルセットなしで着れる、柔らかな素材で出来たそれは胸のしたで結ぶリボンが可愛らしい。

肩口や袖口のレースもシャーロットは気に入っていた。

メイドが暖かいハーブティを淹れてくれて、シャーロットはくつろいでいた。


しばらくすると、執事見習いのバートラムがノックをして

「シャーロット様旦那様が大広間でお呼びです」

「そう、すぐにいくわ」


シャーロットは大広間の扉をノックする。

「シャーロットです。入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、入ってくれ」

父の声にシャーロットは入って、それから絶句した!

父と、それからその向かいにはエドワード、フェリクス、キース、アルバートがいたのだ!

「ああ、シャーロット。エドワードたちが…」

と言い出した父をおいて、シャーロットはくるりと振り向き

「お客様様がいらしてるならそういってちょうだい!」

とバートラムに言って、部屋に駆け戻った。

申し訳ありませんというが、思いっきりひっぱたきたい!


みられた!思いっきりコルセット無しのドレスに、洗ったままのおろした髪。無防備なこの家族しか見せない、家用の姿。レディではない、シャーロットを。

「ひどいわ…」

とぶつくさと呟いた。

ネリーを呼びきちんとしたドレスに着替える。もちろんコルセットを着けて!まもなく晩餐のためナイトドレスにする。

母が新しく頼んだらしいそのチョコレート色のドレスは艶々としていて、胸元と裾の刺繍が美しい。

首飾りは金の繊細な細工物で、シャーロットは特に気に入っていた。ほんの少しお気に入りの香水をつけると、ようやくレディモードだ。

「ありがとうネリー」


階下におり、もう一度大広間をノックして

「シャーロットです。入ってもよろしいでしょうか?」

と同じ台詞を言った。

「ああ、シャーロット、入ってくれ」

とシャーロットは扉を開けて入ると、やはりそこにはエドワード、フェリクス、キース、アルバートがいた。

シャーロットはお辞儀をした。

「シャーロット、さっきはどう…」

と父が言ったところで、シャーロットはじろりと父を睨み

「お父様は賢明な方ですから、それ以上言ってはいけないことがわかるはずですけど?」

父は訳が分からないながらも、娘の怒りを悟ったのか口をつぐむ。しかし、そこまでシャーロットを知らないフェリクスは

「とても可愛らしいドレスだったが?」

と言った。

シャーロットは手にもった扇をパチリ!と鳴らした。

フェリクスに、怒るわけにはいかない。彼は悪くないのだから…

「言い訳を申しますと、雨に濡れて着替えたので、あのドレスで晩餐まで過ごそうと思ったのですわ。だから、家だからっていつもあの格好ではないんです!」

はっきり言わないとわからないのかっ!

「ああ、そうそう。雨のせいで私たちも急きょ、こちらによらせていただいたんだ」

シャーロットのイラつきを感じ取ったのか、エドワードが話題を変える。レイノルズ伯爵の領地を通りにアボット伯爵家の領地に向かうつもりだったのだろう。

「この季節は雨が降るとなかなか止みませんわ。しばらくは足止めですわね」

「シャーロットは出掛けていたのか?」

エドワードが聞いてくる。

「ええ、町の方へ。孤児院に行っておりました」

「孤児院に?」

「毎年この時期に行っているんです」

シャーロットはにっこりと笑いかけた。

そんなことより、どうして一緒に行動しているのかと、エドワードたちを順に見ると、

「私たちの方は、今のうちにお互いの領地から見てみようという話になってね、冬が来る前に来る前にあちこち見てみようと」

「あちこちですか?」

シャーロットは小首をかしげて、エドワードをみた。

「ああ、今のうちに出来ることをしてみようと思ってね」

エドワードはシャーロットに微笑みかけた。

「そうですかそれで、レイノルズの領地は見てこられましたか?」

「いや、まだだ」

「雨が上がりましたら、わたくしがご案内をしましょうか?」

「シャーロットが?」

とフェリクスが意外そうに言う。

「どこか行きたいところがありましたらおっしゃってくださいませ」

にっこりと微笑んだ。

「いいでしょう?お父様」

母よりは娘に甘い父は

「まあ、彼らが一緒ならかまわないか、くれぐれも気を付けるように」

としぶしぶ了承した。


晩餐の席には、母と妹のアデリンとエーリアルも一緒だ。

父のアルフレッドは

「フェリクス卿、キース卿、アルバート卿、妻のオーガスタ、それから娘のアデリンとエーリアルです」

「オーガスタ・レイノルズですわ。はじめまして」

と母は淑女らしく優雅なお辞儀をする。

もじもじとするアデリンとエーリアル。

隣にいたシャーロットは少し様子をみていたが、

「アデリン、エーリアル。お客様たちにご挨拶を。」

と扇ごしにささやいた。

アデリンはガチガチに緊張して

「アデリンと申します」

と消え入りそうな声でやっと言った。

「エーリアルです!」

とエーリアルは大きすぎる声でいった。

シャーロットはいらっとしながら妹をそれから母のオーガスタをみた。オーガスタは苦笑しながら

「まぁ…本当にまだまだの娘たちで申し訳ございませんわ」

とおっとりと言った。

シャーロットはそんな母に、ますますイライラした。シャーロットには、ものすごく厳しかった母だ。こんなアデリンやエーリアルのマナーは幼い頃から特に徹底的に教育された。

エドワードたちの手前、感情は出せない。

グッとこらえる…!

「皆さまエドワードのご友人でいらっしゃるの?」

「はい、エドワードとはスクール時代からの友人で」

キースがいつもの低く響く甘い声でいった。

「私もです。」

とアルバートがいった。初対面相手がいると、冷淡な雰囲気になるアルバートはやや固めの態度だ。

「私はエドワードの後輩です」

フェリクスが続けた。フェリクスは、やはり堂々とした、やや尊大に見える態度だ。エドワードは21歳、キースとアルバートは22歳、フェリクスは20歳だ。同じ時期に、貴族の子弟が通う寄宿舎つきのスクールに通っていたのだろう。

「まあ、そのつながりで…。素敵ですわね」

とにっこり笑うと、食事をはじめる。

シャーロットは喋らず、食事をしていた。

時折、アルフレッドとエドワードたちが静かに話すのみで、晩餐は終わり、応接間に向かう。

男性たちは今日はビリヤードに興じている。

シャーロットたちは、近くに座り観戦していた。


さすがに全員がうまく、誰が勝つか実力は拮抗していた。

「シャーロット、今年はどうだったか教えて欲しいのだけど…。どなたか気に入った方はいたかしら」

オーガスタがそっと話しかけてくる。

きたかっ!と肩を竦める。どうやら、客人のいる前で話すことで、シャーロットの逃げ場を閉ざすつもりだろう。

「いいえ」

「そう…。ね、シャーロット、領地にかえってきてから帰ってからたくさんの結婚の申し込みが来ているの。後で部屋に届けさせるから、見ておいてちょうだい」

と微笑んだ。

母に、イライラしていたシャーロットは、

「必要ありません。お父様とお母様が気に入る相手を選べばよろしいですわ」

と淡々と答えた。

すでに平静ではないな、と自覚はあった。

「シャーロット!わたくしたちは貴女に望まない結婚をさせようなんて思っていないわ!」

オーガスタが声をあげた。

ちらりとアルフレッドや、エドワードがこちらをみる。

「お母様、声が大きいわ」

「シャーロット、きちんと考えて?貴女の人生なのよ」

手を握ってくる母

「考えて、どうにかなるんですの?しょせんわたくしなんて、お母様の駒のようなものなのに?」

「シャーロット!」

「わたくしの事を思っているふりはもういいの。好きに決めれば良いじゃない。これまで通り!」

シャーロットの声も少し大きくなる。

アデリンとエーリアルがピタリとおしゃべりをやめてシャーロットを見た。

「そんなこと…。貴女を好きにしようなんて、お母様は思っていないのよ」

「もう、やめましょうこの話」

シャーロットは、母から顔を背けて、妹たちが興じているボードゲームの様子をみた。

年の近い二人は仲が良くて、いつも楽しそうに笑っていた。


アルフレッドは、ビリヤードを中断して、シャーロットの元へきた。

「どうしたんだい?シャーロット」

「結婚相手の事ならお父様とお母様が決めてと伝えていたの」

アルフレッドはシャーロットの横に座った。

「いいかい?シャーロット。なげやりになってはいけない私ちは君に意に染まないような結婚をさせようなんて思ってはいないよ?」

「先に部屋で休んでも宜しいですか?お父様。一人になりたいの」

アルフレッドはぽんぽんと腕をたたき、うなずいた。

シャーロットは立ち上がり、部屋を出ていった。


出ると、シャーロットは走って階段を上がった。

どうしてこんなに、イライラしてしまうのか。

結婚相手なんて、エドワード以外はみんなおんなじだ! だから、勝手に決めろと言っているのに!

そうとっさに考えて、シャーロットは驚き息を飲んだ。

部屋に入り、扉を閉めると大きな音をたて響いた。


メイドが扉を叩くが、

「後で呼ぶわ!」

と叫び、ベッドにうつ伏せになり、枕を頭から被った。

ようやく気づいた、エドワードへの想いに、シャーロットは絶望的な気持ちが押し寄せた。心は千々に乱れ、感情の乱れに何が理由かわからない涙がこぼれ落ちた。

嗚咽がもれ、震える拳を口にあてる。


翌日も雨、いつも通りのシャーロットの装いでダイニングにすわる。

1度想いを自覚すると、エドワードを見ることは出来なかった。

オーガスタが気遣わしげにシャーロットを見たが、今は話すと再び感情を乱しそうで、ひたすら顔を向けずにいた。


応接間に父とエドワードたちがいるので、シャーロットは小広間のピアノを弾くことにしてその部屋に籠ることにした。

何時間も弾いて弾いて。

そしてそのピアノにもエドワードとの思い出がぎっしりつまっていて、弾きながら、エドワードを想っていたことに、頭からまったく離れないことに、シャーロットはビクリとして指を止めた。

ガタンと立ち上がると、扉にむかう。

そして、扉に手をかけると扉の前でのキスを思い出す。鮮明に甦る感触。

シャーロットは両手で口元をおおい、部屋に戻ることにした。

階段の下まで来たときに、

「シャーロット」

と声がかかる。振り向かなくても声だけでわかる。顔だけで振り向くと

「一緒にお茶の時間にしないか?」

「いえ、今日は。ピアノで疲れてしまったの。部屋にいきます」

と、逃げるように部屋に入った。


動揺したまま、ソファに座ると、机の上の手紙の束が目にはいる。手に取ると、何度かあった人たちの名前。きっとこれが求婚者たちだろう。

その中にジョージアナの手紙が入っていた!

「アナ!」

他の手紙はおいて、ジョージアナの手紙を開けた。

シャーロットは、早速ジョージアナに返事と、それからエドワードへの気持ちを打ち明ける手紙を書いた。

封をして、ベルを鳴らした。

ネリーが入ってくる。

「ネリー、この手紙を出しておいて」

と、渡した。

「はい、お嬢様」

部屋の窓は薄暗く、雨の滴がパラパラと音をたてている。


少しすると、ノックがされる。

「どうぞ」

入ってきたのはオーガスタだ。

「シャーロット大丈夫かしら?」

「ええ、お母様」

本当は会いたくはないが、母を嫌いでも憎んでもいるわけではない。

オーガスタは、ちらりと封に入ったままの手紙を一瞥して、

「シャーロット。わたくしでは頼りにならないの?相談してちょうだい?」

「相談?なにのですか?お母様」

「誰か、思う人がいるのではないの?様子がおかしいわ」

「ごめんなさい、少し体調が優れないの。月のものが近いからかも」

「そう?そんな日にちだったかしら?」

ごまかせないのか…!

「エドワードなの?そうなんでしょう?」

思わず伏せていた顔をあげてしまい、これでは、肯定したようなものだと、自分を叱咤した。

「そうなのね…!」

オーガスタは、シャーロットを抱き締めて、

「ごめんなさい!シャーロット。お父様とお母様が悪かったのね…。」

オーガスタはしっかりとシャーロットを正面からみつめるときつくきつく抱きしめた。

「お母様。わたくしはとっくに覚悟は決めていましたから」

オーガスタは背中に流した髪をゆっくりと撫でた。

「シャーロット、わたくしたちは貴女に犠牲を強いるような結婚はさせようなんて思ってはいないといったでしょう?」

オーガスタの、目には涙が光っている。

「エドワードとの事は親が勝手に決めていた事だし、貴女に婚約解消を告げたときは子供だからと、エドワードの事を思っているなんて思いもしなかったのよ」

「お母様…!」

「振り回してごめんなさい。シャーロット、貴女にしてみれば、エドワードは叶わない相手にしてしまっていたのね?」

オーガスタはそっとシャーロットから、手を離すと手紙を手に取り、そっと部屋を出ていった。

シャーロットは動揺が止まらなかった。


きっと父にも伝わるだろう。

…そして、父はどう判断するのだろう?シャーロットの事をどう思うだろう?




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