伯爵様、楽園を見る。
「お久しぶりですわね、マリアージュ」
目の前には天使がいる。相変わらずお綺麗で、本当に同じ人間なのかと疑うほどに完成されている。
何度見ても、この人以上に美しい人というのはそうはいないと断言できる。
親しみを込めて私の名を呼び、笑みを浮かべるサーラ様を目にした瞬間、思わず吐血してしまうかと思うほどに興奮した。この興奮は抑えられない。
「お久しぶりです! サーラ様! このマリアージュ、サーラ様に会うために参上しました!」
嬉しくて嬉しくてたまらなくて、思わずそんな言葉を発する。
そうすれば、サーラ様は仕方がないなとでもいうようにくすりと笑われた。ああ、なんてかわいらしい。なんて天使なんだろう。この方以上に天使な方はそうはいないと思う。麗しい。見ているだけで胸がドキドキする。ずっと見つめていたい。この方のためならすべてを捧げたっていいとさえ考えている。
「相変わらず元気ね、マリアージュ」
「サーラ様に会えるのに元気じゃないわけないじゃないですか!」
本当にその言葉しか出てこない。優しくて綺麗で、美しい現世に舞い降りた天使であられるサーラ様に会えるというのに元気がないなんてことはありえない。むしろ体調不良に陥っていたとしてもサーラ様に会えるというそれだけで全快するとか、そんな感じだと思う。
「ワオもお久しぶりですね」
「はい。お久しぶりです、サーラ様」
ワオの方を向いて、サーラ様がにっこりとほほ笑む。はわわわ、そんな天使の笑みを振りまくサーラ様は本当にやばい。見ているだけで興奮するほどだ。
サーラ様は、しばらく会わなくてもサーラ様のままだ。お美しくて、綺麗で優しい天使なままだ。むしろ成長するにつれて益々美しくなっておられるのだ。
サーラ様の年は十三歳、これからどんどん美しくなるのは間違いなしであり、私はそれを見るのが楽しみで仕方がない。
だって、今でさえこんなに同じ人間だと思えないほどに綺麗な方なのに、これからもっともっと天使さに磨きがかかると考えれば考えただけで私は! とそんな気分になる。
そもそも天使であられるサーラ様が益々美しくなった先にはどのようになるのだろうか。天使を超越した存在だと思えばこそ、女神様のような存在になるのだろうか。益々恐れ多い存在になってしまうではないか。
でもそんな人を超越した存在になったとしてもそれはそれで―――。
「それで、マリアージュ、そちらが貴方が引き取った子供ですか? 紹介していただきたいのですけれども」
「………サーラ様が女神。それはそれで」
「聞いてますか、マリアージュ?」
「はっ、すみません! なんですか!」
「もう、聞いてくださいよ。そちらにおられる貴方の引き取った子供を紹介してほしいのですわ」
美しさに磨きをかけているサーラ様についてひたすら妄想をしていたら、ダメなことに本物のサーラ様の声が聞こえていなかったらしい。
サーラ様の問いに私は思い出したかのようにグランを見る。グランは今目の前で交わされた会話に驚いているのか、顔が固まっている。
驚愕に満ちた表情をしているグランも良い、と再確認してしまう。それにしても今日は普段そんなに驚いた顔はしないグランがそういう顔をしていてなんだかレアな日だなと面白くなる。
はぁあああ、可愛いなぁ、もう。
こんな可愛いグランと天使のごときサーラ様の出会いを演出できるとか、私は幸せすぎる。
「サーラ様、こちらはグランです! 私の養子で、才能あふれる子なのですよ」
「ふふ、マリアージュがそれだけいうってことは将来が楽しみね」
サーラ様は私の言葉にそれはもう楽しそうに笑ってくれた。きゅんってくる。そういう笑みを見れるだけで私は幸せである。
「グランというのね。私はサーラ・ジェネット。このジェネット王国の第一王女ですわ」
「グ、グランです」
「ふふ、緊張しているの? 肩の力を抜いてくださって結構ですわ」
王女様に挨拶をすることにカチカチに固まっているグラン。そしてそんなグランに対して、優しい笑みを浮かべるサーラ様。
あああああああ、やばいやばい。この光景は見れるだけでやばいと私は断言できる。
楽園である。紛う事なき天国である。
寧ろそれ以外にあらわせる言葉はないと思う。
それほどに私はこの光景を見れただけで幸せであった。
サーラ様とグランが喋っている。並んでいる。もうそれだけでやばい。
天にも昇りそうな気分になる。って、ダメだダメだ。これからも美しいサーラ様とグランの成長を見届けるという立派な使命が私にはあるのだから、これぐらいで満足してはならない。
将来、サーラ様やグランが結婚して子供ができたら……あああ、その光景が見たい。凄く見たい。それまでは絶対に死ねない。そういう真の楽園を見ないで、空へと飛び立てるか否かと問われれば、嫌に決まっている。
「グランはもともと奴隷なのですね。良かったですわね。マリアージュに買われて。マリアージュは優しいですから」
「はい。あの、ところでマリアージュってどういう風に有名なのですか。誰に聞いても答えてくれなくて。あの、マリアージュがその呼び名を嫌っているとかで」
「まぁ、そうですの? マリアージュは自分の世界に入っているようですから丁度良いですわ。教えてさしあげましょう。貴方、《炎剣帝》はご存じですの?」
あああ、サーラ様とグランが喋っている。むふふ、絵になりすぎていて私の脳内は興奮しすぎていっぱいいっぱいだ。将来が楽しみすぎる。将来的にグランはどんな子を連れてくるのかしら?
「《炎剣帝》ですか? もちろん知っています。この国を勝利に導いた圧倒的な魔法センスと剣技を持つ王国最強の英雄です」
「ええ、そうですわ。あのですね、グラン。《炎剣帝》とはマリアージュのことなのですよ」
「え?」
やっぱり可愛い子? 綺麗な子? それとも平凡な顔立ちをしているけれども笑顔が可愛い子とか? ううん、どんな子でもいいわ。グランが好きになった子なら問題はない。
「マリアージュが《炎剣帝》? そんな……」
「ふふ、普段のマリアージュはそうは見えないでしょう? でも彼女は紛れもなく我が国最強の武人であるわ。貴方はそんなマリアージュの養子なの。だから私は貴方のこれからに期待しているわ。マリアージュが、自分で選んだのが貴方なのだから」
「………」
あああああ。グランはいつ初恋をするのかしら? もしかしたら奴隷時代に済ませているのかな? 今度グランに恋話について聞こう。
「マリアージュ」
「はっ、な、なんですか」
ぼけーっと妄想していて話を聞いてなかった私は、慌てて返事を返す。
「貴方の好きなお菓子を用意しているの。一緒に食べましょう?」
「はい、喜んで!」
そして私はそれからサーラ様とお菓子を食べながらお話をしたのであった。
その間、グランとワオはあまり話に入ってこなかった。グランに関して言えば終始呆けた様子でこちらを見ていて、とても心配になった。




