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高倉くんの姿を見たとき
私は高倉君を確かに見ているはずだったのに
何にも考えられなくなった
脳のちゃんと動かなきゃいけない場所が機能停止したのが、自分でもなんでか分かった
これをたぶん頭が真っ白になったって言うんだろう。恐怖という感情が頭の中を占めて
脳がこれ以上この感情を感じ取ると危険って察知したみたいだった。
高倉君を見つけてから見つめてたのは3秒くらいだと思うけどずっと見つめて動けなかったように感じた
ゴクッと唾を飲み込むと
体が急に動き出した
体育倉庫の扉は人1人が通れるくらいしか開いてなかったけど体でこじ開けて
高倉君の近くに駆け寄ると、目をつぶったままこちらに顔を向けて高倉くんはぐったりとしていた
私は一瞬揺すってでも起こそうかという思いが頭の中に駆け巡ったけど
すぐに
だめ、落ち着け。そんなことしちゃダメ…!
と思い直して高倉くんの耳元で
「た、高倉くん!!…高倉くん!!
大丈夫!? 起きてっ!!」
最初の一言は、やっとのことで言ったから
少し声がかすれて裏返ってしまった。
体育倉庫に私のそんな声が大きく響くと
いきなり、高倉くんの指がぴくっと動き
「…う…」
と痛そうな声を高倉くんは出しながら
こちらに向けた顔を歪ませた
そんな声を聞いた時少し安心した
よかった… 反応まだある!
私は必死になってまた続けた
「…高倉くん!!!
起きてっ!!…起きて…!!」
すると、高倉くんの瞼がゆっくりと開いた
「す、…鈴鹿さん…」
「高倉くん!!!大丈夫?!先生呼んでくるね!!! どうしたの?誰にやられたの!?」
私は高倉君の意識がらもどったことで
安心して、心臓がドクドクいってるのが急によく分かった
高倉くんは、私の目は見ずに少し苦しそうに笑った
「…ハハ…転んだんだ…」
……あれ…?
転んだんだったの?
高倉くんが言ってるから間違えないんだけど
なんだろう……この違和感。
私がそう考えていると、暗い体育倉庫の中で
また高倉くんは意識を失った
「…え、た、高倉くん!!
高倉くん!!…っ ちょっとまっててね!
救急車呼んでもらうから!
先生呼んでくるからっ!!」
私は、意識のなくなった高倉くんにまた
大声で叫んで体育倉庫のまだほんの少し狭い扉を体をよじらせて通って体育倉庫から出た
誰か近くに先生がいないかと探すと丁度体育館の近くに白衣を着た先生が見えた
「すいませんっ!!先生!!
こっちに来てくださいっ!!!!」
白衣の先生は私の声に気づいて振り返ると
その先生は運の良いことに保健室の先生だった。
先生は、私の普通じゃない声にどうしたのかともう定年までもう少しなのにパタパタと慌てて走ってきた
「…た、高倉くんが、倒れてて!
頭に怪我してて!」
私がそう言うと
先生は体育倉庫の中に慌てて駆け込んで
中から私に
「鈴鹿さん、携帯持ってる!?
持ってたら 救急車呼んでっ!!!」
大声で言った
「は、はいっ……!」
私は震える手でスマホにいつもなら使わない3桁の番号をどうにかして打ち込んで行った
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しばらくすると、救急車が学校の中に入ってきて救急隊員の人が担架で高倉くんのことを運んで行った
保健室の先生が付き添いで救急車に乗り込んだ。
周りはこの騒ぎを駆けつけてたくさんの野次馬の生徒たちが何故か刑事ドラマであるような黄色いテープなんてないのに体育倉庫を囲むようにして様子を伺っていた
事件の中心にいる私にたくさんの視線が刺す
私はただ担架で運ばれていく高倉くんを呆然としながら見つめていた
手に少し高倉くんの血がついてる
そん中で指先を見るとカタカタと震えているのが分かった。
手を握って震えを止めようとするけど止まらない
止まれ 止まれ 止まれ止まれ止まれ止まれ
止まれ止まれ止まれ…っ
片方の手で必死に止めようと抑え込むけど
その手も震えてるので意味ない
力を込めてギリギリと手を抑えると手に痛みが走った
止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ
すると、掴んでいる手の手首を横から誰かに掴まれる
「鈴鹿さん やめた方がいいよ
手が真っ赤。」
横をバッと振り向いてみると自分の手首を掴んでいる伊織くんがいた
「……い、伊織くん…」
自分の手をゆっくりとみると震えを止まらせようと必死で手が真っ赤になっていた
「…大丈夫だった?」
と伊織くんは私の手をゆっくりと離しながら言った
その声が、顔が、さっきと別人なくらい
優しい顔をしていてなんだか堪らなくなった
そして、目頭が熱くなったのが分かった
気がつけば目から暖かいものがボロボロと流れていた
「…わ、私 何も出来なかったっ…!
1人でテンパって、何にもできなくて
それで…それで 高倉くんがもし…っ!!」
すると、伊織くんは私をなだめるように背中をトントンと叩いて言った
「鈴鹿さんのせいじゃない
だから ほら、落ち着いて。大丈夫」
私が伊織くんになだめられて少し落ち着いてきた頃
周りから野次馬の壁を越えてゾロゾロと先生方がこっちに向かってきて1人のTHE体育教師ってかんじのジャージでごっつい男が代表で
「スズカさん?って君のことだよね?」
私に聞いてきた
「あ、はい」
なんか鈴鹿のイントネーション違うんだけどなぁ。この先生私は知ってるけど受け持ってもらってなかったし仕方ないけど。
その先生は真剣な顔をして私に聞く
「吉田先生から名前聞いて。
…高倉、なんか言ってなかったか?」
先生達はいつもと変わらず(ほとんどの先生が)優しそうで、私が質問に答えやすいように私に圧をかけないようにしていたけど ピリピリしていたのはすぐ分かった。
これが事故だったらまだしも事件だったら
『犯人を見つけなきゃまた生徒に危害迫るかもしれない』と焦っているんだ。
…というか、吉田先生ってだれだっけ?
そう思って隣にいる伊織くんに助けを求めるようにチラッと顔を伺うと
「保健室の先生。」
とボソッと呟いて教えてくれた
保健室の先生って吉田先生って言うのかぁ
さっき救急車に乗って行ってしまったけど。
保健室の先生の顔は知ってたけど名前までは
そこまでお世話になってないので、知らなかった。
「た…高倉くんは!『誰にやられたの?』と私が聞いたら『自分で転んだ』と言っていました…」
本当の事を言っているのに嘘をついてるみたいに思えてくるのは、さっき高倉くんと一緒にいた時違和感を、感じたからだと思う。
でも、私がそう言った時先生方の顔色が急に明るくなって安心したような雰囲気になって
ごっつい先生も、
「そうか… よかった よかった
わざわざありがとうな スズカさん」
とやっぱりイントネーションは間違っていたけどとても安心したような顔をしていた
そんな安心した様子の先生達をみると
なんだか、私も安心した気持ちになって
今まで感じていた違和感がすーっと飛んでいってしまった。
あぁ、よかった。
そう思ってなんとなく伊織くんをみると
え…?
なんだか気難しい顔をして何かを考えているようだった。